目を覚ましたエースが最初に見たものは眩い光だった。
きらきらと輝く太陽光が、海と森と反射して色彩を纏い、一層強く網膜に焼きついた。

――……はらへった。

目を細めながら呟くも、上手く音にならずにしゃがれた声が出た。
呟きに呼応するように腹が鳴った。
起き上がろうとして、体が思うように動かないことに気が付く。
起き上がることはおろか、腕を持ち上げることも、肘を立てることもできなかった。
辛うじて、指先だけが動かせた。
動くのは目と、口と指くらいで、体のほとんどが動かなかった。

エースは海楼石に囚われていた時よりも強い倦怠感に眉を顰ようとしたが、眉間がピクリと痙攣しただけだった。

ちょうどその時木が軋む音がした。
ぎぃ、というその音は、古い船だが手入れが行き届いているモビーディック号とは違った、白ひげの船に乗る前の、ゴア王国のあの山小屋を思い出させた。

「おはよう」

顔を動かせないエースのために、視界に入り込んで挨拶をしたのは金髪の女だった。
一度だけ会ったことがある。
インペルダウンにやってきた女帝の隣にいた、確か、鈴蘭と呼ばれていたはずだ。

少なくとも起き抜けに見るような顔ではない。
エースはせいいっぱい目を見開いた、そうしたい気持ちになった。

一方覗き込んできた鈴蘭は、エースを上から下まで一瞥し頷いた。

「全身の筋力が落ちてるのは、薬の副作用と、長い間寝てたせいだ」

エースが聞くまでもなく疑問に答えて、今度は鈴蘭が問うた。

「どこか痛むとか、違和感があったりするか? ていうか、喋れるか?」

自分の動揺と裏腹に平静な鈴蘭にすこし戸惑いながら、エースはどうにか口を動かした。

「ねえ、けど」

今度はうまく声を出せた。そのことにほっとしながら

「んなこと、より、おれ、生きて、のか?」

エースは一番聞きたかったことをゆっくりと口にした。

エースの記憶は自分の身体を赤犬に貫かれ、大泣きするルフィと大切な家族たちに向かって最期の言葉を告げたところで途切れていた。
そのときに助からないと確信した、はずなのだが。
現実に、エースは生きている。
心臓が脈を刻んでいるのを感じている。

一体、どういうことなのか。

動ければ首をかしげていただろう
いや、もし本当に動ければ胸倉を掴んで問い詰めているところだ。

鈴蘭は、「まあそうだよな」と頷きながら、エースの身体を起こし壁に寄りかからせた。
その斜め前のエースから見える位置に座って、人差し指を立てた。

「ちょーっと難しい話になるが、ふつうの人間が厳密な意味で『死ぬ』のは、脳に血液が回らなくなって10分前後という説がある。
医学の発展は島ごとに大きな差があるから、あくまで私が知ってる範囲でだが……。
まあつまり、心臓が止まってても、ぎりぎりの時間までに血液を回せば、一時的に延命できる。本当に一時的、短時間の話だが、その間に適切な処置がとれれば生存できる可能性はある」

そこで一旦区切ると、鈴蘭がエースの様子を見た。
「……大丈夫か?」
眉を寄せる鈴蘭の心配通り、エースは全く話について行けていない。うーんと腕を組みたい気持ちで唸ると、鈴蘭も困ったように唸った。

「ここからさらに難しくなんだよなァ」
「おれに、わかるよう、いってくれ!」
「あ〜……、巷よりも進んだ医学でお前を治した! これでどうだ!」
「なるほど! フシギだな!」
「……そういうことだ!」

鈴蘭は一瞬固まってから、晴れやかな笑顔で親指を立てた。
それから入るときに持ってきた木籠を持って立ち上がり、こちらからは見えないところへ歩いていく。
食べ物の匂いがする。
フルーツか?
とエースが匂いを嗅いでいると、視界の外で鈴蘭がぼそりと呟いた。

「……まあ白ひげの旦那には『生きてりゃ細かいこた良い』っつって説明させてもらえなかったし……まだ良いか……」

「あ!?」
「!? ど、どうした?」

深い深いため息の後呟かれた鈴蘭の独り言にエースが全力で叫んだ。

「オヤジ!」
「あん?」
「オヤジ、っつったろ! 今! ここに居んのか!? 無事なのか!?」

エースは無理に身を捩じって、視界から外れていた鈴蘭を見ようとし、結果倒れこんだ。

「あ、おい、大丈夫か!?」

慌てたようすの鈴蘭が駆け寄ってきて、エースの身体を再び起こした。

「そういえば、白ひげの旦那が『死んだ』のは、おまえの後だったな……」
「死んだ!? どういう――げほっ」

死んだという言葉に食って掛かろうとして思わずせき込む。
鈴蘭はエースの背をとんとんと叩きながら言う。

「わ、悪い、言い方が悪かったな。白ひげの旦那なら、ちゃんと生きてる。
2週間前に目え覚まして、今は散歩っつって外に出てるよ」
「――……そ、うかぁ」

エースは強張っていた口を更に固く結んで、ぎゅっと目を瞑った。
そうか、そうかと心底安心しながら繰り返す。
じわりと涙が滲んだ。

不意に鈴蘭が再び席を立つ音がした。
ばさりと頭の上から毛布を掛けられる。

「おまえも起きたし、旦那呼んで来るな」

平静を保とうとする少し戸惑ったような声。
エースは、そういえば、と言うべきことを思い出した。

「鈴蘭、ありがとう」
「……」
「おれと、オヤジを、助けてくれて。ありがとう」
「…………礼には、及ばねえよ」

そう言った鈴蘭の声は僅かに震えていて。
毛布を被っているエースには、鈴蘭がどんな顔をしているか、知る由もなかった。