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「いや、だからそこはだめだって」
「んでだよ、一回は食ってみたいだろ、十傑一席の料理!」
「いや食べてみたいけどさあ、いくらかかると思ってるの? 松チケット何枚いると思ってんの!?」
「てめえの予算に合わせてたら、山の手エリアどこもいけねえじゃねえか!」
そうだよ! いや、ウチが貧乏だとか、そういうわけではない。普通の中流家庭……いやそれを彼らの感覚では貧乏というのかもしれないけれど。
ともかく月饗祭だろうと何だろうと要は買い食い祭だ。勉強のためとはいっても家からもらえるお金は多くないし、ほとんどは自腹だ。予算は限られている。
それに店側も赤字を出したら退学だとかでガチの値段設定をしてくるので、全然安上がりではないのだ。がめつい。
「じゃあ俺が奢っから」
「えっ怖い」
「てっめ……! お前がこねーと行けねえんだから仕方ねえだろ!」
基本的に誰かが行きたくないといったところは行かないのがルールだ。私が行きたかった昆虫料理研究会は矢切が拒否したので却下されたのだから、これでトントンじゃないかと思うのだけど、矢切は喰い下がってくる。
それにしても奢りって、いくら分だと思ってるんだ……。金銭感覚が違い過ぎて怖い。しかもその金は親の金ではなく自分で稼いだものらしい。「バイトしたからな」と言っていたが、どんなバイトだ。臓器売買?
「いいじゃねえか、ただ飯だぞ。好きだろ」
「いやまあ好きだけど」
ハンバーガー一個とかなら、怯えつつも喜んで承知しているところなのだ。けれど額が額なのでイマイチ踏み切れない。
私と矢切が睨み合っていると、新堂くんがなだめるように手を振った。
「すごい注目されてるから、少し落ち着こう……?」
今日は珍しく矢切のクラスに押しかけているので、見慣れていないせいか周りから遠巻きにされている。
「おい、見ろよ……」
「よく矢切と話せるな……」
「ア?」
「ひいっ」
クラスの端に居た男子生徒たちが思わずと言った様子でこぼした言葉に反応して、矢切がギッと睨みつけた。可哀そうにびくりと身体を跳ねさせた彼は顔を青くして固まってしまった。
「そういうとこだよ、矢切」
「はあ?」
「どうせ同じクラスに話す友達いないんでしょ」
「居るわ!」
「え」
睨み顔をそのままこちらに向けた矢切が返した反応に、私はぱちくりと目を瞬いた。新堂くんも意外そうな顔をしている。
「だれだれ、どのひと? 男子? 女子? いまいる??」
「……うるせえ、だれでもいいだろ!」
矢切はしまったという顔で顔を寄せる私を押し返した。それから「もう山の手はいいからよ……」と話を戻そうとしたが、逃がしはしない。私は早速ジョーカーを切った。
「新堂くんも気になるよね?」
「うん、僕の知ってる人?」
新堂くんがきょとりと首を傾げれば、もう逃げることはできない。矢切がう、と尻込みする。はっ、残念だったな!
さあ吐け!と迫っていると、拍子抜けするような声が乱入してきた。
「あっれ〜〜、矢切にお客さん? めっずらし〜〜」
身体全部で驚きました、と表現するその男子生徒を、矢切は苦々しい顔で見た。
「……久我」
「何、そのブッサイクな面ァ〜〜」
久我と呼ばれた男子生徒は煽るように言葉を重ねる。……これはまた、気性の荒そうなのが……。叡山くんと言い、やはり類は友を呼ぶのか。
久我くんは矢切に向けていた人の悪そうな顔を一転させ、私と新堂くんに笑いかけた。
「どーもどーも、久我照紀でーす」
「あ、新堂幸太郎です。えと、矢切くんの友達です」
「……秋ヶ瀬。そっちのとはただの他人」
ひえ、チャラそう……。あんま耐性ないタイプの人だ。私が心の距離を引き離しながら言うと、久我くんは明らかなつくり笑顔でにっこりと笑った。
「よろしく〜〜」
人好きしそうな笑顔は可愛いけれど、純粋と言い切る気にはなれない。
というか、なんだろう。心の距離をとるべきなのに、なんだこの謎の親近感は。いや、親近感というか、見覚えというか……この慣れ親しんだ、首の角度……?
