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月饗祭二日目、私たちは中央エリアに来ていた。
「中華研はまあ、鉄板だよね」
新聞部の特集になるほどで、時間帯によっては並ばなければいけないらしいけれど、月饗祭は五日間。地方から来ているひとやお忙しいVIPの方々とは違い、私たちは一生徒だ。時間は彼らに比べて圧倒的にある。一、二時間待つくらいはなんでもない。
11時前から並んでいたおかげで、ちょうどお昼時に店に入ることが出来た。
「いらっしゃ〜〜い」
店の門を潜ってすぐに聞こえた聞き覚えのある声に、私は驚いて声の主を見た。
「え、久我くん!? 中華研だったの!?」
中華風の衣服を身に纏った彼にそう問えば、「そうだよ〜ん」とご機嫌に返された。どうやら先日の怒りは霧散しているようだった。よかった。
「せっかく来たんだからさぁ、よかったら俺の料理食べてってよ」
席に案内されながら提案されたその言葉に、新堂くんと矢切くんが乗った。
久我くんの作る料理……あまり想像できないけれど、まあ、おいしいことはおいしいのだろう。
遠月の生徒だし、さらに久我くんは矢切とペアを組んでいるらしく、それがこの時期まで続いているということは、その中でも中々の実力の持ち主であることが窺えた。
「じゃあ、私もそうしようかな」
「はいは〜い」
私が頷くと、久我くんが注文を受けてにっこりと笑った。
「おっ待たせ〜」
明るい声音と共に運ばれてきたのは、真っ赤な麻婆豆腐だった。
「わあ……」思わず感嘆の声が漏れた。新堂くんと矢切も驚いている。
「話には聞いてたけど、ここまで赤いんだね」
「前見たのよりも赤くなってるな」
矢切の言うとおり皿の上は真っ赤で、見るからに辛そうだ。すん、と立ち上る湯気を小さく吸い込んだ。うわ、すごくいいにおい。自然と出てくる涎をゴクリと呑み込んだ。
「いただきます!」
私は食欲に任せて手を合わせて宣言した。蓮華で一口分すくって、吐息で冷まし、口に運ぶ。
「んんん……っ」
口に入れた瞬間、感じる熱がどんどん強くなっていき、耐えられず私は身を捩った。
見た目以上に辛い。めちゃくちゃ辛い。
辛いのは好きだが、辛党というほどでもない私にとっては未体験の領域だ。痛い。熱い。痛い。感覚神経が感じうる限界までの刺激を脳に伝えている。
うあああ。
新堂くんと矢切も同様に唸り、それぞれお冷を手に取った。私も飲もう……と自分のお冷に手を伸ばそうとしたが、机上に私のお冷が見当たらない。
「あ、あえ?」
私が引かない辛さに舌を出して冷やしながら首を傾げていると、後ろからやけに弾んだ声の久我くんが言った。
「お探しのものは、これかな〜?」
ニヤニヤと極悪な笑みを浮かべた久我くんが、グラスの中の水を揺らした。
えっ、と私が声を漏らすのと同時に、隣に座る新堂くんが「ごめんね」と言った。矢切の吹き出す不快な音も聞こえる。……えっ?
「約束しちゃったから、今回は久我くんに協力することにしてるんだ……」
「くく、ざまあねーな」
矢切はともかく、新堂くんまで!? な、なんで!?
私が衝撃で固まっていると、すすーっと背後に寄ってきた久我くんが、私の耳元に顔を寄せた。久我くんの長い前髪がさらりと首にかすれる。
「料理残すの、できないんだってねえ?」
聞いてるよん、と私に追い打ちをかけた彼は、お冷片手に、軽やかな足取りで厨房へと戻って行った。
私はその背中を恨めしく見送ったあと、目の前の真っ赤な皿と向き合った。たとえば、これを食べなかったとする。そのことで無駄になる豆腐や肉、香辛料の数々、それを作る生産者の方々のことが頭を駆け巡った。
なによりこの麻婆豆腐、めちゃくちゃおいしいのだ。
……う、うあああ。
私は未だに刺激が残る唇を噛みしめて、二口目を掬い取った。
「うう、辛い、おいしい……でも辛いよ〜」
私は滲んできた涙を拭うこともせず懸命に食べ続けた。視界の端で新堂くんが心配そうにこちらに手を伸ばしては矢切に止められているのが見える。覚えとけよ矢切……。
食べるペースはふたりに比べて段違いに遅く、ようやく半分をたべ終えたころ、再び久我くんがやってきた。
「うんうん、良い食べっぷり!」
厭味ったらしく私の皿を覗き込むべく、のこのこと近づいてきた久我くんの調理服を、力いっぱい握りしめた。服が引っ張られ、久我くんの喉が詰まったが、気にしてはいられない。
口内はもう限界を迎えていて、正直火を吐いてないのが不思議なくらいだ。飲み込んだ麻婆豆腐が通る場所通る場所で着火していくせいで、体中が熱い。蓮華を持つ手が真っ赤になったのは一体何口前だったろうか。
私は恥も外聞も投げ捨てて、久我くんに縋った。
「おねがい……っ、あやまるから、わたしが悪かったからっ」
痺れていて上手く舌がまわらないが気にならない。プライドは今一番不要なものだ。
今必要なもの、それは水。水だ! 水、水!
