100話記念企画 No.081
「次の現国、漢字テストだっけ。」
「いえ、それは明後日です。今日はまだ。」
「そっか。」
5限が終わると、次は再び教室に戻って現国。それが終われば放課後。
さっき見た光景が心に刺した棘は、棘ではあったけれど逆に言うと棘程度の痛みで済むものではあった。
ちょっと一瞬ちくっとしただけ。
その瞬間が終われば徐々に痛みは消えていくし、別に後後に尾を引くようなものじゃない。
ものじゃなかった。
後もうほんの数分、早く若しくは遅くに教室を出てさえいれば。
「それでさ、さっきのとこ、」
「美嘉ちゃん!後ろ!」
「え、」
廊下を教室に向かって歩いていた千百合達。それが、丁度階段と繋がる部分で上に上がってきた集団と動線がぶつかった。
前を向いていなかった堀江と、階段を今正に登り切ろうとしていた誰かが衝突した。
廊下に居る堀江は尻もちで済むが、階段側に居た生徒ーーージャージを手にした体育帰りの女生徒の方はそれでは済まない。何せ踊り場があるとはいえ階段の一番上に居て、そこから背後の方向へドンっと押されたのだから、咄嗟に持ちこたえるなんて普通に無理な話。
目では追えても体が咄嗟に動かず、千百合はその女生徒が階段からぐらりと傾ぐのを見た。
「きゃああっ!」
悲鳴は本人のものだったか、それとも側で見ていた彼女の連れのものだったか、それとも紫希のものだったか。
ああ、ダメだ。落ちる。
千百合とても思わず目を瞑りそうになったその時だった。
「危ない!」
聞きなれた幸村の声が聞こえた。
はっとして千百合が下を覗き込むと、踊り場の所で丁度幸村が女生徒を抱き止めていた。
「大丈夫?」
「・・・う、うん。」
ああ、良かった。
絶対大怪我になると思ったけど、そうはならなかった。
落ちた女生徒が大丈夫と言ったことでほっと弛緩した空気が広がって、そこで初めて千百合は女生徒の顔に見覚えがあるのに気づいた。
あの女子らしい可愛らしい雰囲気。それに、幸村を見て顔をほんのり染める様子。
「有難う幸村君・・・」
「いや、怪我がないなら良いんだよ。」
「ううん、今の件だけじゃなくて。ほら、体育の時も・・・」
(あ。)
そうだ、この女子。
体育の時に幸村と話していた子だ。
千百合の頭が必要もないのに余計な事を考え出したのと入れ替わるように、階段上でへたり込んでいた堀江がはっと腰を上げた。
「ごっ、ごめんね!ごめんなさい、大丈夫だった!?」
「うん、大丈夫だよ。」
「本当にごめんなさい・・・!」
「いいの、こっちもちゃんと前を見てなかったし。それに、幸村君が助けてくれたから・・・」
あ、まずい。
そう思った。
なんだかんだ今まで幸村の注意は落ちた女子にしか向かっていなかったのに、堀江の謝罪で幸村の目がこっちを向く。
ああくそ、知られたくなかったのに。幸村が女子を抱きとめてる光景も見たくないし、自分が見てると本人に知られるなんて輪をかけて嫌な展開だ。
違うんだとかそういう事言われたくないし、でもなんでもないみたいに流されるのもそれはそれでちょっと引っかかるし、どっちにしても面倒くさい思いが湧いて出てくるから。
かといってこの場で無視すると余計にややこしいから、私事で悪いが怪我人を確認できた今さっさと立ち去りたいという欲求を千百合は最大限抑えて、普通にしようとした。
が、幸村がこちらを見上げて、あの形の良い唇が千百合、と呟こうとした時。
「あの・・・」
「え?」
「何か、どこからか、パシ、っていう音が聞こえませんか?」
「パシ?」
「え、今?」
「今というか、さっきから気が付いたら・・・パシ、パシ、って・・・」
「パシ・・・!?」
辺りを伺う紫希に、江野がはっとした顔をして階段を見下ろす。
踊り場を通り越して、もっと下を。
「あー!一葉、あんたねえ!」
「お!江野、お疲れ!」
「やっぱりあんたのカメラだったか・・・!お疲れじゃないわ!あんた、何撮ってんのよ!」
「何って、スクープ!我らは報道部なんだから当たり前だろ?こりゃ良いぞ、立海の誇るアイドルの幸村精市が女生徒とロマンスしてる場面を激写!あ、そうだそこの女子!インタビューとかもーーー」
「馬鹿!辞めなさいよ!」
江野は超ダッシュで階下まで降りる。
江野だって報道部だが、それ以前に千百合の友達なのだ。
そして、同じく報道部である青木一葉の友人でもある。だからこそ。
「カメラ貸しなさい!データ消して!」
「おおお!?なんで!?スクープなんだぞ!」
「良いから消しなさい!こんなのスクープにしたら最後、あんた死んじゃうだわよ!命が惜しくないの!?」
「命ってそんな・・・確かに事故をスクープにするのはあれだけど、怪我人も今回は出なかったわけだしー。」
「だから、このままじゃあんたが怪我人になるって言ってるの!も〜〜〜〜!良いからもう、この変な音のカメラ貸して!」
「ダメダメ!これは私の命と同じくらい大切な愛機なんだから!」
「じゃあ貸さなくて良いから自分で消すの!」
「それも嫌!」
「分からない奴なんだから〜〜〜〜!ていうか、幸村君が彼女持ちなのは知ってるでしょ!?ならそんな記事書くなよ!」
「だから彼女持ちがこういう風に他の女子とロマンスしてるっていうのがスクープなのであってーーーー」
それ以上聞く気になれなかった千百合は、戻ってるから、と呟いて足早にその場を去った。
「ゆ、幸村君!」
「春日。」
「あの、私がこの場に残りますから幸村君は早く、」
「いや、今は行かないよ。」
「えっ?」
「もう6限が始まりそうな時間だからね。何を言うにももう時間が足りないし、そんな中であれこれ言っても逆効果だよ。不幸中の幸いだけど今日はミーティングだけの日だから、それが終わったら音楽室に寄らせてもらおう。」
「そ、そうですか・・・」
「うん。それより・・・」
「あちらですよね・・・」
視線の先では、江野と青木がまだカメラを取り合ってわあわあ騒いでいる。
ちょっと言って来るよ、と言って階下に向かう幸村を見て、紫希は青木に憤ればいいのか同情すればいいのかイマイチ分からない。
「紫希ちゃん・・・」
「美嘉ちゃん?どうしたんですか?」
「私・・・どうしよう、どう謝ったら良いんだろう?」
「え?ですけど、あちらの女生徒さんは、さっき怪我もなかったからもう良いってーーー」
「そうじゃなくて!千百合ちゃん絶対怒ってるよね、私がちゃんと前見てなくてぶつかったから・・・だからこんな事に・・・」
「そ、そこは美嘉ちゃんのせいじゃないですよ!千百合ちゃんは美嘉ちゃんを怒ってなんていませんよ。」
「でも、本当に記事にされちゃったらどうするの!?今日の昼、桃美も絵になるって言ってたし、」
「・・・・・・」
「・・・紫希ちゃん?」
「・・・・お昼も皆言ってましたけど。」
「・・・うん?」
「そんなスクープになるほど良い絵になるでしょうか・・・?」
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