5万打記念企画 No.035
「そう。そう。それは無理、やってはみたけどな。」
丸井は今、柳生に電話をかけている。
桑原とか棗とか、何とかしてくれそうな人間は沢山居るけれど、こういう時に真っ先に頼りになるのはやはり生徒会だ。
『わかりました。では、出来る限り人を集めてそちらに向かいます。外からどうにかする方向で行きますので、くれぐれも怪我などなさらないようにして待っていて下さい。』
「おう、シクヨロ!」
丸井は通話を切った。
「柳生が人連れてきてくれるってさ。」
「ああ、良かったです、なんとかなりそうで・・・」
「ま、この状況から2人でどうにかしろってキツイよな。」
何せ、何かしようにも迂闊に動けないので。
そう、動けないのだ。
「・・・・」
「どうした?」
「あ、いえ、何でも・・・」
「ふうん?」
「ほ、本当に何でもないですから・・・」
嘘じゃない。
何もない。
何もないから困るのだ。
(こんなに男の子が近いのなんて初めてです、恥ずかしい・・・!)
何か他にすべき事があればそれに集中していられるのに。
もしくは相手が全然知らない人だとか、体の向きが対面じゃないだけでも違う。
全くの他人なら緊張はするだろうがここまで恥ずかしいとはきっと思わないし、満員電車の時のように視線が合わない会話しないなら心情が大分違う。
丸井だからだ。
至近距離で向かい合う相手が丸井だから、こんなにドキドキしてるんだ、きっと。
「・・・・・」
「何でそっち向くんだよ?」
「ど、どうにか此処から出られないかと思いまして・・・」
これは半分本当だったが、それでも諦めざるを得なかった。
周り中、本、本、本。
「・・・本当に、遭難っていう言葉がぴったりですね。」
「孤立してる感やべえよな。入口遠いし、窓も遠いし。」
そもそもこの資料室自体そんなに広くない。本来だったら10歩ほど歩けば入口まで辿り着けるのに、今はその10歩の距離が凄く遠い。
「まさか学校で遭難するなんて思いもしなかったです・・・」
「ま、救助は呼んだから大人しくしてようぜ?遭難したんだったら、体力は温存しねえとな。動いたら腹も減るし。」
「お腹・・・あ!そうです、確かポケットにお菓子が・・・」
「あんの?」
「何かは持っていた気が・・・あ。ええと、ビスコです。」
「食べていい?」
「どうぞ。」
「おし!えーと、これは2枚入ってるタイプだな。」
「私お腹空いてませんから、丸井君良ければ・・・」
「だーめ。」
「大丈夫ですよ、遠慮なさらないで、」
「遠慮じゃなくて、遭難の時は食料は分けといた方が良いんだよ。今食べなくて良いから持っとけって。」
「そういうものですか・・・?」
「ほ。」
良いながら丸井はもう食べている。
遭難と言うならお腹が空いてもギリギリまで置いておくべきではと思わんでもないが。
しかし、この状況で目の前の人間がビスケット齧っている図というのはなかなか。
「?ほひた?(どうした?)」
「あ、いえ。そうやってビスケットを食べてると、ますます遭難っぽいなあと思ったんです。携帯食料みたいで。」
「あー、そうかも。昔そういや何かで見たな、雪山で遭難した登山者がビスケット齧ってみたいな。」
何で見たんだっけ、と独り言のように呟く丸井に、紫希はまあ遭難者が携帯食料を食べる場面が出てくる作品は幾つもありそうだと思ったのだが。
「あ!そうだ、スクエアの話!」
「スクエア・・・?」
スクエア。
四角。
雪山。遭難。四角。
そのワードの羅列で、読書家の紫希はもう分かる。
「それってもしかして、雪山で眠らないようにしようとして、交代で起きようと決めて・・・」
「そうそ、一人増えてるってやつ。あれをテレビで見たんだけど、それにこういう食い物出てきて、登場人物が齧ってたんだよ。」
「山のお話としては有名ですよね。」
「へえ?そうなの?」
「はい。そこかしこにパロディがあったりしますよ。一説によると、」
♪♪♪
♪♪♪
「あ、ごめんなさい・・・」
「誰?」
「ええと、千百合ちゃんです・・・はい、もしもし?」
『もしもし、紫希?』
「はい、私です。」
『今どこ居んの?何してんの?授業出られる?』
「えっ!?もうそんな時間ですか!?」