久我くんを必死の形相で見上げると、溜まっていた涙が落ちそうになって、私は思わず目を細めた。
「もう限界なんだって、はやく、ちょーだい……っ」
くがくん、と悪魔の名前を呼ぶと、服越しに触れている胸元が小さく震えた。
動きのない久我くんを、はやくしろともう一度私が呼ぶよりも早く、矢切が立ち上がった。
「おい、久我ッ」どことなく困惑したような声音で久我くんに言う。
「もういいだろ、水持って来いよ」
「――あ、うん。そだね。ちょっとまってて〜」
ぱ、と私の手を振り払って久我くんは厨房の方へ向かった。矢切は久我くんがさっと身を翻したのを見ると、ため息をついてから座り直した。
水、水―、と私が涙目になっているところに、すすっと新堂くんがグラスを差し出した。
「秋ヶ瀬さん。これ、一応すぐに飲めるようにって貰ってたから、どうぞ」
使ってないグラスだから、という気遣いの言葉と共に、目の前に待ち望んだ液体が置かれる。やはり君が神なのかな?
「ごめんね、怒ってるよね……?」
「いいんだよ、新堂くんが律儀なのは知ってるから……!」
きっと身長のことで怒る久我くんに同情して協力を約束してしまったのだろう。しゅん、と肩を落とした新堂くんに笑いかければ、彼も安堵して微笑んだ。やっぱり天使かもしれない。
「でもアンタは許さないからね……最後に援護してくれたって、だめなもんはだめだから」
「は? 援護ぉ?」
キッと睨みつけられた矢切は怪訝な顔で眉を寄せたあと、「ああ、あれか」と独り言ちた。それからハッと鼻で笑った。
「別におまえに許されなかったところでどうにもなんねーだろ」
久我くんに土下座して同じことしてやろうか、この野郎。
「中華研はまあ、鉄板だよね」
新聞部の特集になるほどで、時間帯によっては並ばなければいけないらしいけれど、月饗祭は五日間。地方から来ているひとやお忙しいVIPの方々とは違い、私たちは一生徒だ。時間は彼らに比べて圧倒的にある。一、二時間待つくらいはなんでもない。
11時前から並んでいたおかげで、ちょうどお昼時に店に入ることが出来た。
「いらっしゃ〜〜い」
店の門を潜ってすぐに聞こえた聞き覚えのある声に、私は驚いて声の主を見た。
「え、久我くん!? 中華研だったの!?」
中華風の衣服を身に纏った彼にそう問えば、「そうだよ〜ん」とご機嫌に返された。どうやら先日の怒りは霧散しているようだった。よかった。
「せっかく来たんだからさぁ、よかったら俺の料理食べてってよ」
席に案内されながら提案されたその言葉に、新堂くんと矢切くんが乗った。
久我くんの作る料理……あまり想像できないけれど、まあ、おいしいことはおいしいのだろう。
遠月の生徒だし、さらに久我くんは矢切とペアを組んでいるらしく、それがこの時期まで続いているということは、その中でも中々の実力の持ち主であることが窺えた。
「じゃあ、私もそうしようかな」
「はいは〜い」
私が頷くと、久我くんが注文を受けてにっこりと笑った。
「おっ待たせ〜」
明るい声音と共に運ばれてきたのは、真っ赤な麻婆豆腐だった。
「わあ……」思わず感嘆の声が漏れた。新堂くんと矢切も驚いている。
「話には聞いてたけど、ここまで赤いんだね」
「前見たのよりも赤くなってるな」
矢切の言うとおり皿の上は真っ赤で、見るからに辛そうだ。すん、と立ち上る湯気を小さく吸い込んだ。うわ、すごくいいにおい。自然と出てくる涎をゴクリと呑み込んだ。
「いただきます!」
私は食欲に任せて手を合わせて宣言した。蓮華で一口分すくって、吐息で冷まし、口に運ぶ。
「んんん……っ」
口に入れた瞬間、感じる熱がどんどん強くなっていき、耐えられず私は身を捩った。
見た目以上に辛い。めちゃくちゃ辛い。
辛いのは好きだが、辛党というほどでもない私にとっては未体験の領域だ。痛い。熱い。痛い。感覚神経が感じうる限界までの刺激を脳に伝えている。
うあああ。
新堂くんと矢切も同様に唸り、それぞれお冷を手に取った。私も飲もう……と自分のお冷に手を伸ばそうとしたが、机上に私のお冷が見当たらない。
「あ、あえ?」
私が引かない辛さに舌を出して冷やしながら首を傾げていると、後ろからやけに弾んだ声の久我くんが言った。
「お探しのものは、これかな〜?」
ニヤニヤと極悪な笑みを浮かべた久我くんが、グラスの中の水を揺らした。
えっ、と私が声を漏らすのと同時に、隣に座る新堂くんが「ごめんね」と言った。矢切の吹き出す不快な音も聞こえる。……えっ?
