100話記念企画 No.059


その直後、1限に入ってもまだなんとなーく、丸井の頭には寮の話が残っていた。
確かに考えたことなかったけど、そっちの方が断然時間取れるよなとか。でも寮といっても、だから一概にそうでない学校より強いとかそういう問題でもないよな、とか。
後食事の量ってやっぱり制限あるのかなとか。ここ重要。

「ねーブンブン、これそっち回してー。」
「・・・・・・」
「ねー!ブンブンってば!聞いてる!?って、あだあっ!」
「聞いてる、は先生の台詞だよ!こっち見て話を聞きなさい!堂々と手紙回す話とかしない!」
「あででで・・・!」

化学教師、乙橋大輔に教科書の角で叩かれる紀伊梨を見て、隣席の丸井は遠慮なく笑う。

「何笑ってんのさー!ブンブンのせいだかんねー!」
「いや、自業自得だろい。人のせいにすんなよ。」
「そんなことないよ、ブンブンがぼーっとしてたせいだよー!」
「ぼーっとはしてねえよ。考え事。」
「何の?」
「寮。」
「りょ?」
「寮だよ、寮。全寮制の学校ってどういうもんなんだろうな、って考えてただけ。」
「ぜんりょーせー・・・あ!あれでしょ、何か学校に住む的なとこの話でしょ?」
「そうそう、それ。」
「だよねだよね!懐かしー!ゆっきーが進路決める時も、何かそんな学校もあるんだよ的な話して・・・って。」
「?」
「ブンブンもしかして転校しちゃうの!?全寮制のとこ行っちゃうの!?」
「五十嵐さん、座りなさいってば!静かにしろ!」

思わず腰を浮かして立ち上がる紀伊梨。
叱責されてしぶしぶ腰を下すが、紀伊梨の脳内はもうそれどころではない。

「ねえブンブンってばーーー」
「行かねえよ!っていうか、誰もそんな話してねえよ。」
「あり?行かにゃいの?」
「どんなんだろうな、って考えてただけだって。行くとは誰も言ってねえだろい。」
「でもでも、考えた後にそーしよーかなーって思うパターンは?」
「んー・・・」

丸井はちょっと考えた。
元々興味から考えてただけで、リアルに移動する事を考えてたわけではなかったけど。

「まあでも、別に。」
「行かにゃい?」
「今更そこまでする意味あるかって感じだしな。それに俺、ここの事気に入ってるし?」

授業は眠いけど、テニスは張り合いあるし。
友達も沢山居て、毎日楽しいし。
それにほら。
ここに来てなかったら、会えなかった人が居るから。

「そっか!」

良かったー!と言って紀伊梨はホッと破顔した。





・・・とまあ、本来この話はここで平和的に纏まる筈だったのである。
紀伊梨が授業中である事を弁えて、ヒソヒソ声で話していれば。

「ねえねえ、紫希に千百合聞いた!?」
「桃美、煩い。」
「それどころじゃないだわよ!これは本当の本当にスクープなんだから!」
「どうなさったんですか?」

「丸井よ!丸井が転校するって!」

「・・・え?」

思わずという感じで聞き返す紫希。
これには千百合も、ついていた頬杖を外してちょっと目を見開いた。

「何。何で。」
「んー、何かテニス系の理由?らしいだわよ。全寮制のとこを考えてるんだって。」
「寮・・・・」

噂というのは往々にして、人の間を泳いでいる間に尾ひれとか背びれとか胸びれとかが付くものである。
だから聞く側は何か噂を仕入れた場合、先ずその要らないひれ部分を削ぎ落とさなければならない。が、今回の場合それはかなり難しかった。

というのも、丸井がテニスに対して真剣なのは本当だし、紫希も千百合もそれをよくよく知っていたからである。だから丸井がより強くなるために全寮制の所に行くことにした・・・というのはかなり本当に聞こえる話だった。

「それにしても急じゃない?」
「私は本人の心境変化までは知らないだわよ〜。でもま、テニスのレベルアップが理由だっていうんなら、早い方が良いんじゃないの?」
「そう・・・そうですよね。善は急げって言いますから・・・」
「・・・でも連絡とか来てないけど。真田も何も言ってないし。」
「もしかしたら、検討段階なのかもしれないです。本決まりになったら話す、みたいな事かも・・・」
「ああ、それはありそうだわねえ。逆にそれなら、今突っ込んでも教えてくれないかもよ?」
「それもそっか。」
「・・・・・」

紫希の視線が伏せっていく。

転校。丸井が。全寮制のどこかに。

(丸井君・・・)

ぽつりと内心で呼びかけてみても、隣の教室から返事なんて聞こえるわけもなかった。

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