と、そういうわけで、二話くらい前の状況に戻ると。
つまりこの状況は、私がその先輩に一色くんの恋人として紹介されている場面なのである。周りには付き合っていることは秘密で、ただの友達ということにしているが、ひと月ほど前から一色くんから押されて付き合い始めた、という設定付きだ。

「だから、すいません。僕は彼女以外には考えられないんです」

言いながら、一色くんは私の腰を引き寄せた。どきどきするからやめてほしい。
私は特に何を言うでもなく。明後日の方向に顔と視線をうろちょろさせている。はずかしいのだ。

「そう……なら諦めるしかないわね」

酷く沈んだ声音で、先輩が言った。私がちらっとその顔を窺うと、ほんとうに悲しそうな顔をしていた。罪悪感で胸が痛む。

「ありがとう、一色くん。まだあなたのことが大好きだけど、きっといつか忘れるから、安心してね」
「はい、先輩」

美しくはかなげに微笑む先輩に、一色くんも微笑み返した。先輩がくるりと踵を返し、去っていく。その姿が建物の角に消えて行ったのを見届けて、私は深いため息をついた。

「いやー、これでひと安し――んぐ」
「しっ」

一色くんの肩口に、顔を押し付けられる。

「たぶん、まだ見てる気がする……」
身長が同じくらいなので、耳元で囁かれ、ぞわっとする。

「ごめん、もう少し、このままで」
「う、うん」

ぎゅーっと抱きしめられている現状に胸が痛い。一色くん意外と力強いな。ていうかこれ、私も腕まわした方がいいのかな。どうすればいいんだ、うう……。
私が勝手にぐるぐると目を回していると、一色くんが「よし」と呟いてから私を解放した。

「じゃあ秋ヶ瀬さん、教室へ帰ろうか」

その言葉に、私はこれで終わったと胸を撫で下ろした。とても心臓に悪かった。これ以上の負荷は、おこちゃまに耐えられない。ぱたぱたと赤くなってた顔に風を送っていると、「そうだ」と何でもないことのように一色くんが言った。

「念のため、今日の放課後も一緒に居たいんだけど、いいかな?」

私に拒否する気力がないのを知ってか知らずか、私の手をそっと取りながら、一色くんが覗き込んでくる。
うん……ともはや脳死で答える自分を自覚しながら、私に恋愛はまだ三年くらい早いな、と思った。


/