「――マーガレット?」
会議が終わったあと、後ろから呼ばれた気がして、鈴蘭は思わず振り返った。
視界に映るのは見慣れない海軍本部の長い廊下で、息をついて思わず苦笑した。
海軍本部のど真ん中。
どう考えても、こんなところにマーガレットがいるわけがない。アマゾンリリーで稽古でもしているはずだ。
ただの幻聴だ。
「――……」
ただの幻聴。そう思い過ごすには、あまりにも思わせぶりだった。
愛する妹の声を不吉の前兆とはいいたくないけれど、それ以外に何があるというのだろう。
「……あーあ」
鼻の奥がツンと痺れる。
泣きそうになって、思わず天井を仰いだ。
「どうかしたのか」
独り言にもならない呻きに返事がかえってきて、ぱっと振り返る。
「……あ? 鷹の目?」
「……」
じっとこちらを見てくるのは、鷹の目のミホークだった。
鷹の目のミホーク。
他人にはとことん無関心だと思っていたのに。興味があったとしても強いやつ。自分と戦えるやつ。そんなものにしか興味がないように見えたのに、声を掛けられて、正直驚いている。
まあ、そういう気分なのかもしれない。
そう思って、鈴蘭は笑顔に切り替えていった。
「別に、なんもねえけど?」
笑ってみせたが、ミホークの視線は外れない。今度は鈴蘭がどうかしたのかと聞いてみた。
ミホークは鈴蘭を見たまま、静かに口を開いた。
「……お前は、闘えるのか」
闘えるのか。
そう、何度か、そう聞かれたことがある。
自分の人当たりがいいことは自覚している。
ハンコックを始めとした九蛇の面々はただでさえ愛想がない上に、気が短いしいつだって喧嘩腰だ。
九蛇にだって、制圧するだけでは成り立たない交友というものがある。
生来の性格からか、鈴蘭は気付いたらバランサーのような役割を振り当てられていた。
それが嫌なわけではないけれど、気さくにしているせいなのか、たまにこういった質問をされることがある。
村の子供にまで「鈴蘭さんて弱そう」と言われる始末だ。
その時にした答えをそのまま口にする。
「人並みにはやれるさ」
その答えに満足したのかそうでないのか、鷹の目は無言で身を翻した。
「……変なやつだな」
それにしたって、自分が弱く見られがちなのはわかっているが、ミホークがわざわざ聞いてきたのはなぜなのだろう。
一度鈴蘭から興味を失ったはず……いや、やはりさっきの一件だろうか。
敵対心がうまれたわけでもないのなら別にいいかと結論づけながら、鈴蘭は黒い背中を見送った。
『鈴蘭って、ほんとに優しいよね』
嘲るような、あるいは羨むような仲間の声が蘇る。
……そんなに綺麗な人間じゃないんだけどな。
殺すよりも楽だった。それだけだ。
本当に優しい人間なら、今こんなところにいるわけがない。
「……」
わかってるんだ、どうすべきかなんて。
(確率論は破綻)