「えーと?・・・お、後10分。」
「えええ!?い、いつの間に・・・」
『ちょっと、もしもし?』
「あ、はい!ごめんなさい!ええと、今は・・・」
『国語資料室行ったんでしょ?』
「はい、そこから出られなくなってしまって・・・」
『・・・なんで?』
「棚がドミノ倒しになって・・・積んであった資料が全部降ってきて、今埋まってるんです。」
『マジか。無事なの?』
「はい、丸井君が・・・か、ばって、くれたので・・・」
抱きしめられていたことを思い出して舌がちょっと縺れた。
ほんのりまた熱くなった顔を隠すように、思わずさっと背けてしまったが、忘れてた。
丸井はこういう事をすると余計寄ってくるのだ。
「だから、なんでそっち向くんだよって。」
「い、いえあの、」
『おい。』
「ん?俺?」
『そうだよ、またお前か。』
「言っとくけど、俺が棚倒したんじゃねえからな?」
『そういう意味じゃないわ。まあ良いや、それで授業出れるの?何とかなるの?』
「柳生にもう連絡してっから、その内来るぜ。」
「授業は遅れると思います。でも、忽ち危ないとかそういうわけではないので・・・」
『わかった。先生には言っとく。何か手が欲しかったら言って。』
そう言い残すと、千百合は電話を切った。
「っていうものの、実際いつ出られるのかはわかんねえよな。」
「多分、来て頂いてもすぐには解決しませんよね・・・」
「マンパワー要るしな。柳生も多分人呼んで来るだろうけど、逆に言うと人集めんのに時間要るだろうし。」
丸井の言ったことは本当だった。
柳生に連絡を取って助けが来る算段はあるものの、現時点では未だに誰も来ないのは事実であり現実だった。
キーン・・・コーン・・・
「ああ、5限になってしまいました・・・」
「ま、しょうがねえよ。あ、でも俺次が小テストだったっけな。もしかして受け直し?」
「B組は次は何だったんですか?」
「俺、体育。男女別だから、五十嵐とか多分俺が居ないって気づいてねえだろうな。」
「気づかない・・・」
紫希はちょっと背筋が寒くなった。
「?どうした?」
「いえ、ちょっと怖くなってしまって・・・」
「怖い?」
「もし一人だったら、成り行きによってはずっと気づかれない場合もあるんだと思ったんです。それこそスマホが壊れたりとか、資料の下敷きになって見失ったりしたら・・・」
「ああまあ、確かにな。2人で行けって言われたのも偶々授業の内容被ってたからだし、一人で行けって言われるパターンもありそうだろい。」
流石に放課後までずーっと気づかれないなんて事はないだろうが、それでも5限の間丸々放置を食らうまではありそうな話。
それこそ2人とも無傷なのも偶々で、下手をしたら何処かを怪我した状態で昼から放課後近くまでずっと放っておかれ続け、誰にも自力で助けを求められず・・・なんて場合も十分あり得るのだ。
「あの、丸井君・・・」
「ん?」
「その、有難うございます、色々と・・・」
「色々?」
「棚が倒れた時に庇って下さって・・・あの、私鈍くさいので、本当に一瞬何が起こったのかわからなくて対応できなくて、」
言いながらまた恥ずかしくなってきた。
お礼はちゃんと言わないとと思うから言うけど、長々とこの話をしているとまた顔が赤くなってきそうなので、紫希は話をちょっと強引に他にずらす。
「そ、それから!助けも呼べましたし、」
「それは俺のおかげでもなくねえ?別にスマホなくしたわけでもねえんだし。」
「でも、私一人だったらもしかしたら態勢を崩してなくしていたかもしれませんし。それにそもそも、こんなに落ち着いていられなかったと思うんです・・・」
「ああ、それは俺も。」
「え?」
「お前が居るから割と普通にしてられる所あるんだぜ?退屈しねえし。」
本物の遭難でもそうだが、一人じゃないと思うことそのものがパニックを消してくれる。
それに、一緒に居るのもよく知りもしない他人とかじゃないから。
友達だから。
紫希だから。
「でも、私本当にこういう時は役に立たなくて、」
「そういう問題じゃねえんだって。傍に居てくれたらそれで、」
そこまで会話をした時だった。
足音がした。
こっちへ向かってくる。
