今日は妙に騒ついている。
普段も騒がしいが、それとは何か違う。焦っている人が多いように感じた。
怪しまれては元も子もないので歩調を人ごみに合わせて歩きながら周囲を観察する。
ここ一年で仲良くなったお店の人たちも、観光できたらしい一般人も。なにより海賊達がやべーやべーと言いながら走り回る様子は異常だった。
もうすぐ人間屋が見えてくるが、なにかあったなら知っておかなければ。騒動に巻き込まれてはたまらない。
リザは人間や近くで換金業を営んでいる男をみつけ、捕まえた。

「おじさん!」
「ヒッ!? あ、リザちゃんか……!」
「この騒ぎ、どうしたんです?」

「どうしたもこうしたもないよ! 海賊が天竜人様を殴ったんだ! それで海賊と海軍が大騒ぎさ!」

「え」
海賊が、天竜人を、なぐった?
リザは店主の言うことを反芻し、ぱっと駆け出した。
「まったく馬鹿な海賊も居たもんだ……ってリザちゃん!?」
「ごめんなさい! 私もう行きますね!」
「行くってどこに!?」

人間屋周辺には大勢の海軍が居て、近寄りがたい。命知らずの野次馬に紛れて人間屋の出入り口を見る。
ジャンバールの姿はない。……まだ死体がないだけましだ。
天竜人が連れ帰ったのか。それともどさくさに紛れて逃げたのか。
前者ならまた機会を狙うが、後者なら探さなければ。
どうやって錠を外したのだろう……首の爆弾がついたままということはないと信じたい。

何はともあれ、海の方に行くべきだ。

そう判断し、踵を返した。今度は人混みを避けて、なるべく早く海岸に行くルートを通る。
リザを一目見ただけでは泥棒とはわからない。このような緊急自体の中では誰もリザに気を止めない。混乱して逃げ惑う一般人にしか見えないのだ。
そんな中走り続け、――足は自然と過去にリザが乗った船があった場所へと向かっていた。
「はっ、はっ」
その途中、リザは息苦しくて足を止めた。
大した距離を走っていないのにやけに息が荒れるのは、心臓が独りでに鼓動を速めているせいだろう。呼吸が整わない。
「ジャンバールさん……」
また、助けそこなうのか。
呟けば、リザの目に涙が滲んだが、すぐに拭った。
泣いている場合ではない。
リザはもしものときを考えて、鍵を取り出し、再び駆け出した。

――海へ。
リザはジャンバールの大きな掌を思い出す。押しつぶされるのではないかというほどに大きな手。
数年前、不器用に頭を撫でた彼の手を、リザはまだ覚えている。
大切なひとを失って、ひとりで航海をしていたときに出会った、大好きなひと。
また、あなたと海へ出たい――

「ジャンバールさん!!」
そして、ついに彼を見つけた。

血の味が滲む喉を無理やり開いて、リザは叫んだ。
生きてる、ちゃんと生きてる!
弾かれるように振り向いたジャンバールと目が合う。一年前よりもずっと驚いた顔をしていた。身体を反転させ駆け寄ってくる。
「リザ!?」
「よかった、無事ですね!?」
「お前、まだ……」
「何言ってるんですか! ジャンバールさんを諦めるわけがないでしょう!」
まだここに居たのか。そう言いたげなジャンバールに、リザは食らいついた。
ジャンバールがぐっと歯を食い縛って、顔をゆがめる。
酷い顔ですね。リザはそう笑ってやろうと思ったが、表情をうまく動かせなかった。
たぶんリザも変な顔になっているのだろう。

「あ! 首枷は!? 鍵ありますよ、……って、ついてないですね?」
「お前それどうやって……」
「ジャンバールさんこそどうやって逃げたんです? まさかあの状態から鍵を? 危ないじゃないですか!」
「いや、おれは……」
ジャンバールが後ろを振り返ったので、リザも釣られて周りを見た。
今迄ジャンバールしか目に入っていなかったが、そこには海賊と思われる男と白熊がいる。

「えっ、シロクマ!?」
さっとジャンバールの陰に隠れるリザに、白熊は凹み、近くにいた男が肩を叩いた。
それからその男とは別の男、キャスケット帽を被った海賊がふたりの会話に割って入った。
「えーっと。とりあえずお嬢ちゃんは誰? 海軍には見えねーけど」
「リザといいます。泥棒です」
「泥棒!? 見えねーなァ。あ、俺はシャチだ」
「シャチさんですね。よろしくお願いします」
へらりと笑う男にリザはジャンバールの背に隠れたままぺこりと頭を下げた。
シロクマを慰めていた男がシャチの肩を掴んだ。
「シャチ、全然話進んでねぇぞ」
「おっと。……んで、おまえはこいつとどういう関係なわけ?」
「以前、ジャンバールさんの船に世話になっていたものです。そういうあなた方は?」
「んん? イマイチわかんねーけど」
シャチが親指で自分を指して言い放つ。

「今日からこいつはウチのクルーだから、おれらは仲間だな」

シャチの投下した爆弾に、リザはぎょっとしてジャンバールを見上げた。
「え! クルー!? そ、そうなんですか!?」
「そうなのよ!」
「本当だ。助けてもらった恩もある」
「そ、そんな……」
リザは呆然とした。
助けるはずたった彼が既に助けられていた。そこは別に構わない。
問題は、ジャンバールが既に別の船のクルーであるということ。
また一緒に航海するはずだったのに。
リザはまた泣きたくなったが、そうもいかない。
もともと彼らは急いでいたらしく、前方のクルーたちが新入りと見知らぬ少女とのやりとりをどことなくソワソワしながら静観している。行っていいのか? と会話しているのがうっすら聞こえてくる。