シャボンディ諸島の海岸で、リザはジャンバールの首に付いた忌まわしい錠に鍵を差し込んだ。小さく音がして、地に落ちる。リザはそれを蹴って海に落とした。
リザが水面の音を聞いて満足していると、ジャンバールがリザの名を呼んだ。
リザは笑ってそれに応える。
「ジャンバールさん、また、一緒に旅できますね」
「そうだな。どこまで行っているか分からないが、いずれあいつらに追いつこう」
「ハイ!」
大した大きさではないが、しっかりとシャボンで加工された船に乗り込みながら、リザは笑った。
「随分ご機嫌だな、リザ」
「そりゃあもう! だって今度はシスターも一緒ですからね」
くつくつ笑うジャンバールに向かってリザはとびっきりの笑顔を向ける。それから先に船の中にいた女性を見上げた。
「あなたにまだ教えていないこと、少しは教えてあげますからね」
「全部教えてくれてもいいじゃないですか。ケチですね、シスター」
シスターが手を伸ばす。リザはその皴のある手を取った。リザよりもずっと大きな手、大きな手――

リザが目を覚まして最初に見たのは、見慣れぬ天井だった。シャッキーのところの屋根ではない。

――どこまでが現実だ。

リザは自分の両手を見下ろした。
最後に見た自分の手よりもずっと大きい。シスターと変わらないくらいの大きな手。
続いて辺りを見回した。
リザの隣でジャンバールが寝ていて、他にもそこら中にハートの海賊団のクルーたちが転がっている。

夢と現実の区別をつけ終わり、リザは頭を抱える。
どうもコックに水を頼んだ後の記憶が朧気だ。記憶が飛んでいる。
確か、ペンギンと話していたはずだけど……。
嫌な予感がしてペンギンの姿を探したがここにはいないようだった。予感が確信に変わる。

「お酒は、飲んでない……はず」

まさか匂いだけで酔ったのか。リザは茫然と呟いた。

リザは酩酊状態の自分を知らない。
記憶は飛ぶし、前の船でもジャンバールに酒癖が悪いらしく飲めないのだと話すと睨みを聞かせてくれたので、こんなことにはならなかった。
唯一知っているはずのシスターもシャッキーも教えてはくれなかった。
ただ揃って「知らない方が幸せだ」と言ったので、具体的に言われるよりよほど恐ろしかった。

頭を抱えて沈んでいると、カタリと音がした。ばっとそちら振り向けば、ペンギンと目があった。

「……」
「……」

すい、と目を逸らされた。リザの顔から血の気がなくなる。

「す、すみませんペンギンさん! 私昨日なにかしたんですね!? 覚えてないんですけど、なにかやらかしたんですよね!?」
その場で正座をして頭を床につけながら、リザは何度も頭を下げた。
「馬鹿、リザ、声が大きい……!」
慌てて注意したペンギンの言葉にはっとして、リザは口をつぐんだ。おそるおそる周囲をうかがう。幸い、誰も目を開けてはいない。リザはほっと息をついた。
ペンギンが深い深いため息をついて、リザを手招く。
リザは弾かれたように足音を忍ばせ駆け寄る。泥棒業のお陰か音を立てることなく、ペンギンのもとにたどり着いた。
ペンギンに促され、部屋の外に出た。

「あの……」
「待て、先に説明させてくれ」
口を開きかけたリザを制して、ペンギンが話し出す。

「昨日、コックが持ってきた水が酒だったんだ。それから最初に飲んでたおまえがオレンジジュースだと思っていたやつも酒だった」
「……そんな……」身体が暑かったのは、泣いたせいではなかったのか。「そ、それで、どうなったんです……?」
「それで酔っ払ったおまえは……いろいろあって、ジャンバールが眠らせた」
「肝心なところをぼかさないでくださいよ……!」

リザが涙目でペンギンの襟首をつかんだ。顔を覗き込もうとするがペンギンは断固として目を合わせようとしなかった。

「実害は! 実害はなかったんだ! だから言わせないでくれ!」
「実害がないなら話してもいいじゃないですか!」

ふたりは声を潜めて叫ぶという器用なことをしたあと、ペンギンがリザにシャワーへ行くよう指示し振り切ることに成功した。

押し込まれたシャワー室で、リザは頭を切り替えることにした。
何かあったのは確実だが、ペンギンが口を割らないのではどうしようもない。寧ろ寛大な彼に感謝すべきだろう。リザはそう結論付けて、シャワーを浴びることにした。

服を脱ごうとしてから、リザはここがシャッキーの安心安全貸し切り宿でないことを思い出した。
覗かれることはないだろうが、偶然バッタリなんてことはあるかもしれない。
背中をごそごそ弄って、メモ用紙とテープ、ペンを取り出した。
壁をテーブル代わりにして『使用中 リザ』と書く。それを扉に貼り付けて、これで良しと中に入った。

――どうするかな。

熱いお湯を頭から浴びながら、考えた。
ペンギンのことではない。そうではなく、これからのことだ。
たった1日過ごしただけだが、なんとなく絆されてしまっている。
トラブルもあったが基本的には気の良いひとたちだ。

だが、それと海賊になるのとでは話が違う。
麦わらの一味の航海士のように、海賊に何かしらの恨みがあるわけではない(どちらかといえば彼らのお陰で生計が立てられているので、居てもらわなくては困る)。

海賊になりたくない。海軍になりたくない。島民になりたくない。
リザにとってそれらは足枷に等しい。

仲間がいることは幸せで、好きな人とは共にいたいと思う。
けれど何事にも優先順位というものは存在する。
夢を取った彼らも。恩義を取った彼も。それに従って生きている。

そしてリザが最も優先するのは、ジャンバールではない。

「……お金……は、いいか。出費するようなこともないし」

リザのために。リザがリザであるために。

「次の島で降りよう」

キュ。と、水が止まった。