こういうのにハマり役だ、というのが女難を指すのかはたまた忠義を測ることを指すのかはともかくとして、一番手となったのはディルムッドだった。

「ふざけるのは大概にしてほしいが……、とにかく、何があってもマスターのことは守り抜いてみせよう」

難癖同様の理由に苦言を呈しつつも、マスターを救出する役目を受けて、ディルムッドは気合を入れてゲームに臨んだ。

「……彼女はどちらかっていうとエネミー側なんだよね」

既にいない黒髪の未来を憂いながら、ロマンがぽつりとつぶやいた。

* * *

「――て、起きて!」

身体を揺すられる感覚で目を覚ました。気配に聡いはずの自分が無防備に寝ていたことに驚き目を覚まし、そこにいる自身のマスターの姿にさらに目を見開いた。
「マスター!」
まずは捜索から始めなければとマスター救出の計画を練っていたはずが起き抜けにその姿を見せられ飛び起きた。みょんみょんとベットのスプリングが跳ねた。
……ベット?
ディルムッドは目の前にあるいくつものおかしなことに眉をひそめた。
カルデアよりも前時代的な、ふたりがいるのは所謂一般家庭の私室であろう部屋で、ディルムッドが来ているのは現代の衣服、極めつけに写真で見たことのある高校の制服を着たマスターである。

「マスター?」

混乱するディルムッドと同じように、マスターもぱちぱちと目を瞬いている。
ふたりの間に沈黙が流れた。気まずくはない。気まずく感じられる余裕もない。

ピピピピ。
その妙な空気を切り裂くように、ディルムッドの近くで機械音が鳴った。枕元におかれた携帯が8時35分を告げている。
マスターの顔が青ざめた。

「違う! こんなことしてる場合じゃない! 朝だよディルくん、ハイ起こしたからね! いってきます!」

口をはさむ隙もななく言い切った後、マスターはディルムッドの私室と思しきその部屋を飛び出した。あまりの情報量にぽかんとしながら固まっていれば、窓の外をマスターが駆けていった。その姿を見下ろしていると、マスターが振り返った。

「朝ごはん食べないと、冷めるよ!」

トレードマークのマスク越しの声はややくぐもっていたが、はっとしたディルムッドが頷いた。言葉をつづけようとしたときにはマスターは既に前に向き直っていた。

「……朝食……、我が主は料理が苦手だったはず……」

案の定、机に並んでいた目玉焼きは黄身が崩れてしまっていた。

* * *

「いっしょにいてね、ディルくん」
ディルムッドの記憶は、彼女の泣き顔から始まる。

……いや、これは記憶ではない。記録だ。
仮想世界においてのディルムッドについての情報。

朝食を食べた後、冷静になってから情報収集を開始すると、部屋の本棚から所謂【設定】が書かれた本が出て、ディルムッドにこれがゲームであるという事実を思い出させてくれた。

ディルムッド・オディナ。大学生。
幼馴染みであるマスター……舛田真衣は高校生で、妹のような存在である。
現在はお互いに同僚である真衣の父とディルムッドの母親が出張中で、ディルムッドは真衣のことを頼まれているらしかった。

そうして読み進めていったところ現れたのが青色のホログラムと、涙を浮かべた少女の姿だった。

「……これは、」

もしかすると適任なのはシャーロック・ホームズなのでは。いないけれど。

とはいえ、無いものねだりをしてもないものはない。
とにかく大学生であるディルムッドは大人しく大学に行こう。
状況を把握したディルムッドは役目を果たすべく家を出て――ジョシダイセイの恐ろしさを味わう羽目になった。

* * *

「市民にしてあの機動力とは……いつの時代も女性は恐ろしい」

ディルムッドは女子大生たちをまいて、見慣れない現代の街中で肩を落とした。
道のりを記憶しながら歩いていると、前方にマスターの姿を見つけた。
彼女は同じような制服を着た少女に手を振って、それからひとりで再び歩き出した。

「マスター」

ディルムッドは彼女よりも幾分か長いコンパスであっという間に追いつき、その背に声をかけた。

「ディルくん、偶然だね」

振り返った彼女はディルムッドを見て、呆れたように笑った。

「また追い掛け回されたんだ?」
「ええ、まあ。……まさか仮想空間内でもこんなことになるなんて……」
「カソウクウカン?」

ディルムッドがこぼした言葉に、彼女はきょとんとした。
その反応にディルムッドも驚く。それから、彼女がマスターとしての記憶を全く持っていないことに思い至った。

「いいえ、何でもありません」
「ふうん。あ、ついでだし、夕飯買っていこう」
「わかりました、マスター」

ディルムッドはいつものようにそう言ってから、失言に気付いた。
正確には朝から数えて三回目だが、今の彼女に対してマスターと呼ぶのはどう考えてもおかしい。良い年の男が幼馴染みの女子高生に言う単語ではない。
頭を抱えたくなりながら、恐る恐るマスターを見ると、ディルムッドの予想に反し、彼女は肩を震わせていた。

「昔そんなごっこ遊びしてたよね。ふふ、懐かしい」

へらりと目じりを緩めた表情は、ディルムッドには終ぞ向けられなかったそれだった。

心臓が不自然に鳴って、その瞬間、ディルムッドの意識が途切れた。

気付いたとき、ディルムッドの目の前には見慣れたサーヴァントたちがいた。

「ほー、強制帰還か」
「これがセイフティというやつですね」

納得しながら頷いている仲間たちに構うことも出来ず、ディルムッドは顔を覆い天井を仰いだ。


/