100話記念企画 No.089
ふと気づくと、自分は車に乗っていた。
赤い高級車。
乗車しているから外のカラーはほぼ見えない筈なのに「赤い」と思ったのは、シートが赤かったから。
ふかふかの絨毯も。それに天井も。
どこへ行くんだろうか。
外を見ると、リムジンのような広い車は音もなく快適な乗り心地で、ネオンに縁どられた風車が乱立する夜の街をひた走っている。
綺麗だなあ、なんて思っていると視界の横からサッとカクテルグラスが差し出された。
中には赤い飲み物が入っている。ワインだろうか?いや、ワインならそもそもカクテルグラスに入れて出さないか。
いずれにせよおそらくお酒なので断ろうとしたら、自分が返事するよりより先に聞き覚えのある声がした。
「もう着くし、辞めといたって。」
あれ、忍足君。
ふと気づくと、いつの間にか飲み物と逆隣の方のシートに忍足が座っている。
髪の色と同じ紺のスーツは、よく似合うと同時にこの赤い車内でとてもはっきりして見えた。
というか。
もう着く、という事は、忍足はこの車が何処へ行くのか知ってるんだろうか。
教えてくれないかな、という気持ちを込めて忍足を見やると、可憐の視線を受けて忍足はふっと優しく笑った。その笑顔がなんだかちょっとドキドキして、慌てて窓の外に向き直ると、車が段々スピードを落とし始める。
そして間もなく、完全に止まった。
背中側から車の扉が開く音が聞こえて、振り向くと扉の向こうからより強い光がこっちに漏れている。
結局どこなのかはわからないが、忍足が当たり前のような顔をして車を降りるので可憐もそれに倣おうとすると、先に降りた忍足が手を出してくれる。
「どうぞ。足元気つけてな。踏まへんように。」
踏む?
と思って手を取りながら足元を見ると、気が付かなかったが自分は綺麗な水色のカクテルドレスを着て毛皮を羽織っていた。
確かに踏みそう。
いや、それ以前に何故こんなものを、と思っていると忍足の優しい声がまた降ってくる。
「ほんなら行こか。」
そこで初めて可憐は顔をちゃんと上げて、ここがどこだか視認した。
明るいネオン。
聞こえてくる音楽。
暗い星空。夜風。
赤い風車。
ムーラン・ルージュ。
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