未だにグルグルする思考を振り切って、ジャンバールの名を呼んだ。
「なんだ」
「悲しいですけど、引き止めても仕方ないですからね」
リザは無理やり笑顔を浮かべて、ジャンバールを再度見上げた。
ジャンバールの陰から出て、彼と向きなおる。
「これ、餞別です。受け取ってください」
そう言って、鉱石の入った麻袋を渡した。綺麗に入りきれない鉱石が陽の光を反射して金色に輝く。
「これは……」
「現金は嵩張りますから。何にせよ当面の資金は必要でしょう?」
リザの掌いっぱいの麻袋がジャンバールの手にのると、とても小さくみえる。それがおかしくて自然に微笑むことができた。
涙腺が緩まないうちに。
そう思ってジャンバールを送り出そうリザに、聞いたことのない声がかかった。
「おい」
「……?」
ジャンバールから視線を下ろし、声をかけてきた男を見る。
距離があるせいで男の顔はよく見えなかったが、黄色と黒のパーカーを着ていて、他の船員が統一されたツナギを着ていることから特別な位置にいることが見て取れる。リザが脳内の賞金首リストを検索し終える前に、男が続けた。
「ソレ、今どっから出した」
「それって、この袋のことですか」
「他に何がある」
「……」
リザはその言い草にむっとする。
確かに、リザは両手には何も持っておらず、バックもない。ジャンバールも同様だ。ソレが指すのは一つしか可能性がない。
しかし言い方というものもある。
リザは不満げに眉を寄せたまま、服の左手の部分から札束を取り出してみせた。
「こんな感じですけど」
先ほどシャチ名乗った男と白熊が歓声をあげた。
そして質問した本人はというと悪どく歯を見せ、質問を重ねる。
「おまえ、今いくら持ってる?」
「……さあ。1億くらいじゃないですか? あげませんけどね」
「1億……!?」
リザがべ、と舌を出して吐き捨てた。

過去、天竜人が付けた最初の値を上げたのは無意識だったが、それをきっかけに一年前のことを思い出した。
一体いくら持っていたら、あのときジャンバールを競り落とすことができたのだろう。いっそのこと天竜人の持ち金を盗んでしまえばよかったのか。
リザが苦虫を噛み潰したような顔で足元に目を落とす。

たくさんの目がリザを観察しているのに気づき、リザは居心地が悪くなったが、逆に胸を張って見返した。大方どこにどれ位あるのかを見ているのだろうが、泥棒家業の長いリザがそれをわかるようにしているわけがない。
フンと不遜気に鼻を鳴らしたリザに、ジャンバールが「変わらないな」とため息を吐いた。パーカーの男は「へェ」と興味深そうに目を細めた。

「ベポ。連れてくぞ」
「アイアイキャプテン!」
「は、しゃべ……!?」
リザが口を開く前に、リザの体は宙に浮き、リザを抱えるその物体は走り出していた。

しまった油断した!

喋る白熊に驚いて回避できなかった。しかし黙って運ばれているリザではない。ベポの腕の中でリザは身を捩った。
「っなにするんですか! 離してください!」
「ゴメンね、キャプテンの命令だから」
ベポの力は熊らしくかなり強い。リザでは振り払えない。それならば、と袖からナイフを出そうとしたリザを最強の刺客が阻んだ。

「船に行って落ち着いたら、久しぶりに話そう」

「……ハイ」
決して綺麗とはいえない笑みを不器用に浮かべた彼を振り切る術を、リザは知らない。