「おいおいこりゃあ、噂以上の女だなァ」
「失せろ」
「フッフッフ。気の強ぇ女は好きだぜ」
「……」
奇妙な笑い方をする、ハンコックと同じ七武海のドンキホーテ・ドフラミンゴ。
ドフラミンゴは隣に座るハンコックを口説こうとしているらしいが、ひたすら冷たくあしらわれている。鈴蘭はそれをハンコックの斜め後ろで眺めていた。
正面からハンコックを口説く男は初めて見たので新鮮な気分だ。
鈴蘭が少し楽しみながら見ていると、ハンコックは面倒に思ったのだろう、一つ舌打ちをしたあと沈黙を決めた。
それを見て、鈴蘭は感心した。何なら拍手したいくらいだった。
よく我慢している。ルフィの安否も分からない今、下手に拘束されるようなことはせず、問題を起こさないようしているのだろう。いつもなら声をかけられた時点で蹴りかかっていた。
しかしオトコというのはそういう生き物なのか、完全に拒絶されているにもかかわらず、構うことなく、むしろ一層楽しそうにドフラミンゴは笑っている。
その腕がとうとうハンコックに伸びた瞬間、鈴蘭が動く前に、ドフラミンゴの首の位置へハンコックが足を薙いだ。
しかしドフラミンゴも流石は七武海というところだろうか、軽々とそれを避けると、同様に右足を繰り出した。そこからは口ではなく拳……というよりかは脚での戦いだった。
お互い能力こそ発動しないものの、かなり本格的な戦闘になってきていて、高級そうな机がひとつ粉砕した。
たまに飛んでくる飛び火を避けつつ傍観していると、おい、と低い声。
「ん? えーと、あんたはたしか……」
鈴蘭が名前を思い出そうとするのに構わず、話しかけてきた男、ミホークは顎で忙しなく動く二人を示した。
「止めなくていいのか」
「……」
止める?
鈴蘭は思わずきょとんとミホークを見返した。
それからああ、とやや遅れてその意図に気付く。
通常。船長が暴れていれば止めるのも船員の役目なのだろう。
すぐに何を言ってるのか分からなかったのは、決して鈴蘭が鈍感だからではない。
アマゾンリリーではニョン婆以外にハンコックを止めるようとする者はいない。
鈴蘭も、マーガレットに危害が及ばない限りは特に何をするでもない。
ハンコックがどんな圧政を布いたところで、それはすべて島全体の意思にされてしまうのだ。口をはさむ意味もない。
鈴蘭は一度口を開いて、何と答えるべきか迷った末に、思考を放棄した。
肩をすくめて手を振る。
「『蛇姫サマは何してもいい』。うちの島じゃ、赤ん坊でも知ってることだぜ」
「……噂に聞いた通り、九蛇の女は女帝に甘いのだな」
「はは、甘いで済む話でもねえなァ」
鈴蘭が声を立てて笑うと、ミホークは興味を失ったのか一瞥してから正面に向き直った。
戦闘がいよいよ白熱して、ハンコックが能力を発動しようとしたとき、扉が開いた。
「何を騒いでいる! 会議を始めるぞ!」
カモメの帽子がトレードマークの元帥と三大将、それから中将が数名入ってきた。
鈴蘭は全員背が高いと一瞥したあと、元帥の言葉すら無視して戦うハンコックとドフラミンゴに視線を戻した。
やりあいが終わらないおおよその原因はハンコックだ。
ドフラミンゴは止まる気はあるが攻撃が止まないので応戦。といったところか。
呑気にそう判断する鈴蘭と違って青筋立てた海兵諸氏、特にモモンガは怒りを通り越して呆れている。
他の七武海はほぼ傍観と言ったところだ。鈴蘭も同じようなものなのだ。
「……!」
ふと、モモンガと目が合った。止めろと目が言っている。
面倒だなと思ったが、乗船の時に言った言葉を思い出し、ため息をついた。
……仕方ない。
このままじゃ進むものも進まない。
鈴蘭が介入しようとふたりに意識を向けたとき、ひらひら靡くハンコックのマントが丁度よく鈴蘭の目の前に来た。
躊躇いなくそれを引っ掴んで引き寄せた。
ハンコックは横目で鈴蘭だと確認した後、引っ張られるまま革張りの椅子に落ち着いた。あれだけ暴れておいて自分の場所には被害がないのがなんともハンコックらしい。
それにしてもやけに素直だ。戦いの趣旨に関してはどうでも良くなっていたのかもしれない。
鈴蘭に諌められ、ルフィのことでも思い出したのかもしれない、と鈴蘭は予測した。
一方、突然戦闘が終わったことにドフラミンゴはサングラスの奥で目を見開き、状況を理解した後すぐに席に座った。
これでいいだろ、と鈴蘭がモモンガを見ると、恐ろしい数の視線が向いていた。
……なんだか海軍やら他の七武海やらから視線を感じる。特に隣から。先ほどの会話とはおよそ逆の行動をしてしまったからか。九蛇の数少ない実話。つまりアマゾンリリーの女はハンコックに逆らわないという話のせいで、変に注意をひいてしまっているのだろう。
(……しまった。めんどくせえ)
顔に出さないよう努めながら、目の前に悠然と座るハンコックを見た。
お前のせいだぞお前の。