5万打記念企画 No.056
その後、結局紀伊梨は大泣きしながらも決して譲らず、仁王はポップスという事で結論が出て、紀伊梨は次の誰かに会うべく廊下を歩いていた。
ぐすぐすと。それはもうしゃくりあげながら。
「うじゅじゅじゅじゅ・・・」
「それほど辛かったのなら、譲るのも手だったと思うが。」
「やだぽっぷしゅが良い・・・」
「そうか。」
こういう所は、切り替えの早い紀伊梨にしてはとても頑固な数少ない部分。
ただ、柳はこういう所で頑固さを発揮するのは好ましいと思っている。
「それはそうと五十嵐、そろそろ前を見ろ。C組に着くぞ。」
「みゃい・・・えーと?紫希ぴょんと千百合っち・・・あ、居た!おーい!」
「紀伊梨ちゃん、柳君!」
「よ。」
C組に千百合は居なかった。代わりに丸井が紫希の前の座席に座って、何事か二人で机の上を見ていた。
「ブンブンもやほー!何してんのー?」
「お前もやる?」
「お?」
近づいて行って見下ろした机に広げられている数学のノートと参考書を見た瞬間、紀伊梨は反射的に真顔になって1ステップ後ろへ下がった。
あっさり後ろに控えていた柳にぶつかったが。
「熱心だな。」
「次当たるんだよ。」
「クラスメイトには聞かないのか?」
「別にそれでも良いんだけど、春日が一番分かりやすいんだよな。」
「あ、有難うございます・・・」
「分かる分かるー!紫希ぴょんていつも優しく教えてくれるよねー!」
「ならお前も混ざると良い。」
「良いですそれは良いです私には向いてないです!」
「紀伊梨ちゃん・・・」
「ははは!」
でも、お前も今日確か当たるはずだけど覚えてる?
と丸井はちょっと思うだけは思った。言わないけど。混ざられるとうるさいし。
「それよりさそれよりさ、楽しい話しよーよ!2人に曲作りたいんだけど、どんなのが良いですか!」
「曲?」
「あ、また作ってくれるんですか?」
「また?」
「紀伊梨ちゃん、昔から時々作ってくれるんです。」
そう。
立海に来て言い出したのこそこれが初めてだが、昔から紀伊梨は思い付きで幼馴染達の曲は作っていた。既に1人数曲ある。
「マジ?お前そういう事まで・・・ってまあ、お前ならしそうだけど。」
「ふっふーん!で?どんなのが良ーい?」
「ううん・・・」
「ほらほらどーぞ!遠慮しないでセイ!」
「え、遠慮じゃなくて・・・私もう幾つかあるので、次はどうしようかと思いまして・・・」
「ほーほー!迷いちゅーですな!ブンブンは?」
「俺何か明るーい感じで。楽しそうな感じのポップスみたいな?」
「んー、それだとニオニオと被りますなあ!」
「何それすげえ聞きてえ。」
仁王の曲に明るくて楽しそうなポップスて。
「に、仁王君にポップス・・・」
「いや、これは本人の希望も割と入っているんだ。実を言うと。」
「「ええ!?」」
「そーだお!ニオニオがそーゆーのが良いってゆーからさー!」
なんと珍しいことに、今回は紀伊梨が日本語的にほぼ正解。
悔いても悔い切れない仁王のミスである。
「って、それは今は良いんですよー!それより次々!えーと?あ、そーか!ブンブンの好きな奴がー?ニオニオと被るからー?」
「俺マジで仁王と被るとか思ってなかったんだけど。」
「あ、あはは・・・」
「しかし、五十嵐は結構な拘りで仁王の曲のイメージを練っているからな。そちらを動かすのは無理だろう。」
「んー、でも被ると面白くないよねー。んー、ブンブンかー。ブンブン・・・んでもブンブンはポップス似合うなーってゆーのは紀伊梨ちゃんも思うしー!えー、被らすー・・・?」
それも何かちょっとなあ、と丸井は思う。
どうせだったら被らないようにして欲しいけど、でもじゃあどうすると言われてもぱっと代替案が出ない。
「・・・・・・」
柳はちょっと過る考えがあるが、待つことにした。
多分、もう少ししたら丸井が思いついて言い出すだろう。
と、思った矢先に、早速丸井がお、と呟いた。
「春日どう?」
「え?」
「俺っぽいと思うようなやつ。今言ってるの以外で。」
「あ!そーだ、紫希ぴょんに決めてもらうのも良いかも!」
「ええええ!で、でもやっぱり本人が気に入るのが一番で、」
「取り合えず言うだけは言ってみたらどうだ。採用は別問題として。」
「う、うううん・・・・紀伊梨ちゃん、メモを見せて貰っても良いですか?」
「ほい!」
「ううううんん・・・・・・」
一度そう言われると、自分のより真剣に考え始める紫希。
丸井っぽい曲調。
「・・・・ロ、」
「「「ロ?」」」
「・・・・・ロック・ポップスの、スローテンポな奴・・・とか、どう、です、か・・・」
丸井と柳は、単語の咀嚼にちょっと時間がかかった。
紀伊梨は瞬時にどういう奴を指すのかさっと判断し、きらんっ!と目を輝かせた。
「良いじゃんそれー!良いよ良いよ。それでいこーよ!うん、けてーい!」
「決定!?ま、待ってください丸井君の希望を聞きませんと、」
「えー!でも紀伊梨ちゃんそれ良いなーって思うもん!良いっしょ、ブンブン!ね!」
「いや、想像がつかねえんだけど。それどういう奴?」
「ええと、例えば既存の曲で言うと「ラーラーラー・・・ラーララーララー♪みたいなやつ!」
「もう出来たのか、早いな。」