「……ああ!」
思い当たって、椅子から立ち上がる。我ながら唐突だ。
久我くんは矢切から月饗祭のパンフレットをぶん捕ってから眺めていたが、私が急に立ったので、ん? 不思議そうな顔で私を見上げた。……そう、見上げた。
ぱちりと久我くんと目を合わせた私は「あ〜」と頷いてから再び席に座った。
なるほど、妙に親しみを感じると思ったが、納得がいった。久我くんは一つ下の弟と同じくらいの身長なのだ。目算だが、おそらくほぼ同じ慎重だと思われる。
うんうんとひとり満足する私の思考を咎めるように、バサッと私の頭にパンフレットが叩きつけられた。びっくりして振り向くと、久我くんが鬼の形相で私を睨みつけていた。え?
「今、俺のこと、バカにしたな……」
久我くんがゆらりと右腕を持ち上げ、ビシリと私を指差した。
「ぜってえ許さねぇ……、俺と食戟しろっ!」
今までの間延びした喋り方が嘘のような口調で久我くんが言った。瞳孔がかっ開いていてとても怖い。え、どうしようこれ。と他人事のように周りを見渡すと、矢切は爆笑して使い物にならないし、新堂くんは「今のは良くないよね」と久我くんに同調していて頼れなさそうだった。
久我くんは身長のことを気にしてたのか、悪いことしたな。というか新堂くんも私より低いの気にしてたんだね。
それから私はうーんと首を傾けつつ困りましたという雰囲気を醸し出した。
「えーと、とりあえず、食戟はしないかな」
私が眉を下げながら言うと、久我くんが目を細めて詰め寄ってきた。
「はあっ? なんで? 俺をこけにしといて言い逃げなんて許されると思ってんの?」
こけにしたつもりはなかったんだけどな……?
しかし彼が気にしている以上、私も何かしらの体でフォローをしなければいけないとは思うのだけど……、食戟かー……あれ、自費なんだよなあ。
私は詰められた距離を開けるついでにそろりと腰を浮かしながら限界まで眉を下げ、全身全霊の困ってますアピールを行った。
「月饗祭で散財するから、無駄遣いできないんだよね……」
「断る理由、金かよ!?」
金だよ。久我くんもお坊ちゃまなのか思ってもみない理由だったらしく、ぽかんと一瞬、怒気が消える。はっ、隙あり!
「ごめんね余裕のある時なら受けるから――じゃあね!」
私は半分立っていた状態から機敏に椅子の後ろに回り、そのまま逃げだした。
「あっ」
久我くんが私を捕まえるべく手を伸ばしたけれど、私が座っていた椅子に阻まれる。ふ、計算通り。教室から出る前に振り返ると流石に追っては来ていなかったので、顔だけ振り返って手を振る。
うん。一応、傷つけた手前フォローはしておかねばなるまい。
「大丈夫、すぐ伸びるよ!」
それだけ言って自分のクラスへ逃げた私の耳には、矢切の盛大な笑い声だけが聞こえていた。
矢切のクラスから少し息を乱しながら帰ってきた私を見て、自分の席に居た一色くんが「どうかしたのかい?」と心配してくれた。
さっきまでの出来事を話そうとして、それから直接言ったわけでもないのに、迷わず久我くんの見方をした新堂くんのことを思い出した。新堂くんは、私よりも背が低い。
「……一色くん、ちょっと立ってもらってもいい?」
「? いいよ」
すっと音もなく立った一色くんは、私より目線がやや低かった。これは言ったら怒られる奴だな。私はそう察して、
「大丈夫、特に何があったわけでもないから、気にしなくていいよ」
と笑ってごまかした。対して一色くんもにこりと笑った。
「ああ、うん。なんとなく、なにがあったのかわかったよ」
彼の笑顔に黒い影がさしているのは、私の気のせいであると信じたい。
「んでだよ、一回は食ってみたいだろ、十傑一席の料理!」
「いや食べてみたいけどさあ、いくらかかると思ってるの? 松チケット何枚いると思ってんの!?」
