5万打記念企画 No.056


「きょ、曲?俺の?個人のって事か?」
「そう!どんなのが良いですかっ!」

(桑原は戸惑いが先に出るタイプだな。)

まあ大抵はこうなると思うけど・・・なんて思いつつ、紀伊梨の後ろで柳は熱心にメモをしている。

「ねー、どんなのどんなの?」
「ど、どんなのっていきなり言われても・・・何でも良いんだけどな、」
「あまり深く考えないで、軽く答えればいい。どうせこっちも、そう深刻には考えていない。」

こっち、と言いながら桑原の机に顎を乗せる紀伊梨の頭を、柳がペンでちょっとつつく。
紀伊梨の頭が少し傾いでにゅ、と変な鳴き声がしたのを見て、桑原は笑って肩の力が抜けた。

「といってもなあ・・・本当に何でも良いぜ?曲作ってくれるっていうだけでもう、」
「もー!やなぎーも桑ちゃんもさー、お家帰っておかーさんに「今日の晩御飯何が良い?」って聞かれて「何でも良いよ」って答えるタイプでしょー!もー!そーいうのが一番困るんだって、おかーさんも言ってましたよっ!」
「いやでも、そんな事言われても実際そう思ってるんだから・・・ううん・・・」

出来ないながらもなんとか考えようとする桑原。の、その姿勢を柳はやっぱり熱心にメモする。

「・・・そうだな、あんまり物静かな感じのはちょっと。どっちかっていうと、明るい気分になれる方が良いな。」
「おー!」
「こう、楽しい気分になれる感じの・・・まあ、こういうと何だけど、普通?普通に明るめの曲っていう・・・」
「・・・・・・・」
「感じ・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・あの、何だ?」

凄く何か言いたげな目で桑原を見上げる紀伊梨。
別に不満とかそういうわけではないので、怒ったりしてる目つきではない。ではないけど。

「桑ちゃんはさー。」
「ああ。」
「もーちょっとかっこいー感じも似合うと思うんだけどどうですかっ!」
「え?」
「パンク・・・パンクまで行くと、ちょっとやりすぎかなー!ロック!うん、ロックとかどーお?」
「ロック・・・俺って、」
「俺ってそんなイメージなのか、とお前は言うが、それは別の話だ。」
「別の話?」
「ロックのイメージがあるというわけではなく、ロックのイメージも似合うんじゃないかと思うからやってみないか、という提案だろう。」
「そうそう、それそれー!それが言いたかった!です!」
「ううん・・・でも、似合うと思うって言われてもな。正直、自分で似合うと思うかって言われるとどうも・・・」
「俺は良いと思うが。」
「お!やなぎー、わかってるー!」
「い、良いと思うか?」
「桑原。以前から言おうと思っていたが、お前はもう少し強気になっても良い。」

う、と桑原は口の中で呟いた。
柳に言われるまでもなく、既に何度かそういうような事は言われている。主に部活時に、先輩から。

「勿論、遠慮深い所はお前の長所だ。だが、お前はお前が思っているほど小さい人間ではない。もっと堂々としていても、別に罰が当たったりはしないぞ。」
「あ、そーそー!そーゆーとこ、桑ちゃんってちょっと紫希ぴょんと似てるよねー!もっとこー、目立っても良いんですぜ!」
「う、ううん・・・嫌じゃないけど、どうも慣れないというか・・・」
「そーお?でも嫌じゃないんだったらやっちゃお!ジャンジャジャーン!みたいな感じでいこ!って、あり?」
「柳?」
「すぐに戻る、そこに居てくれ。」

さっきまでメモを取っていた手を止めて、すたすたと教室の外まで行く柳。
何しに行く気か知らないが、何かはしに行くのだろう。柳は目的なしに行動はしない。

「どったのかにゃー?」
「さあな。でも、すぐ戻ってくるって今・・・あ。」
「あ!ニオニオだ、おーい!」

はーあ、と疲れた顔を隠そうともしない仁王が、柳に連れられて来た。

仁王は通りがかろうとしただけなのだ。
でも遠目でちらりと教室を覗いた時、安全な桑原は居たものの気の合う棗は姿が見えず、代わりに騒がしい紀伊梨と人の事を見抜くのがスーパー得意な柳が居て、うわあと思って踵を返して少し歩いた所をあっさり捕まったのだった。
この位の距離は少なくともマスターの守備範囲内。覚えとこうと仁王は思った。

