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ストレスフルな毎日は続き、一先ず少年の存在をないものとした研磨は、頻繁に店を訪れていた。
そもそも例の少年さえ働いていなかったなら『Pure Water』は家の次に落ち着く空間であり、マスターは実生活でのかかわりがないゆえに気の許せる男なのだ。なんといっても精神のほころびを治してくれる絶品のアップルパイが手ごろな価格で食べれるのだ。
中学生の財布事情や居残り練習があるので毎日通い詰めることはできないが、3日に1度程度なら……。と夏休み以前よりも常連化していたのである。
あの日以降はすべて黒尾とともに訪れており、カウンター席に座ることはなかった。
日を重ねるごとに少年の働きぶりは危なげがなくなっていく。「あの新人、慣れてきたなぁ」ゲームに興じる研磨の正面で、黒尾が感心した。研磨はゲームにかかりっきりで返事をしなかった。
「お待たせしました」
少年がそう言って大盛りのカレーライスとサンドイッチセットをテーブルに並べた。それから早々に飲み干された黒尾のお冷を注ぎ足した。
その日は日曜日だったので午前中で部活が終わり、ふたりは昼食兼ねて『Pure Water』を訪れた。いつもとは日曜日だし、時間帯も違うので、もしかするといないかもしれない。研磨はそう思っていたのだけれど、少年は関係なく働いていた。
結局少年お顔を見ることになった研磨は、よく分からない心中で少年をちらりと伺った。潤の言葉通り、本来は静かなタイプの人間のようで、常連のふたりに対しては落ち着いた自然体に近いのだろう態度で接客していた。
「店員さん、毎日いるんすか?」
「……!」
研磨の考えていることを察したのか、黒尾はにこりとわざとらしい笑みで尋ねた。研磨は思わずぎくりと身を揺らした。小さくにらんだが、黒尾は研磨を見ていなかった。
昨日まで放置されていたのに突然声をかけられ、少年は面を食らったようだった。まん丸い目を僅かに見開き、それから馴染んできた営業スマイルで答えた。
「はい。正午から七時まで、毎日でてますよ」
「へえ、七時間! すごいっすね」
「休憩がありますから。それにおふたりの部活に比べれば、なんてことないですよ」
謙遜して言ったあと、少年は慌てて「潤さんから聞いたんです」と付け加えた。研磨は上下キーを淀みなく動かしながら、そういえば言ってたな、と思った。
店内は日曜の昼だというのに空いていて、ひとりで訪れた日のあの込み具合は何だったのだろうと思うほどだ。少し込み入った路地に経っているせいなのかもしれないが、本当にこの店は大丈夫なのだろうか……。
研磨たち以外の客はよく見かける常連ばかりで、潤もカウンター席に座る主婦3人と何やら話し込んでいる。見る限り潤は相槌を打っているだけのようだったが。
そのためか、少年も話を切り上げることはせず、黒尾の絡みに付き合っていた。
「オレは黒尾で、こっちが研磨。これも潤さんに聞いてる?」
「まぁ、はい。おふたりが中学生でバレー部ってことは知ってます。学生さんは少ないので、印象に残るんですよね。私も学生なんで」
「ちなみにオレは中3で、研磨は中2だけど……、店員さんは高校生っぽくない、っすよね」
よっぽど声変わりが遅くない限りは年下の可能性が高い。店員と客の間柄なのだから敬語でなんらおかしくないのだが、少年のような店員に敬語を使うのに違和感があるのだろう。黒尾は言いづらそうにしている。
「中1です。……黒尾さんと孤爪さんって、同じ学年だと思ってました」
「あー、オレら幼馴染みだから。こいつ敬語使う気さらさらないし。そのせいっすかね」
会話に入る気のない研磨に、苦笑いで研磨を見やった。
少年は幼馴染みというよりも、敬語というワードに反応を示した。
「あ、いいですよ、私に敬語使わなくて。学年の話した後だと、変な感じですし」
「お、まじで。助かるよ、ちょっとやりづらくてさぁ」
へらりと笑って黒尾が言う。少年が「孤爪さんも」と言ってきたので、研磨はゲームの手を止めずに、画面を見たまま答えた。
「……おれ、も、敬語苦手だから……、……」
Bボタンを連打しながら、黒尾をちらりと見た。今度はこちらを見ていた黒尾と目が合ったので、補足説明を要求した。
「店員さんもタメで話してほしいってさ」
親指で示しながらの言葉に少年は「えっ」と動揺をこぼした。
年下で、それも店員の側がため口をきくのは流石に躊躇われたのだろう。「努力します」と実質断ってから誤魔化すようにつなげた。
「そういえば、名前言ってなかったですね。清水涼です。潤さんも清水なんで、良かったら名前で呼んでください」
「涼……呼び捨てオッケー?」
「大丈夫ですよ」
まったく敬語を止める気のない少年、清水涼は、新たな来客に呼応してふたりのテーブルから離れていった。
