100話記念企画 No.042
それから更に数日経った頃。
珍しく残業になった私は、駅から自転車で自宅までの夜道を走っていた。
すると、前方に赤い髪が。
「ブン太君?」
「ん?ああ、荒巻さん。」
自転車を降りた私に、こんばんは、と言ってラケットバッグを担いで頭を下げる彼は、不登校だなんて疑ったのが馬鹿みたいに溌剌としていた。
「こんばんは。遅いね、部活?」
「はい。ま、いつも大体こんな時間ですけど。」
「はー!偉いな、お腹空くでしょ・・・ってまあ、見たらわかるけど。」
「そうそ、お腹空くんで。」
とか言って悪戯っぽく笑うブン太君は、実は振り向いた時からマフィンを食べながら歩いていた。
食べ歩きは行儀悪いよ、なんていう気はない。外面を取り繕ってはいても、基本私の方が行儀は悪いのだ。いろーんな意味で。
「美味しそうー!なあにそれ、コンビニスイーツ?それとも自作?」
「いや、貰いもの。」
「貰いもの!?」
「家庭科で作ったからって。友達が。」
「はあー・・・」
家庭科のクオリティなんだろうか、それは。
そう思う程度には、そのマフィンは食べかけでも美味しそうだった。
というか、見た目以前にもう匂いが美味しそう。思わず外聞を捨てて、ちょっと頂戴と言いたくなるのをぐっとこらえる。
「ラッピングも綺麗・・・あ!もしかして女の子?」
「そ。」
「きゃー!凄いじゃない、ブン太君やるう!」
「そういうのじゃないですって。彼奴、友達全員に配るタイプだから。」
「えー、本当に?でもほら、ブン太君には特別綺麗なのを、とか。ほら、そんなに美味しそうだし。」
「ないない。彼奴上手だから、このくらいのを全員分作って配ってますよ。」
「へええ・・・」
今まで手作りお菓子の腕はブン太君が私の知ってる中でぶっちぎりだったのだが、これを作ったという子はなかなかどうして、勝るとも劣らない腕ではないか。
というか、普通にブン太君は食べながら話しているのだが、美味しそうだな。
私もお腹空いてるんだけど。マジでちょっと端っこちぎって頂戴とか言ったら怒られるだろうか。
・・・とか思っていると、マフィンに注がれる私のある意味熱い視線にブン太君は気づいたらしい。いやまあ、バレバレだったろうけど。
「・・・これがどうかしました?」
「あ、ううん!どんな子が作ったのかなあって。お菓子が得意なのは見てわかるけど・・・ほら、ラッピングとか可愛くて女子力高そうだよね。」
嘘です。
全然そんな事考えてませんでした、美味しそうだな良いなあ欲しいなあ、で頭がいっぱいでした。
ブン太君はふうん?って言いながらちょっとおかしそうな顔をした。
ううん、この顔は見透かされているかもしれない。だってしょうがないじゃない、私だって働いてきてご飯まだなんだからお腹空いてるんですー!
結局お見通しなのかそうでないのか、ブン太君はその笑顔のまんまどんな子ね、と言って話し出した。そう話しながらも食べ進めている。ああ、一個目なくなっちゃう。2個目齧らせて欲しい。って、いやいや。
「ま、確かに女子っぽいタイプではあるかも。」
「ああ、やっぱり?」
「大人しいし、人見知りだし。すぐ後ろに引っ込んでいくし、自信ない方だし。」
「・・・・ん?」
「え?」
「・・・・・」
「荒巻さん?」
大人しい。
人見知り。
すぐ後ろに引っ込む、自分に自信のないタイプ。
・・・の、女の子が友達だからと言ってお菓子をくれるだと。
それって。
「・・・その子ってさあ。」
「はい?」
「・・・あんまり男子の友達多いタイプじゃない?んじゃない?」
「っていうか、そもそも友達になるのに時間がかかるタイプ?」
セイセイセイ。ちょっと待ってね。
分かるよ、私わかるよ。そういうタイプの女子クラスに一人は居るもんだし、大体どういう雰囲気の子かそれ聞いただけでなんとなくわかる。
問題はですね。
そういう子が異性にまめにお菓子をくれる時っていうのはですね。
「・・・・ねえブン太君、これはおばさんのお節介の一つとして聞いてほしいんだけけどね。」
「?はあ。」
「・・・味わって食べなさいね。」
「???」
「あの、その子は多分きっとこう・・・凄く、そのう・・・そう、心!心をこめて作ってるんと思うんだ。だからこう、何の気なしにパクパク食べるのも、そりゃあ育ち盛りだしお腹空いてるからしょうがないだろうけどね?でもそういうのを汲んであげてほしいなーと、私は大人としてというか、同じ女子として思ったりするのよ。」
はい。
ここでも出ました、あほな私の思い込み癖。
ああ、目に浮かぶ。クラスで人気者の男の子。それを眩しく見つつ心惹かれる女の子。
もしかしたらと一縷の望みを抱いてお菓子を作り、彼は何の気なしに有難うと受け取っていつものように食べる。全然気づいていない、それに込められている恋心に。でも良いの、言い出すような勇気はないから。彼が美味しく食べてくれるならそれで・・・
・・・みたいな感じの青春ストーリーをさっと思い浮かべた私は、もうそうとしか考えられなくなっていた。
いやだって、一応根拠はあるんだから、私なりに。
まず私は、ある程度丸井ブン太という男の子がどういう子か知っている。
だから彼がそこそこ以上にモテることも知っているし、女子の友達だって普通に居ることも知っているのだ。
だからブン太君はきっとその今食べてる品に対して、きっと何の感慨も抱いてないんだろうなと思った。ブン太君にとって、女子からお菓子を貰うなんてあまりにもよくある事。
しかも、そのくれた女の子のタイプときたら、全くもってブン太君と違う。掠りもしてないように見える。
その前提から私は、大人しい性格でブン太君に思いを寄せている女の子と、それに全然気づいてないブン太君という図を一気に頭に思い描いたのだ。
「???まあ、食べてますけど。味わって。」
「うん、そうして・・・」
「まあ、でも良かった。」
「?」
「さっきからガン見してたから欲しいのかと思って。くれって言われたらどうしようかなーとか考えてたんですよね。」
あ。
という小さすぎる呟きは、果たしてブン太君の耳に入ったのか入らなかったのか。
急いで食うなって言いたかったんですよね?とか言いながら笑うブン太君は、やはりどこかで私の思惑を分かってて煽ってるように見えなくもない。
でももう遅い。味わって食えと言ってしまった手前、一口くれなんてとても言えない。
(あー、お夕飯何かなー。)
とか思いながら遠い目になる私は、正にこの時目の前の事をなーんにも見てなかったのだ。
お菓子を貰うなんて、彼には余りにもよくある事。
有難う頂きますと言って平らげるのもよくある事。
どうして学校で貰ったのに、学校ですぐ食べなかったのか。
彼なりに一人でゆっくり食べていたという事を、私は目の前でずっと見ておきながらまーったく気づいていなかった。
ついでに、この時の私は先日おばさまに聞いた「春日さん」と、今話に聞いた女の子を完全に別人として捉えていた。
この訂正が入るのは間もなくとなる。
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