「あー!さてはニオニオ逃げよーと思ってたんっしょー!そーはいきませんぜ!」
「お前さんと桑原だけなら逃げられたんじゃが。」
「ほら今逃げるって言ったじゃーん!そー言わないでさー、ニオニオの曲も作らしてー!」
「俄然「帰りたくなってきたとお前は言う。」

分かってるなら解放してくれよ。そう仁王が続けたがっているのもお見通しとでも言いたそうな苦笑で、柳は続けた。

「別にそこまで逃げたいなら止めないが、この場に居るのはお前の為でもある。」
「どういう理由でじゃ。」
「お前はこの場に居さえしなければ話題から離れられると思ってるのか知れないが、五十嵐は仮にお前と接触出来なかったとしても、お前の曲を作らないわけではない。100%の確率で、独断で作るだけの事だ。」
「・・・・・・」
「やりたい放題されるくらいなら、意見できる場があった方が何倍も良いだろう。言うと良い。採用されるかは別問題だが。」
「おい、この成り行きで採用されないんか。」
「まあ・・・最終的に作るのも決めるのも五十嵐だからな。」
「む!なるべくきこーと思ってるもん!でもさー、やっぱ折角だったら面白いのにしたいっしょー?」
「面白さなんぞ要らんぜよ。」
「そー言わないでさー!で?ニオニオどんな曲が良いー?」
「・・・・・・・」

ここで迂闊な事を言うと、話が変な風に転がりそう。
いや、慎重な事を言っても変な風に転がる可能性は普通に高いけど。

「・・・ジャズみたいな系統が好みじゃき、それにしといてくれんか。」
「おー!おけおけ!んじゃあ、上げ気味のポップスでいきやしょー!うん!爽やかでー、優しくてー、でもメリハリと転調もあって全体的に何かこー優しい風が吹くみたいな感じで!」
「お前さん人の話を全然聞いとらんじゃろ。」

柳と桑原が一生懸命笑いを堪えているのが仁王はとてもイラつく。
爽やか上げ気味の明るいポップスって、仁王から遠すぎないかとか思ってるんだろう。分かる。自分でもそう思うもん。

「俺が今言った事を繰り返してみんしゃい。」
「えっ?ジャズみたいなのが良いなーでしょ?」
「そうじゃ。」
「だからジャズみたいに、テンポが早くて転調沢山で、ゆったりまったりな幸せ気分になれる可愛めの曲で行こうと思うんすよ!」
「・・・・・・」
「ほら!ジャズにそっくりっしょ?ね?ってゆーか、紀伊梨ちゃんそれでもー思いついちゃったし!」

「テンポが早いのにゆったり・・・?」
「ジャズの特性だな。取るリズムは確かに早いが、聞こえはスローというのがジャズというものだ。五十嵐はそれをどうにかポップスでやろうとしているんだろう。」
「そうか。まあ・・・うん、それなら・・・」
「この場合は仁王の言葉のチョイスミスだな。五十嵐の音楽知識を侮っていたわけだ。」

仁王はジャズは好きだが、別にジャズと他の曲との差異についてべらぼうに詳しいわけじゃない。
だからジャズっぽい奴と注文したら一先ず似たものが出てくるだろうと踏んでたら、限りなく要素が近い別物を出して来られて話が違うと思っているわけである。そもそも要素が近い別物なんてものがあると思っていなかったわけだ。
カレーっぽいものおくれと言ったら、材料ほぼ一緒だし大丈夫とシチューを出された感覚に近い。確かにルー以外の材料を並べたら合致するだろうけども。

「兎に角却下じゃ。」
「やだ!紀伊梨ちゃんこれでやる!やりたい!」
「何のために俺の意見を聞いたんか分からんじゃろ。」
「聞いてるじゃーん!だから大体一緒じゃん!大体一緒にしようって話じゃん!」
「ジャズにしんしゃい。」
「や!ポップス!可愛いやつ!」
「・・・・・・」
「良いですかっ!」
「・・・仕方がないのう、これはあまり使いたい手とは言えんのじゃが・・・」
「・・・お?」
「ええか五十嵐、今から撤回するまで、お前さんに俺の知っとる限りの立海の七不思議をーーー」
「止めてええええええ!」

「宥めないのか?」
「あ、いや・・・この場合どっちを宥めようかと思って。そういう柳は・・・」
「俺は五十嵐がどこまで持ちこたえるか見てみたい。」
「・・・・・・・」
「五十嵐は音楽関連の事に関して譲らないからな。ホラー嫌いと両立しない場合、どちらに傾くのかデータを取っておきたいんだ。」
「・・・そうか。」

2人が眺めているのを他所に、今日の安眠を欲しがる紀伊梨とポップスを回避したい仁王の攻防は続く。

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