そもそも例の少年さえ働いていなかったなら『Pure Water』は家の次に落ち着く空間であり、マスターは実生活でのかかわりがないゆえに気の許せる男なのだ。なんといっても精神のほころびを治してくれる絶品のアップルパイが手ごろな価格で食べれるのだ。
中学生の財布事情や居残り練習があるので毎日通い詰めることはできないが、3日に1度程度なら……。と夏休み以前よりも常連化していたのである。
あの日以降はすべて黒尾とともに訪れており、カウンター席に座ることはなかった。
日を重ねるごとに少年の働きぶりは危なげがなくなっていく。「あの新人、慣れてきたなぁ」ゲームに興じる研磨の正面で、黒尾が感心した。研磨はゲームにかかりっきりで返事をしなかった。
「お待たせしました」
少年がそう言って大盛りのカレーライスとサンドイッチセットをテーブルに並べた。それから早々に飲み干された黒尾のお冷を注ぎ足した。
その日は日曜日だったので午前中で部活が終わり、ふたりは昼食兼ねて『Pure Water』を訪れた。いつもとは日曜日だし、時間帯も違うので、もしかするといないかもしれない。研磨はそう思っていたのだけれど、少年は関係なく働いていた。
結局少年お顔を見ることになった研磨は、よく分からない心中で少年をちらりと伺った。潤の言葉通り、本来は静かなタイプの人間のようで、常連のふたりに対しては落ち着いた自然体に近いのだろう態度で接客していた。
「店員さん、毎日いるんすか?」
「……!」
研磨の考えていることを察したのか、黒尾はにこりとわざとらしい笑みで尋ねた。研磨は思わずぎくりと身を揺らした。小さくにらんだが、黒尾は研磨を見ていなかった。
昨日まで放置されていたのに突然声をかけられ、少年は面を食らったようだった。まん丸い目を僅かに見開き、それから馴染んできた営業スマイルで答えた。
「はい。正午から七時まで、毎日でてますよ」
「へえ、七時間! すごいっすね」
「休憩がありますから。それにおふたりの部活に比べれば、なんてことないですよ」
謙遜して言ったあと、少年は慌てて「潤さんから聞いたんです」と付け加えた。研磨は上下キーを淀みなく動かしながら、そういえば言ってたな、と思った。
店内は日曜の昼だというのに空いていて、ひとりで訪れた日のあの込み具合は何だったのだろうと思うほどだ。少し込み入った路地に経っているせいなのかもしれないが、本当にこの店は大丈夫なのだろうか……。
研磨たち以外の客はよく見かける常連ばかりで、潤もカウンター席に座る主婦3人と何やら話し込んでいる。見る限り潤は相槌を打っているだけのようだったが。
そのためか、少年も話を切り上げることはせず、黒尾の絡みに付き合っていた。
「オレは黒尾で、こっちが研磨。これも潤さんに聞いてる?」
「まぁ、はい。おふたりが中学生でバレー部ってことは知ってます。学生さんは少ないので、印象に残るんですよね。私も学生なんで」
「ちなみにオレは中3で、研磨は中2だけど……、店員さんは高校生っぽくない、っすよね」
よっぽど声変わりが遅くない限りは年下の可能性が高い。店員と客の間柄なのだから敬語でなんらおかしくないのだが、少年のような店員に敬語を使うのに違和感があるのだろう。黒尾は言いづらそうにしている。
「中1です。……黒尾さんと孤爪さんって、同じ学年だと思ってました」
「あー、オレら幼馴染みだから。こいつ敬語使う気さらさらないし。そのせいっすかね」
会話に入る気のない研磨に、苦笑いで研磨を見やった。
少年は幼馴染みというよりも、敬語というワードに反応を示した。
「あ、いいですよ、私に敬語使わなくて。学年の話した後だと、変な感じですし」
「お、まじで。助かるよ、ちょっとやりづらくてさぁ」
へらりと笑って黒尾が言う。少年が「孤爪さんも」と言ってきたので、研磨はゲームの手を止めずに、画面を見たまま答えた。
「……おれ、も、敬語苦手だから……、……」
Bボタンを連打しながら、黒尾をちらりと見た。今度はこちらを見ていた黒尾と目が合ったので、補足説明を要求した。
「店員さんもタメで話してほしいってさ」
親指で示しながらの言葉に少年は「えっ」と動揺をこぼした。
年下で、それも店員の側がため口をきくのは流石に躊躇われたのだろう。「努力します」と実質断ってから誤魔化すようにつなげた。
「そういえば、名前言ってなかったですね。清水涼です。潤さんも清水なんで、良かったら名前で呼んでください」
「涼……呼び捨てオッケー?」
「大丈夫ですよ」
まったく敬語を止める気のない少年、清水涼は、新たな来客に呼応してふたりのテーブルから離れていった。
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