「約束しちゃったから、今回は久我くんに協力することにしてるんだ……」
「くく、ざまあねーな」
矢切はともかく、新堂くんまで!? な、なんで!?
私が衝撃で固まっていると、すすーっと背後に寄ってきた久我くんが、私の耳元に顔を寄せた。久我くんの長い前髪がさらりと首にかすれる。
「料理残すの、できないんだってねえ?」
聞いてるよん、と私に追い打ちをかけた彼は、お冷片手に、軽やかな足取りで厨房へと戻って行った。
私はその背中を恨めしく見送ったあと、目の前の真っ赤な皿と向き合った。たとえば、これを食べなかったとする。そのことで無駄になる豆腐や肉、香辛料の数々、それを作る生産者の方々のことが頭を駆け巡った。
なによりこの麻婆豆腐、めちゃくちゃおいしいのだ。
……う、うあああ。
私は未だに刺激が残る唇を噛みしめて、二口目を掬い取った。
「うう、辛い、おいしい……でも辛いよ〜」
私は滲んできた涙を拭うこともせず懸命に食べ続けた。視界の端で新堂くんが心配そうにこちらに手を伸ばしては矢切に止められているのが見える。覚えとけよ矢切……。
食べるペースはふたりに比べて段違いに遅く、ようやく半分をたべ終えたころ、再び久我くんがやってきた。
「うんうん、良い食べっぷり!」
厭味ったらしく私の皿を覗き込むべく、のこのこと近づいてきた久我くんの調理服を、力いっぱい握りしめた。服が引っ張られ、久我くんの喉が詰まったが、気にしてはいられない。
口内はもう限界を迎えていて、正直火を吐いてないのが不思議なくらいだ。飲み込んだ麻婆豆腐が通る場所通る場所で着火していくせいで、体中が熱い。蓮華を持つ手が真っ赤になったのは一体何口前だったろうか。
私は恥も外聞も投げ捨てて、久我くんに縋った。
「おねがい……っ、あやまるから、わたしが悪かったからっ」
痺れていて上手く舌がまわらないが気にならない。プライドは今一番不要なものだ。
今必要なもの、それは水。水だ! 水、水!
久我くんを必死の形相で見上げると、溜まっていた涙が落ちそうになって、私は思わず目を細めた。
「もう限界なんだって、はやく、ちょーだい……っ」
くがくん、と悪魔の名前を呼ぶと、服越しに触れている胸元が小さく震えた。
動きのない久我くんを、はやくしろともう一度私が呼ぶよりも早く、矢切が立ち上がった。
「おい、久我ッ」どことなく困惑したような声音で久我くんに言う。
「もういいだろ、水持って来いよ」
「――あ、うん。そだね。ちょっとまってて〜」
ぱ、と私の手を振り払って久我くんは厨房の方へ向かった。矢切は久我くんがさっと身を翻したのを見ると、ため息をついてから座り直した。
水、水―、と私が涙目になっているところに、すすっと新堂くんがグラスを差し出した。
「秋ヶ瀬さん。これ、一応すぐに飲めるようにって貰ってたから、どうぞ」
使ってないグラスだから、という気遣いの言葉と共に、目の前に待ち望んだ液体が置かれる。やはり君が神なのかな?
「ごめんね、怒ってるよね……?」
「いいんだよ、新堂くんが律儀なのは知ってるから……!」
きっと身長のことで怒る久我くんに同情して協力を約束してしまったのだろう。しゅん、と肩を落とした新堂くんに笑いかければ、彼も安堵して微笑んだ。やっぱり天使かもしれない。
「でもアンタは許さないからね……最後に援護してくれたって、だめなもんはだめだから」
「は? 援護ぉ?」
キッと睨みつけられた矢切は怪訝な顔で眉を寄せたあと、「ああ、あれか」と独り言ちた。それからハッと鼻で笑った。
「別におまえに許されなかったところでどうにもなんねーだろ」
久我くんに土下座して同じことしてやろうか、この野郎。
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