「てめえの予算に合わせてたら、山の手エリアどこもいけねえじゃねえか!」
そうだよ! いや、ウチが貧乏だとか、そういうわけではない。普通の中流家庭……いやそれを彼らの感覚では貧乏というのかもしれないけれど。
ともかく月饗祭だろうと何だろうと要は買い食い祭だ。勉強のためとはいっても家からもらえるお金は多くないし、ほとんどは自腹だ。予算は限られている。
それに店側も赤字を出したら退学だとかでガチの値段設定をしてくるので、全然安上がりではないのだ。がめつい。
「じゃあ俺が奢っから」
「えっ怖い」
「てっめ……! お前がこねーと行けねえんだから仕方ねえだろ!」
基本的に誰かが行きたくないといったところは行かないのがルールだ。私が行きたかった昆虫料理研究会は矢切が拒否したので却下されたのだから、これでトントンじゃないかと思うのだけど、矢切は喰い下がってくる。
それにしても奢りって、いくら分だと思ってるんだ……。金銭感覚が違い過ぎて怖い。しかもその金は親の金ではなく自分で稼いだものらしい。「バイトしたからな」と言っていたが、どんなバイトだ。臓器売買?
「いいじゃねえか、ただ飯だぞ。好きだろ」
「いやまあ好きだけど」
ハンバーガー一個とかなら、怯えつつも喜んで承知しているところなのだ。けれど額が額なのでイマイチ踏み切れない。
私と矢切が睨み合っていると、新堂くんがなだめるように手を振った。
「すごい注目されてるから、少し落ち着こう……?」
今日は珍しく矢切のクラスに押しかけているので、見慣れていないせいか周りから遠巻きにされている。
「おい、見ろよ……」
「よく矢切と話せるな……」
「ア?」
「ひいっ」
クラスの端に居た男子生徒たちが思わずと言った様子でこぼした言葉に反応して、矢切がギッと睨みつけた。可哀そうにびくりと身体を跳ねさせた彼は顔を青くして固まってしまった。
「そういうとこだよ、矢切」
「はあ?」
「どうせ同じクラスに話す友達いないんでしょ」
「居るわ!」
「え」
睨み顔をそのままこちらに向けた矢切が返した反応に、私はぱちくりと目を瞬いた。新堂くんも意外そうな顔をしている。
「だれだれ、どのひと? 男子? 女子? いまいる??」
「……うるせえ、だれでもいいだろ!」
矢切はしまったという顔で顔を寄せる私を押し返した。それから「もう山の手はいいからよ……」と話を戻そうとしたが、逃がしはしない。私は早速ジョーカーを切った。
「新堂くんも気になるよね?」
「うん、僕の知ってる人?」
新堂くんがきょとりと首を傾げれば、もう逃げることはできない。矢切がう、と尻込みする。はっ、残念だったな!
さあ吐け!と迫っていると、拍子抜けするような声が乱入してきた。
「あっれ〜〜、矢切にお客さん? めっずらし〜〜」
身体全部で驚きました、と表現するその男子生徒を、矢切は苦々しい顔で見た。
「……久我」
「何、そのブッサイクな面ァ〜〜」
久我と呼ばれた男子生徒は煽るように言葉を重ねる。……これはまた、気性の荒そうなのが……。叡山くんと言い、やはり類は友を呼ぶのか。
久我くんは矢切に向けていた人の悪そうな顔を一転させ、私と新堂くんに笑いかけた。
「どーもどーも、久我照紀でーす」
「あ、新堂幸太郎です。えと、矢切くんの友達です」
「……秋ヶ瀬。そっちのとはただの他人」
ひえ、チャラそう……。あんま耐性ないタイプの人だ。私が心の距離を引き離しながら言うと、久我くんは明らかなつくり笑顔でにっこりと笑った。
「よろしく〜〜」
人好きしそうな笑顔は可愛いけれど、純粋と言い切る気にはなれない。
というか、なんだろう。心の距離をとるべきなのに、なんだこの謎の親近感は。いや、親近感というか、見覚えというか……この慣れ親しんだ、首の角度……?
