騒めきの中を歩く。
恐怖で歪に刻む鼓動に、気づかないふりをして。

「海賊という悪≠許すな!!!」
赤犬の怒声も構わず。
「誰にもおれを止められねェのさ!!!」
黒ひげの歓喜も無視して。
「命がもったいだいっ!!!」
若い海兵の訴えも聞かず。
「来い…!! 俺たちが、相手をしてやる!!」
赤髪の宣言も関係なく。

ただただ、鈴蘭は歩き続けた。

ようやく騒ぎが鎮まった戦場に、軽快な足音が響く。

そこらに転がる屍を乗りこえ、白ひげの下へ。
鈴蘭はその背中を見上げた。
大きな、大きな、屍。
一分の傷もない、憧れた背中。
お伽話の中の、鈴蘭の英雄。
嘘か誠か、女ヶ島にまで伝えられるその物語が、眼の前で佇んでいる。

赤髪が言う。

「全員――この場は俺の顔を立てて貰おう。白ひげ、エース。この二人の弔いは俺たちに任せてもらう」

その言葉で戦争が終結し――鈴蘭の闘いが始まる。

「私がアンタに従う義理は、ねえよなあ」

できるだけ、不敵に見えるように。
顔を性悪く歪めて笑う。

思ったよりも声が響いた。
視線が一斉に集まる。

少しの沈黙の末、刺すような緊張感の中、赤髪が口を開いた。

「……どういうつもりだ? おれたち全員、敵に回すつもりか」
「ああ。火拳と白ひげの身体は私が貰う」

平静を装いつつ答えると、周囲の睨みが鋭くなる。
覇気に意識が持っていかれそうになるのをなんとか堪える。

彼らが何もしないのは、おそらく、鈴蘭を警戒しているからだ。
彼らは今鈴蘭の思惑を探っているところだろう。
特に海軍将校や七武海たちはハンコックとのやりとりを見ているせいで、過剰に鈴蘭のことを警戒している。
ハンコックのワガママもたまには役に立つと思うと、自然に笑えてきた。

……ともあれ、今はこの膠着状態を維持しなければいけない。

到着までのタイムラグで死にかねない。
正直なところ、今攻撃され始めたら鈴蘭の生存は絶望的だ。

「……手に入れて、どうする」
「どうするかって、決まってるだろ。
こんな化け物、そうはいねえ。
どういう身体してんのか興味がある」

さて、と呟いて、白ひげの身体に手を伸ばす。予め手に塗ってあった薬を付けながら言う。

「――こう見えても医者でな、解剖はお手の物なんだ」
「テメェ!! 親父に触んじゃねェ!!」

最後につけたした言葉は挑発としては十分だったようで、海賊側から罵声が飛んだ。
その海賊に微笑み返すと、相手の顔が引きつった。
この調子だ。

すると今度は七武海の一角、ゲッコー・モリアが「死体争奪戦なら譲らねえ」と言って笑った。

「それをおれが、許すと思うか?」

その声は這うように響いた。
赤髪の覇気を直に受け、視界が揺らぐ。
瞬き一つでどうにか誤魔化し、は震えそうになる声を無理やり張り上げ、両手を広げた。

「アンタの許可なんていらねえよ。
私が勝手に貰うだけだ!」

赤髪が剣を抜いた。
赤犬が能力を発動させた。
数秒あれば、鈴蘭は死ぬだろう。

だがこれで終わりだ。

微かに聞こえる、翼が風を切る音。

ここまでで鈴蘭を殺せなかった。
勝負はもう付いた。

「――アンタらの負けだ」