100話記念企画 No.059

そんな噂が俄かにC組をざわつかせていることなど露知らず、丸井と紀伊梨は和やかに・・・・悪い方向に和やかにいつもの日常を過ごしていた。

「寮の話なんだけどさー!」

中休みになっても話は続く。
転校とかそういう話じゃないと知っている紀伊梨は、だからこそ気軽に話を振ってしまう。

「家に帰れないのはちょーっと寂しいけど、皆とずーっと一緒っていうのは楽しそーだよねー!遅くまでゲームしてても怒られないし、朝から晩までお喋り出来るし!それから、宿題もいつでも聞けるし!」
「宿題に関してはお前、今でも気軽に春日に聞いてるじゃん?」
「えー、そんな事ないよ!聞き方の難しー問題はどー聞いたら良いかわかんないから聞いてません!」
「お前よく受験受かったよな。」

丸井は偶に紀伊梨に対して、そこまで馬鹿で大丈夫かと心配になる時がある。

「つうか、お前はマジで全寮制とかになったら春日におんぶに抱っこ状態になる気がするんだけど?」
「おんぶ?抱っこ?紫希ぴょん力弱いから出来ないんじゃないかなー?」
「そういう意味じゃねえよ、甘えまくりって事。」
「む!そんな事ないもん!」
「今既に、宿題聞きまくる宣言してたじゃねえかよい。」
「ほ、他のことで頑張るもん!」
「へえ?例えば?」

促しても出てきそうにないな、と分かりつつ丸井は突っ込んでみる。敢えて。

「・・・・えーと・・・あ!ゲームを教えてあげたりとか!」
「それ要るか?」
「えー?じゃあ・・・夜寂しくないよーに、部屋に遊びに行ってあげる!」
「んで、散らかして帰るんだろい?」
「ぐ!確かにお片付け苦手だけどー!えーとじゃあ、朝起こしてあげる!・・・のは紀伊梨ちゃん無理だしー・・・あ!ご飯いつも一緒だと思うから、おかわりよそってあげる!・・・のも、紫希ぴょんはいつもあんまし食べないからー・・・嫌いなもの食べてあげる!・・・のも、好き嫌いしないし、えーと、えーと、」
(お母さんと子供みてえ)

紀伊梨は交友関係が広くて友達が多い。
それは確かだが、実はその中でも「まめな友達」というのは実はそう多くはなかったりする。
幸村は基本甘えないで自分でやりなさい主義だし、千百合は面倒だからよっぽど困ってない限りは手を貸さないし、棗は手伝ってはくれるが同時に弄ってくる。
結局普通に何かと手伝ってくれるタイプが紫希しか居ないから、どうしても母親と娘みたいな図になってしまう。
普段からそんななのに、全寮制とかになってしまったらもう尚更だろう。

「あー!ブンブン今紀伊梨ちゃんに呆れてるっしょー!」
「何も言ってねえじゃん?」
「言ってないけど、顔がもうそんな顔だもん!紀伊梨ちゃんには!分かります!」
「ま、思ってたけど。」
「ほらやっぱりー!言っとくけど、紀伊梨ちゃんがえーと、おんぶに抱っこ?だったら、ブンブンだってそーだよ!」
「どこがだよ。」
「だって紫希ぴょんのほーが勉強は出来るっしょー?もし皆で寮に住んでたらブンブンだってぜーったい気軽に紫希ぴょんのとこ聞きに行くよ!ブンブンだってすーがくの成績あんま良くないじゃん!」
「えー?そりゃ確かに数学得意じゃねえけど。」

しかしそれにしてもそんなしょっちゅう聞きに行ったりするだろうか・・・とちょっと考えてみる。

「・・・いや、やっぱりしねえと思う。」
「えー!?」
「どうせなら勉強以外の話がしてえじゃん?」
「ただのお喋りだったら紀伊梨ちゃんだってしたいですー!ただでさえクラス離れちゃって、お喋り減ってるのにさー!」
「お前は放課後会ってるだろい?」
「そーだけどー!でも逆に放課後にならないと会わないような日だってあるんですよっ!」





その通り。
放課後にならないと会えないような日だってあるから、こんな風に誤解が誤解を呼んでしまう事だってある。


「従って、この時の化学式というのはーーーー」

(・・・・・・)

紫希は心ここに在らず状態で授業を受けていた。
非常に珍しい事である。

(転校・・・)

丸井が、転校。全寮制の所に。

どこだろう。近所だろうか。
記憶力の良い紫希は、幸村が進路を考え始めた頃に皆で調べたことを今でも覚えていた。

(この辺りで一番通いやすそうな所は、2駅向こうの田尾学園・・・口山中学になると、レベルは上がりますけど、確かかなり神奈川の端っこだったので、電車とバスで湘南から2時間以上・・・いえ、全寮制となるとご家族のお仕事や生活は関係ありませんし、もっとずっと遠くへ行く可能性だってありますよね。それこそ、関西、とか・・・)

「春日さん!」
「え、あ!は、はい!」
「問5は?」
「え、ええと・・・3、Nacl。」
「正解。えー、この問題は先ずーーーー」

はあ、と小さく息を吐く。

いけない。
集中出来てない。これは次の休み時間、真田からお小言を食らうだろう。

自覚はある。気が散ってる事にも、その原因にも。
授業中は駄目だと思って努めて考えないようにしているが、どうしても止められない。

(転、校・・・)

丸井が行ってしまう。
どこか知らない学校へ。

全寮制ともなると、殆ど会えなくなるだろう。
そもそも近所でない事だけは確定的に明らかだし、外出一つするにしても逐一許可が必要なんじゃないだろうか。
スマホがあればメッセージのやり取りだけは出来るかもしれないが、それでも完全に会って話す事の代わりにはならない。休日だって、今はなんやかんや顔を合わせる機会も多いが、学校が違えばそっちの交友関係がメインになるだろうしそれも仕方のない事。

そもそも、学校が違うという距離感をべらぼうに遠く感じたからこそ、紫希達は幸村に合わせて受験までしたのだ。
同じ青春を過ごせない事を寂しいと、惜しいと思ったから。
中学に上がって友達が増えて、他の皆にもーーー勿論丸井にも同じように思うようになっていたのに。

なのに、今になってそんな。

「・・・・・・」

(・・・今日は何か、授業をまともに聞いてもらえない日だなあ。)

さっきの授業の余波が今の授業に来ているのだ。
其の事を、がっくり肩を落とす乙橋は知らない。
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