ここか、多分?みたいな会話が聞こえた後、ずっと聞きたかった友人の声が聞こえた。
「皆さん、一先ず私に話をさせて下さい・・・丸井君。春日さん。中においでですか?」
「柳生君!」
「おう、居る居る!おい来たぜ、レスキュー隊。」
「ふふ・・・これで助かりますね、私達。」
あくまで遭難の体で話す丸井がおかしくて、乗っかって返事をすると丸井はいつもの笑顔でニッと笑ってくれる。
「2人とも。これから助けます、諸々の確認は一先ず出てからさせて頂きますが、その前に。」
「?」
「何だよ?」
「資料が棚ごと崩れたと聞いていますが、入口は開けてもよろしいですか?それによっての二次災害は避けたいのですが。」
紫希と丸井は、柳生の言葉で入り口を見つめた。
開けても良いか。二次災害はないか。
そう言われると。
「・・・どう、でしょうか・・・」
「はっきり言って崩れそう。」
「ですか。」
「ただ、だからって他に出来ることねえからな。」
「身動きは取れませんか?」
「無理!」
「すいません・・・」
「そうですか・・・少々お待ちください。」
柳生の声が遠ざかった。
おそらく扉の向こうには他にも何人も(おそらく生徒会だが)が居て、相談をしているのだろう。扉を開けることで余計なケガをしかねないが、割り切るかどうかを確認しているのだ。
ただ、しているのはあくまで確認であろう。
相談ではないはずだ。相談するほど選択肢は多くない。
案の定、間もなく再び柳生の声が聞こえた。
「2人とも。やはり、崩れるのを前提として無理やり開けることになりそうです。構いませんね?」
「ああ。ま、他にどうしようもねえし。」
「こっちから避けるのも無理ですから・・・」
「分かりました。ではまた資料が降ってくると思いますので、備えて下さい。準備ができたら声をかけて頂ければ、開けますので。」
「はい。」
「オッケー。」
しかし、はいと言いつつ備えといっても何をどうすれば良いか。
(ええと、上から降ってくる資料に備えて・・・要は地震の時に頭上に注意するのと同じなわけですから、何か頭を守るものを、)
紫希は手近に分厚めの資料がないか探した。それを頭の上に翳そう。
出来ることといえばせいぜいそれくらいだろうと思うし。
とはいっても、見た限り手の届く範囲にガードになりそうなほどしっかりした資料がなさそう。薄いのならあるけど、こんなのやらないよりマシとさえ言えるかどうか。
もうちょっと奥の方に良いのないかなと、紫希は望み薄ながら体の向きを変えて探そうとした。
のに。
「よい、」
「え、」
「しょ。オッケー、良いぜ!」
「わかりました、ではそのまま今しばらく待ってください。」
そのまま。
そのままって、このまま?
「あ、あの、」
「何?」
「何というか、どうしてこんな、」
丸井は紫希の腕を引いて、また抱きしめなおしていた。
最初と同じ。頭を腕で抱えるようにして、ぎゅっと。
「どうしってっていうか、備えじゃん?」
「こ、これだと丸井君が危ないですから、」
「大丈夫大丈夫、本が多少ぶつかったくらいでテニスに支障ねえって。」
「それなら私だって、多少本がぶつかったくらいなら痛かったですみますから、」
「痛くなくて済むならそっちのが良くねえ?」
「そうですけど丸井君は、」
「だから俺は平気だって。」
「ですから、」
「はいはい、ちょっとの我慢だから大人しくしてろい。」
そう言って尚強い力で抱きしめられる。
一生懸命体を離そうと頑張るけど、土台力では敵わない。
というか、恥ずかしいから離れたいのだが、こう言われるとまるで自分だけが聞き分けのない子供になったようで心理的に迷いが生まれてきた。
どうしよう。良いんだろうか。というか、恥ずかしがってる自分が変なのか。どうして丸井はこんなに平気そうなんだろう。顔は見えないけど、少なくとも声音は平静そのもの。
「丸井君?大丈夫ですか?」
「おう!」
「よし、では行きますよ。」
1、2の、という柳生の物ではない生徒数人の声が聞こえて。
3、という声と扉の開く音は、また崩れてきた大量の本の音にかき消された。
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