「……ああ!」
思い当たって、椅子から立ち上がる。我ながら唐突だ。
久我くんは矢切から月饗祭のパンフレットをぶん捕ってから眺めていたが、私が急に立ったので、ん? 不思議そうな顔で私を見上げた。……そう、見上げた。
ぱちりと久我くんと目を合わせた私は「あ〜」と頷いてから再び席に座った。
なるほど、妙に親しみを感じると思ったが、納得がいった。久我くんは一つ下の弟と同じくらいの身長なのだ。目算だが、おそらくほぼ同じ慎重だと思われる。
うんうんとひとり満足する私の思考を咎めるように、バサッと私の頭にパンフレットが叩きつけられた。びっくりして振り向くと、久我くんが鬼の形相で私を睨みつけていた。え?
「今、俺のこと、バカにしたな……」
久我くんがゆらりと右腕を持ち上げ、ビシリと私を指差した。
「ぜってえ許さねぇ……、俺と食戟しろっ!」
今までの間延びした喋り方が嘘のような口調で久我くんが言った。瞳孔がかっ開いていてとても怖い。え、どうしようこれ。と他人事のように周りを見渡すと、矢切は爆笑して使い物にならないし、新堂くんは「今のは良くないよね」と久我くんに同調していて頼れなさそうだった。
久我くんは身長のことを気にしてたのか、悪いことしたな。というか新堂くんも私より低いの気にしてたんだね。
それから私はうーんと首を傾けつつ困りましたという雰囲気を醸し出した。
「えーと、とりあえず、食戟はしないかな」
私が眉を下げながら言うと、久我くんが目を細めて詰め寄ってきた。
「はあっ? なんで? 俺をこけにしといて言い逃げなんて許されると思ってんの?」
こけにしたつもりはなかったんだけどな……?
しかし彼が気にしている以上、私も何かしらの体でフォローをしなければいけないとは思うのだけど……、食戟かー……あれ、自費なんだよなあ。
私は詰められた距離を開けるついでにそろりと腰を浮かしながら限界まで眉を下げ、全身全霊の困ってますアピールを行った。
「月饗祭で散財するから、無駄遣いできないんだよね……」
「断る理由、金かよ!?」
金だよ。久我くんもお坊ちゃまなのか思ってもみない理由だったらしく、ぽかんと一瞬、怒気が消える。はっ、隙あり!
「ごめんね余裕のある時なら受けるから――じゃあね!」
私は半分立っていた状態から機敏に椅子の後ろに回り、そのまま逃げだした。
「あっ」
久我くんが私を捕まえるべく手を伸ばしたけれど、私が座っていた椅子に阻まれる。ふ、計算通り。教室から出る前に振り返ると流石に追っては来ていなかったので、顔だけ振り返って手を振る。
うん。一応、傷つけた手前フォローはしておかねばなるまい。
「大丈夫、すぐ伸びるよ!」
それだけ言って自分のクラスへ逃げた私の耳には、矢切の盛大な笑い声だけが聞こえていた。
矢切のクラスから少し息を乱しながら帰ってきた私を見て、自分の席に居た一色くんが「どうかしたのかい?」と心配してくれた。
さっきまでの出来事を話そうとして、それから直接言ったわけでもないのに、迷わず久我くんの見方をした新堂くんのことを思い出した。新堂くんは、私よりも背が低い。
「……一色くん、ちょっと立ってもらってもいい?」
「? いいよ」
すっと音もなく立った一色くんは、私より目線がやや低かった。これは言ったら怒られる奴だな。私はそう察して、
「大丈夫、特に何があったわけでもないから、気にしなくていいよ」
と笑ってごまかした。対して一色くんもにこりと笑った。
「ああ、うん。なんとなく、なにがあったのかわかったよ」
彼の笑顔に黒い影がさしているのは、私の気のせいであると信じたい。
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