「……ハンニャバル……」
「マゼランまでいるぜ。何事だ?」
インペルダウンのツートップが揃っているのを見た囚人たちが騒めいた。
話題のひとりであるハンニャバルは火拳のエースの檻の前に立ち、先ほどまでのチャラけた雰囲気とは打って変わった調子で話している。
「特別面会だぞ、エース。誰が来たと思う……? ジンベエ、貴様ですら面識ねェからわかるわけないんだが」
雰囲気を持たせたハンニャバルの話し方に、思わず「なら聞くなよ」と突っ込みたくなった。マーガレットさえ絡まなければ九蛇海賊団の中では常識人枠なのだ。
「名は知れ渡るも姿は見せず。戦闘部族『九蛇』の皇帝。王下七武海がその一角……!!
強く気高き世界一の美女!! 海賊女帝、ボア・ハンコックその人だ!!」
ヒューヒューと自ら囃し立て、最初の調子はどこへやら、クラッカーをならしたところをマゼランに殴られている。
なんとなく察していたが、ハンニャバルは抜けているらしい。大丈夫なのかインペルダウン、と他人事ながら不安になった。
対して囚人側は、
「!?」「……」「……」
まさしく予想外の人物の来訪に緊迫する数人と、
「ウォオ〜〜!! ほんとかよ。い〜い女が居ると思ったぜェ〜〜!!」
「あれが『九蛇』蛇姫かァ!! オウこっち向けェ!」
盛り上がるその他大勢。
うるさい。鈴蘭は眉を顰めた。どれだけ女に飢えてるんだ。
ずっと捕まっていたらアレがアレしてアレなのは分かるが、……訂正しよう、分からない。薄ぼんやりとしたなんとなくの情報なら入ってくるが、生物学上ならともかく、オトコの実生態についての知識は皆無に等しい。アレって何だ。
鈴蘭が思考で自爆している間にゲリ野郎と言われたマゼランがキレたらしく、連鎖してハンコックもキレた。
一方の鈴蘭はなるほど、確かに猛毒だ。と呑気に頷いている。
本来ならもっと警戒して然るべきだが、『事情』関連で毒物全般にある程度の耐性があるためやや気も抜ける。しかし大方の人間にとって恐ろしい能力だと言うことは当然わかる。ロギアというだけで厄介なのに、触れれば即死のダメ押しだ。
「(……ルフィはこの男を相手にするのか)」
ガスマスクをつけたハンコックに合わせてつけたマスクを僅かに浮かせ、微量の毒を吸引する。耐性があるとはいえ完全ではない。今のうちに抗体を作っておくのが得策だ。ひとつやふたつの抗体でどうにかなる相手でもないが、無いよりはましだ。
鈴蘭がもしものときのマゼラン対策を着々と進めていると、ハンコックの足音が聞こえ、そちらを見た。
「おい……! 今の話は本当か…!」
「ウソなどつく理由がない」
鈴蘭は遠目に鎖につながれた男を見た。
そうか、あれがルフィの兄か。
少し癖のある黒髪は確かに似ているが、やつれているその姿は太陽のような弟とは似ても似つかない。
「そうじゃ、彼はそなたに怒られると憂いておったぞ」
「……!」
ハンコックの去り際の言葉に反応したその眼に僅かに光が揺れている。
弟が助けに来ている。海底の檻・インペルダウンにまでも。
そのことに対する動揺と怒り、そして少しの喜び。……それは決して助けにきたことへではなく、そういう男に育ったことに対する、成長の嬉しさ。
一瞬にして駆け巡る複雑な思いに覚えがあった鈴蘭は、話し終えたハンコックが戻ってくるのと入れ違いに、檻に近寄った。マゼランたちの注意は鈴蘭にはなく、特に咎められなかった。
「エースさん。あの女、今何と……!?」
別の檻に入っていた別の大男が尋ねる。鈴蘭は魚人族であるジンベエを見て、オトコってのは色々いるんだなと少し驚いた。一目で男の種族を判別する目は鈴蘭にはない。
外海の人間が九蛇のことを知らないように、九蛇の女たちもあまり外海のことには詳しくない。とはいえ新聞で取り沙汰されるほどの大きなニュースとなればニョン婆が勝手に教えてくれるので知っているが、直接見るのは初めてだ。
ふたりとも血で汚れで薄汚いが、確かに手配書や紙面上で見たことがある。特に片方は元七武海だ。世界政府に友好的なこの男とハンコックとを比較して、ニョン婆がよく「蛇姫様にも見習ってほしいもニョじゃ」と愚痴っていた。
そうこうしているうちに檻の目の前に辿り着き、申し訳程度のヒールをかつんと鳴らせば、男たちの視線が集まった。
「……!?」
「……お前、女帝の近くにいた……」
海峡のジンベエはルフィのことに驚愕していた表情をはっとさせて振り向いた。
ゆっくり鈴蘭を見上げたのは火拳のエース。ルフィの兄にして白ひげ海賊団二番隊隊長。
警戒をありありと浮かべ睨みつけてくるその眼に苦笑しつつ見返した。
「どーも初めまして。九蛇海賊団の船医をやってるモンだ。今日は我儘女帝の付き添いでな」
場違いなほどに気軽に話し出した鈴蘭に対し、不信感は募るばかりのようだ。「何の用だ」と端的に問われた。
鈴蘭は檻の前でしゃがみ、拘束されるエースと目線の高さを合わせつつ、視線をハンコックの方へやった。
「アイツのこと、そんなに疑わないでやってくれ。態度も性格も心底悪いけどよ、」
美しい容姿の親友を思い浮かべながら、鈴蘭は面白そうに笑った。
「珍しく他人のためにやってることなんだ。だから、頼む」
鈴蘭は小さく頭を下げてから立ち上がった。
表現をぼかされたエースは片目を細めて不審げな表情をしている。
「どういうことだ」
その問いにこれ以上返す気は鈴蘭にはなく、その爪先は既に再び騒ぎ始めたハンコックたちの方へ向いている。
そういえば、と腕を組みつつ半身に振り返った。
「もしマーガレットがあいつに惚れてんなら、あんたとは義兄弟になんのか」
くつくつと喉を鳴らす鈴蘭に、いい加減苛ついた様子のエースがさらに言葉を掛けようとしたが、遠くからハンコックの声がして遮られた。
「鈴蘭、行くぞ」
女帝の言葉に反応した鈴蘭は片手を後ろ手に振った。
「まあなんだ、ハンコックの親友兼、あんたの弟の友達の言葉だと思ってくれれば、それでいいから」
早口でそれだけ言って、鈴蘭はハンコックの後を追った。
(描く未来の偶像)
友の義兄か、妹の義兄か。どちらにしろ楽しみだ。