100話記念企画 No.021



「おお・・・」

聞き終えて、素直に凄いと思う気持ちで拍手をする桑原。
紀伊梨は実に鼻高々である。

「えっへん!どお?どお?いい感じでしょー!紀伊梨ちゃんこれにだけはぜーったいの自信があるんですよっ!」
「いや、それだけ出来たらそうだろうな・・・というか、お前、バラードも歌えるんだな。」
「え?出来ないと思ってた?」
「いや、いつも何かアップテンポな曲ばっかり弾いてるイメージがあって。」
「あ、でもそーいうのの方が紀伊梨ちゃん好きですよっ!歌いやすいし、自分で思いつくのもそーいうのばっかだし!」
「そうなのか。そういえば、作曲もやってるんだったな・・・」
「?」
「・・・五十嵐はさ。」
「ほい!」
「なんで音楽やろうって思ったんだ?」

なんで。
と聞かれると、紀伊梨は割と動機がハッキリしている方である。

「あのねー、小学2年生の時にライブハウス行ったの!」
「へえ!誰の?」
「誰のとかじゃなくてー、黒崎っちのおとーさんのお友達のおじさんがライブハウスやってたから!そこでこーこーせーのおにーちゃん達が一曲歌ってくれたんだけど、それが超超凄かったんですよ!」
「ああ、そういう感じで始めたのか。」
「本当だよ!本当に凄かったんだかんねっ!音もおっきかったし、歌も超上手かったし、こう、ぐわーーーって感じで、」
「わかった、わかったよ!嘘だなんて誰も思ってないから!」
「そーじゃなくてー!」
「どうなんだよ・・・」

嘘だと思われてるとは思っていないけど、あの時の感動が全然伝わっている気がしない。この場で聞かせることが出来れば話が早いのに。

あの、まるで魔法にかかったかのようだった時間。
いや、かかったかのようだった、じゃない。今でもかかり続けているのかもしれない。
あの日から紀伊梨は魅入られたといっても過言ではなかった。音楽の持つ魔力のような物に。

それが天性の才能と非常に上手く合致したのは、運が良かったというべきか、元々育っていた本能に敏感な性格のせいかはわからないが。

「あーあー・・・」
「今度はどうしたんだよ・・・急にテンション下げて。」
「だってさー。あんな風な演奏が紀伊梨ちゃんにも出来たら、桑ちゃんにもどんなに凄い演奏だったかわかって貰えるのになーって!これと同じくらい凄かったんだよー!って出来るじゃん!」
「いや、十分凄いと思うぞ?」

4月に行ったライブで会場を味方に付けたのをこの目で見たのは、まだ記憶に新しい。友達という贔屓目を差し引いても中学1年生のそれとは思えない完成度だったと桑原は素直に思っている。
そりゃあお前は素人だろと言われるとそうかもしれないけど、バンドのオーディエンスなんて玄人より素人の方が断然多いんだから、少なくともその素人には刺さるというだけでも桑原的にはかなり凄い事だ。

「それはうれしーけどー!でもそーじゃなくてさ、それとこれとは別の話ってゆーかさ!紀伊梨ちゃんだって今の紀伊梨ちゃん達は凄い!って思ってるけど、でもあの時思ったみたいな凄いまではまだ出来てないかなーって思うんだよねー!」
「・・・・・」
「きっとその内出来るよーになるけど!でも!今出来ないのは出来ないし、今出来ないって事は今桑ちゃんにはわかってもらえないって事じゃ・・・あれ?なーに?」
「いや、何か・・・五十嵐でもそういう事を考えるんだなって思って。」
「そーいう?」
「こう、なんていうんだ?上を目指す気持ちっていうか、向上心みたいなっていうか・・・」

正直、楽しければそれで良いんだよ的な空気がビードロズからダダ漏れているのを桑原は感じている。とは言いつつ皆向上心はあるが、他ならぬリーダーの紀伊梨自身が一番縁遠いのも見ていればわかる。

だから出来ない、出来るようになりたいという気持ちがそもそも紀伊梨にある事に桑原は驚いたのだ。楽しくやってる内に勝手に地力がついてくるのを待っているタイプだとしか思ってなかったから。

「うーん、いつもそーいう事考えてるわけじゃないけどー!楽しくやらないとっていうのはあるしね!でも紀伊梨ちゃんだって、偶にはそーいう事考えたりもしますよっ!」
「偶にでもそういう事をお前が考えるっていうのがびっくりするんだよ。」
「えっへん!あれ?えっへんかな?」
「合ってるよ、褒めてるんだから。」

紀伊梨が音楽に対して如何ほど深い感情を抱いているか、桑原は垣間見た気がした。
紀伊梨らしくないとも言えるような一面は、裏を返すとそれだけ紀伊梨が没頭しているーーー言うなれば、いつも周りを振り回す側である紀伊梨が振り回されているという何よりの証のような気がした。

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