月饗祭三日目、四日目。私たちは一色くんのいる極星寮と叡山が携わったという中央エリアの店を訪れた。一色くんは忙しそうに厨房に入っていたし、叡山に至っては店にいなかった。
そんなこんなで特に面白いこともないまま、月饗祭は最終日へと突入した。

朝起きると、新堂くんから連絡が入っていた。
新堂くんの所属する郷土料理研究会の店子がふたりほどリタイアしてしまい、急きょ出ることになったらしい。私はお昼前に店を訪れると返事した。
というわけで、初日ぶりの単独行動だ。
……矢切? あの男とは新堂くんがいなければただの他人だ。わざわざ一緒に行動するわけがない。

「さて、どこ行こっかな」
私はパンフレットを眺めなて計画を立て直しながら朝食を摂っていた。
今週は母が実家絡みの用事でいない。たまにあることなのでそれはいいのだが、母がいないときは弟が朝の当番だ。私が先週学んだイタリア料理をさっそく試したらしい。朝からパスタか、と思ったが、あっさり系にアレンジされていて食べやすかった。
それはともかく。
「どうしようかな。ゲテモノ系は初日に粗方回ったし、チケットも残りそんなにないし」
確実に郷土料理研究会は行くにしても、あと三軒くらいは行きたい。
「ゲテモノ系って……そんなのあんのかよ」
「ん? うん、探せば大体なんでもあるよ。ほら見てこれ、犬肉」
「うわ、ほんとだ」
弟がパンフレットを覗き込んで顔をしかめた。
「あ、そうだねえちゃん」
「ん、なに」
「俺今日、月饗祭行くから」
「……、……は!?」
ランドセルの中から筆箱とバインダーを出しながら弟が言った。
「え、学校は!?」
「学校見学で通った。参考資料にってお土産頼まれたけど」
それでいいのか、教師陣……。
「じゃあせっかくだし、いっしょ行こう」
「はあ!? やだよ、ねーちゃん友達とまわんだろ!? 俺女子苦手なの!」
僅かに頬を染めて弟が首を振った。この弟は私が新堂くんと一色くんのことを女だと思っている。黒髪の友達とくせ毛の友達としか言ってないから仕方ないかもしれない。ちなみに叡山は眼鏡の友達、矢切は不良だ。
小学生男子らしい初心な反応は結構だけれど、残念ながら今日の私はぼっちだ。弟にその旨を説明すると、安心したような、少し残念そうな顔で頷いた。

「でか!」
ぱかーんと口を開ける弟の反応に私は半年前の自分を思い出して苦笑した。だよね。
目抜き通りを軽く見回ったあと、中央エリアの郷土料理研究会へ向かった。弟の学校見学のお陰か母方の実家から謎の軍資金が出たので、当初の予定よりも羽振りがいい。
弟には黒髪の友達が新堂くんであることを隠したまま、私たちは再びぶらぶらし始めた。
「ねーちゃん、あっちはなんなの?」
「あれはね、山の手エリアっていって高級レストラン街みたいなもんだよ」
「え、さっき食ったのよりも美味いのかよ!?」
「さあ……お高い味ではあるんだろうけど、どっちが美味しいかは関係ないんじゃない」
十傑の人たちが全員山の手エリアで店を構えているわけでもないのだし、と弟に返すと、ふーん、と言ってから、私の袖を引いた。
「ちょっと行ってみようぜ!」
「ええ……もう、仕方ないなあ」

そういうわけでやってきた山の手エリア。他のエリアとは一線を画す雰囲気で、中学生と小学生のちんちくりん姉弟が来るような場所ではないのは明白だ。せめてもの救いは私が制服を着ていることだろう。
どちらかといえば浮いている弟はというと、興味深そうにあたりを見回している。一風変わった西洋建築が気になるのか、ふらふらと私から離れていく。ぶつかりそうだな……、あっ、ぶつかった。
「うぐっ」
スーツ姿の男性に勢いよくぶつかった弟は、跳ね返ってコロリと転がった。対してぶつかられた男の人は微動だにしていない。ぱっと見ただけでもわかる、筋肉の多さ。……わあ。
「おっと、すまない」
男性が弟に手を差し伸べている姿を見て私ははっとした。しまった、一応保護者なんだから、しっかりしないと。
私は急いで弟のもとに駆け寄り、頭を下げた。
「すみません、弟がぶつかってしまって……。ほら、謝る」
「すみませんでした」
男性に起こされた弟と共に頭を下げていると、男性ははっはっはと明るく笑い飛ばした。
「元気なのは若者の特権だ。月饗祭は初めてかい?」
「えっと、はい。私は中等部の一年で、弟は小学生なんです」
言いながら、頭を上げて男性と目を合わせた。坊主頭が随分と高いところに会って首が痛い。
私が首をいたわって一歩後ろに下がるのと、男性が顔を寄せるのは同時だった。
「……君は……、アキか?」
「えっ?」
突然名前を呼ばれ、私は目を瞬いた。な、なんで……?
ぎょっとして固まる私と同様に、弟が「ねーちゃん、知り合いだったのかよ」とびっくり顔で私に言った。いや知らないと言えたらどれだけ良いだろうか、と私が思考を飛ばしていると、男性はさらに追撃した。
「ということは、こっちがシュウか! 大きくなったな!」
男性が弟……シュウを軽々と持ち上げた。小6で高い高いは衝撃だったのか、弟も固まった。
なんで弟のことまで、と思ったが、口ぶりからしても答えはひとつだろう。
私と弟は、この男性と幼い時にあったことがあるのだ。


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