100話記念企画 No.021
「スキヤキに意味はないw」
放課後。
今日は練習で、でもHRが長引いているC組の紫希と黒崎を音楽室で待つ傍ら、今日の昼の話を紀伊梨は棗に振ってみたのだが。
「意味ないの!?」
「あれねw「上を向いて歩こう」っていうタイトルがねw海外で受けなかったのw長いし日本語だしw」
「すき焼きだって日本語じゃーん!」
「でも長くないでしょw日本語っぽい響きで、短くて言いやすくて覚えやすい何かをタイトルにしようぜって事になったんだよwそれで選ばれたのがたまたま「スキヤキ」ってタイトルだったのw」
「へー・・・」
そんなもんなのかなあ、なんてするっと受け入れる紀伊梨だが、この場に紫希や黒崎が居れば良いのかそんなんで・・・と思っただろう。
「ついでにいうとwスキヤキは結構海外でもメジャーな日本語曲の一つだから、桑原の場合日本に来てからじゃなくて、ブラジルで聞いたことがあったのかもねw」
「ほー!」
「・・・しかしなんだなあ。」
「お?」
「いやまあ大した事じゃないんだけどさw機会がなかったとか言い訳になっちゃうけど、俺らって彼奴がブラジルに居た頃の事、なーんにも知らないよなあw」
「・・・・・・・」
棗が言った直後、スマホの呼び出し音が鳴り響いた。
「うん?あれ、クラスの奴だwごめん、ちょっと電話してくるw」
そう言って棗は音楽室を出て行った。
そして。
「・・・紀伊梨ちゃんも行っちゃおっかなー。」
紀伊梨も出て行った。
普段は一人になったからとてこうはしないけど。
でも今日は、そういう気分だったから。
「えーっと、えーっと、えーっと?こっち行ってー、こう行ってこう行って・・・うお!?」
「きゃー!幸村くーん!」
「頑張ってー!」
紀伊梨はテニス部の見学ゾーンに来ていた。
前回の時とは違って今回は、ちゃんと皆が来れるスペース。
実は、前みたいな裏技を使わなくたって見られる事は見られるのだ。
レギュラーを見ようとさえ思わなければ。
「ひょー、ゆっきー人気ー!じゃなくて、えーと?桑ちゃんは?くーわちゃんはー、どこへやらっとなー・・・っと。あ!おーい、ブンブーン!」
紀伊梨が見つけた・・・まあ、言うと見つけられてしまった丸井は、げ、と内心で呟いた。
部活中にあんまり見学者とべらべら話すのはまずいから無視したい。
でも無視したら絶対後後超煩いし、逆に今無視したとしてもどっちにしろ超煩いし。
「はあ・・・何だよ?」
「やっほー!」
「やっほーじゃなくて、何か用事なら早く言えよ。今練習だから、基本お喋りは駄目なんだって。」
「およ?そなの?いやー、桑ちゃん居ないかなーって。」
「ジャッカル?」
ここで桑原の名前が出てくると思って居なかった丸井は、ちょっと目を見開いた。
「幸村君とかじゃなくて?」
「桑ちゃん!ゆっきーもちょっと見たかったけど、ゆっきーとか真田っちとか混んでるしー。」
「アトラクションか?」
暗にお前らは混んでないだろという皮肉かとも思わんでもないが、紀伊梨に限ってはそれはないだろう。純粋にそう言われるのも若干何か引っかかりを感じないでもないけど。
「ま、良いけど。ジャッカルはそっち。」
「どっち?」
「ここからじゃ見えねえけど、そっち回り込んだところのコート。今試合形式の練習してて、多分もうすぐ順番回ってくっから。」
「おお!オケオケ!あんがと、行ってくるね!ブンブンも頑張れー!」
「はいはい。」
お礼もそこそこに言われた通り足を運ぶと、今まさに桑原は試合を始めた所であった。
「おー!やってますなあ!おーい!桑ちゃん頑張れー!」
勿論桑原は返事しない。そっちを見ることもない。
紀伊梨も流石に試合中の人間が見学にアクションを返すなんてしないとわかっているので、何も返って来なくても別に気にしない。
「ハッ!」
「フッ!」
「・・・タアッ!」
「・・・・・・」
『もし、テニスをどこかで辞めてたら。』
桑原が軽く口走ったもしもの話が紀伊梨に怖かったのは、ジャッカル桑原という人間の本質が立海テニス部では割と浮いていることを本能的に感じていたからかもしれなかった。
紀伊梨の一番近くに居たプレイヤーの幸村がその代表格であるが、テニスというのは本人達にとって遊びではないのだと紀伊梨は感じていた。
いや、桑原にとっても遊びではない。それは分かっている。
ただ、単純に遊びではないという範疇を遥かに越えて、「負けてはいけないものである」という概念は紀伊梨の中に昔からあった。
誰よりも強く。
誰にも負けないように。
テニスとは勝利してナンボのものであって、一度敗者になってしまったら最後、それはもう自分のアイデンティティに関わる。
だからこそテニスプレイヤーという人種はあの手この手で実力を伸ばして勝とうとするものだと紀伊梨は思っていたし、その考えは実際立海という学校に来て更に強まった。
その中で、桑原というプレイヤーは若干質が違う。と紀伊梨は感じていた。
それこそ幸村を筆頭とした三強と呼ばれる三人は殊更それが顕著だが、自分の実力と同じくらい人の実力を気にしている。
自分の強さを見て、相手の強さを見て、弱者に対しては自分の方が強い状態をキープできるように。強者に対しては追いついて追い越せるように。立海全体にそういう空気がある中で、桑原はひたすら自分を見ているように思うのだ。
勿論、全く他人を見ていないとは思わない。
レギュラー争いは真剣にやってるだろうし、勝つために強くなっているし、負けを重く受け止めてもいるだろう。
ただ、負けというものに対して一番気負っていないように紀伊梨にはずっと見えていた。
(やっぱり桑ちゃんって、今まで沢山負けてきたのかなー?)
それこそ試合じゃなくてゲーム単位でほぼ相手に譲らない幸村は、負けた経験というのが圧倒的に少ない。
他のメンバーもそう。幸村レベルではなかったとしても、どうも敗北慣れしていないみたいな空気を紀伊梨は感じる。
でも桑原は違う気がする。
きっとブラジルで、負けて立ち上がって負けて立ち上がって、それでも負けることもあるけどでもまた立ち上がって・・・それを繰り返してきたんだろう。
桑原のテニスからは、そういうものを感じる。自分はテニス素人だから推測だけど。
そして紀伊梨は、それを凄いことだと思う。
この立海テニス部という場において桑原だけが持つ財産だと思うから、桑原も凄いと思うし、もう一つ。
「・・・テニスってすごーい!」
魔法としか呼べないような引力のような力。
諦められない魅力を放つテニスというスポーツに、紀伊梨は改めて感銘を抱くのだった。
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