暫くの間スモーカーを相手にしていたのだが、ルフィが大分離れたあたりで、スモーカーはルフィを追うのをやめたのか、舌打ちをしてから優先的に場を離れるように動き出した。
なりふり構わず逃げられてはこの混戦の仲止めることはできない。ルフィの方に行こうとしていたからこそ、止めることができたのだ。

足止め役から解放された鈴蘭は、大きく伸びをした。

「じゃあハンコック、私向こうの集ってるとこいくわ!」
「ああ。……そうじゃ、鈴蘭」
「ん?」

この喧騒の仲、さして張っていないにも関
わらずハンコックの声は良く通る。
踵を返したところで声を掛けられ、振り向くと、ハンコックは鈴蘭に背を向けるように立っていた。

「そなたは面倒な女じゃ」
「こんなところで悪口かよ!?」
「好きにせよと言っても、余計に拗らせるだけじゃろう。先は見えておる」

ゆえに。

ハンコックが切りかかってきた海賊の首に回し蹴りを決める。
振り返った身体の動きに一拍遅れ、黒髪が空に散る。

「わらわが、命じる」

弓につがえた矢を明後日の方へ飛んでいき、狙いとは違う別の海賊に刺さった。
何を言われるのかが不思議とわかって、手が震えた。

「火拳のエースを――ルフィの兄を、救え」

白魚のような細い指をさして、ハンコックが笑った。

鈴蘭は絶句して茫然と立ち尽くした。
その反応に満足したのか、ハンコックは身を翻し再び男たちを石にし始めた。

雑踏に紛れる背中を見送りながら、鈴蘭は唇をかんだ。

* * *

『任せろ、お前の背中は守ってやるよ』
いつだって、守るのが鈴蘭の役目だった。
ハンコックは、九蛇の女たちは、何よりマーガレットは、鈴蘭が守るべきものだった。

けれど今、この瞬間。
彼女らは鈴蘭の背の後ろからいなくなってしまった。
いや、ただ気づかなかっただけで、ずっとそうだったのだろう。

自分よりもハンコックの方がそのことをわかっていたようで、思わず乾いた笑いがこぼれる。

「……年季って、こえーな」

わかっていたんだろう、ハンコックは。
インペルダウンでルフィがエースを助けられなかったと知ってから、ずっと悩んでいた鈴蘭のことを。

もしもインペルダウンで形振り構わず協力していたら、いくらでもやりようはあった。
たとえば、看守の持つ剣を奪いハンコックの両手を切り落としてでもエースを取り返そうとしていれば、きっとあの場でことは済んでいたのだ。両手はあとでどうとでもなる。
それなのにルフィのためなら、長年の意思さえ曲げるハンコックが鈴蘭にそう命じなかったのは、鈴蘭がそこまで身を犠牲にすることを望んでいなかったからだ。
正直に言うと、鈴蘭はエース奪還にほとんど興味がなかった。
ルフィが望んでいて、ハンコックとマーガレットがルフィに協力したがっていた。
だから、鈴蘭も協力した。ただそれだけ。

ところが海軍本部へエースの身柄が届き、同時にルフィが行方知れずになったことを知るや否や、鈴蘭の中で黒い感情が渦巻き始めた。
今更名前しか知らないような男ひとり見殺しにしたところで、なんの罪悪感もないはずだった。

それが、どうして。

……いや、自分だってバカではないのだ。わかっている。
自分がこんなにも心動かされる理由は決まっているのだ。

確かに、ずっとルフィを見ていて、純粋に尊敬を抱いた。
一直線に兄に――大切なひとに向かって手を伸ばすその姿が過去の自分と重なって、心が震えた。

けれど、それよりも、悲しんでいる顔を見たくなかった。

「ったく、なんてタイミングだよ……」

鈴蘭は首から下げた笛を握り締めた。

あとは覚悟だけ。

『――帰ってきてね』

あの娘との約束を破る、覚悟だけ。

(重なる視線×運命?)
(仰いだ受刑者と、目があったような気がした)