今しがた紫希の鬼謀が通ったばかりなのに、もう口ずさむようなフレーズが出せる。これが紀伊梨の凄いところ。
「でねでね!これにエレキの音乗せといてー、でもそれ以外の部分は基本可愛いポップスにしといてー、」
「なかなか攻めたイメージだな。」
「そ、そうですか・・・いえ、そもそも採用されるとはあんまり思ってなかったんですけれど、」
「なあ。」
「はい?」
「俺って春日の中で、どーいうイメージなわけ?」
「え!ご、ごめんなさい不用意な提案をして「じゃなくて。」
「落ち着け、気に入らないとは言われてない。説明を聞きたがっているだけだ。」
「え、ええと・・・その、所謂普通のポップスもよくお似合だと思うん、ですけど・・・」
「けど?」
「いずれ必ず作られるでしょうから、わざわざ今推さなくて良い、かな、と・・・」
おそらくだが、最低限1年に1曲は各々の曲が作られるだろう。紫希はそう踏んでいた。
それなら、所謂丸井のスタンダードなイメージーーー明るくて可愛くてアップテンポの、ポップスらしいポップスは、必ずどこかで出てくる。必ずだ。
それならそれをわざわざ提案しなくても、もう少し変化球めいたやつで良いかなーと思った。
「それで、その上で・・・こう、丸井君のかっこいい感じとか優しい感じをこう、要素としてどうにか入れられない、かな・・・と思ったんです。」
「んー、でもさー。曲はいい感じだけど、ブンブンってそんなかっこいいかなー?優しくもない気がするしなー。」
「おい。」
「だってー!ブンブンってさー、いーっつも紀伊梨ちゃんの事いじめるもん!せんせーに当てられても何にも教えてくんないし、せんせーが近づいてきてても教えてくんないし、お菓子もジュースもくれないもん!」
「それはお前が求めすぎだ。」
「そんな事ないよ!だって他の「皆はやってくれるとお前は言うが、それはクラスメイトの方が甘いだけの話だ。丸井が普通なんだ。」
「えーー!」
「あ、あはは・・・」
知らなかった、隣のクラスじゃそんな事になってるのか。
B組の皆さん有難う、と内心で呟く紫希の目の前で、丸井は頬杖をついて何事か考えていた。
「・・・・・・」
「・・・丸井君?」
「ん?」
「あの・・・お気に召さなかった、ですか、」
「ああ、ううん!別に悪い気はしてねえよ?」
「そう?ですか?」
「おう。じゃなくて、お前はどういうのが良いかなーって考えてただけ。」
「私?ですか?」
「そう。お前も書いてもらうんだろい?」
「そうですけど・・・」
どんなのが自分っぽいと言われると、紫希は毎度困ってしまう。
どんなのを提示されても、そんないいものではと言いたくなってしまうのだ。
「そーそー!紫希ぴょんもさー!何かちょっと、珍しい感じにしませんか!」
「ええ?で、でもそうなると・・・」
「今までのはどういうものがあるんだ。」
「えーっとねー、紫希ぴょんはこー、ほわほわした感じのゆっくりで可愛い奴が多いお!」
「ああ、いかにもって感じ。」
「そ、そうでしょうか・・・」
「しかし、そこからがらりと変えるとなると・・・どうするつもりだ?」
「んー、コテコテのロックとかどーお?」
「ちょ、ちょっと・・・・」
「それは行き過ぎ。そこまできつくなくて良いからさ、もうちょっとこう丸くてテンポが早めで・・・あ!あれだ、あのーーーテクノポップ!」
「おーーー!」
もうこれで5曲目になるので、柳はいい加減わかってきた。
この声のトーンの時は、それ採用の時の声。
「テクノポップ・・・」
「どう?」
「ど、どう・・・」
「丸井は、どういう辺りが春日に似合うと踏んだんだ?」
「ん?いや、どうせだったらガツンとアップテンポな方が良いかと思って?でもほら、普通のポップスでそれすると、明るくなりすぎちまうじゃん?」
「そーそー!テクノだったら、ちょっと大人しいふいんきに「雰囲気だ。」あり?そーそー、雰囲気に出来るんだよねー!」
「でもあんまり暗くなりすぎないようにしてくれよ?」
「ほいほい!」
「後あんまり尖った音入れない方向で。可愛い感じは減らしたくねえし。」
「ほーい!」
「それと「ブンブンちゅーもんが多いんですけどー!書けないよちょっと待ってよ!」
自分の曲よりあれこれ言い募ってくる丸井に、紀伊梨は忙しくしゃかしゃかとペンを走らせる。普段の授業もこのくらい熱心に書き取りしていれば随分違うだろうに。
「どうだ。」
「ど、どう・・・いえ、私もテクノポップは好きなんですけれど。でも、似合うかと言われると・・・」
「そうは思えない、か?」
「はい。」
まあ紫希ならそう思うだろう。柳じゃなくてもそれはすぐに分かる。
ただ、それはそれとして。
(あっちはイメージが出てきて仕方がないようだがな。)
「DJミュージックに近いような感じにしてさ、」
「ちょっと待ってお、えーと!じゃあこうして、こうして・・・」
ガンガン注文を付け加えていく丸井を、紫希はちょっと戸惑いつつ、でも何か嬉しい気分で見つめている。
それを見ながら柳も柳でデータ採取が捗っていることに、誰も気が付いていなかった。
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