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「えっ、なにやってんの、秋ヶ瀬ちゃん」
ずるずると引きずりながら階段を下って二階と一階の踊り場でひといきついていると、上から声が掛けられた。
「あ、久我くん」
「なにこれ、俺もしかして見ちゃいけないとこ見てる? 死体遺棄の現場だったりする??」
「しないしない。倒れてるから保健室に運んでるだけ」
「ふ〜〜ん」
「そういえば久我くん、このひとの名前知ってたりしない?」
「ハァ? 知らずに運んでたわけ? 楠だよ、クスノキレンタロー」
「楠くんか」
さすがにここにきて名前知りませんでしたとかさらに面倒なことになる予感しかしないから、教えて貰えてよかった。
最中は恐怖と緊張で焦ってたから分からなかったけど、冷静になればさすがにわかる。楠連太郎くんは何が気に入らなかったのか(ほぼ確実に断り方だろうけど)、本当は返事してバイバイだったはずが延長戦に突入してしまったのだろう。
今日のこれで終わってくれればいいのだけど、もしも後日またこういうことがあって、そんときに名前を知らないことが発覚した場合すごく面倒くさそうである。できればこれで終わってくれることを祈る。
私がふう、とため息をついていると、軽やかに降りてきた久我くんが楠くんの顔を覗き込んだ。
「マジで気絶してやんの。ウケる〜〜」
と言いつつパシャリと写真を撮った久我くんは、今度はやれやれと肩を竦めた。
「いや〜〜、何があったらこういう状況になるワケ? 意味わっかんな」
「私もなんでこんなことになったんだろうなって感じだけどね」
一般家庭だとか不真面目だとかで倦厭されるまではいいけど、ここまでくるとさすがに疲れる。
「なになに、痴話喧嘩でもしてたん?」
「あー、まあそうとも言えるのかなあ」
「……は?」
久我くんがにやけながら揶揄ってくるのでめんどくさくて適当に返すと、久我くんの表情が固まった。久我くんに身長の話を振った時の空気感だ。いやなんでだ。
「嘘嘘。じょーだんだよ。私が告白とかされるわけないじゃんね」
「ふぅん、秋ヶ瀬ちゃん、告られたんだ?」
「……」墓穴ほったか?「いやだからそういうんじゃないって」
「ふ〜〜〜〜ん?」
「……」
じーっと久我くんが見つめてくる。私は右上に視線を逸らした。
「……ま、なんでもいいや。仕方ないから手伝ってあげんよ」
「えっ。ほ、ほんとに?」
「ほんとほんと、ほら、俺がそっちもつから、ほら、足の方行って」
「あ、うん」
久我くんがずいずいと身体を寄せて、私から楠くんの身体を奪った。そっち側を持つと言ったのが、重い側を持ってくれるという親切心なのか足側を持ちたくないというだけなのかはわからないけれど。というかどっちにしろ親切心ではあるわけなので、何にせよ感謝しておくことにした。
「それで〜、何、付き合ってんの? 告ったの? それとも告られたの?」
「……、……」
「こんな面白そうなネタ、俺が逃すと思ったんなら、大間違いだぜ、秋ヶ瀬ちん?」
おどけながら呼ばれた名前に嫌な予感が背筋を走る。それは見事的中し、それから保健室まで20分。自分一人で運んだ方が絶対早い道程中、延々と問い詰められることになるのだった。
「じゃ、先生よろしくお願いします」
ぺこっと頭を下げて保健室を出ると、部屋の外で、頭の後ろで手を組んだ久我くんが待っていた。
久我くんと並んで保健室から下駄箱へ向かう。遠月学園は研究会が盛んなので、放課後中等部棟に人は少ない。
「で? そろそろ教えてくれる気になった〜?」
「だーからなんもないってば」
「はぁ〜、手伝ってやったのに教えてくれないんだ〜?」
「それは感謝してるけど……ほんとに何もないんだって」
「へえ? そう。そっちがそのつもりなら、こっちにだってやり方があるってね」
急に声のトーンを落ち着けた久我くんが、片方の口角を怪しく釣り上げる。
「ねえ、しょーじきに言ってくれないと、どうなるかわかんないよ?」
久我くんが下側から顔をずいと寄せてくる。
顔、近。
と身体を遠ざけてから、ふと先ほどのことが頭をよぎった。あれは結局なんだったろうなと思ってたけど。
「さっきのってキスしようとしてたのか」
「――」
「アッ」
思わず口をついて出てしまった言葉に、口を押える。久我くんは目を見開いたまま固まった。
言ってしまったものはしかたない、せめて余計な誤解を生まないように、と私は言葉をつづけた。
「べ、別にほんとにはされてないよ、されかけただけ。叡山が助けてくれてさ、いやー、壁ドンからのキスなんてそんなベタなことするやついるんだなって、」
「壁ドン?」
「あっ。いや、そう、いやー殴られるかと思ったけどね、今流行りの胸キュン動作で良かったよ。まあ胸は違う意味でキュッとなったんだけどさ」
「けーかいしんッ」
「ん!?」
効果音にすると、グアッ、て感じに私の胸倉を掴んだ久我くんが、私の身体を前後に揺すった。
「壁ドンされてキスしようとされるって、それほとんど襲われてんでしょーがッ! なーんでそんなノコノコついて行ったわけ!? てか叡山がせっかく助けてんのに、そのあとそいつとまたふたりっきりになるんじゃねーよッ! 気絶だって嘘かもしんねーっしょ!? 秋ヶ瀬ってほんとに中学生!? 実は幼稚園児だったりするゥ!?」
ぶあーっと色々言われて大体が右から左に通過して、驚きで身体から力が抜ける。
「ご、ごめんなさい……?」
「謝んなら叡山にも謝っとけよバーカ」
「あ、う、うん」
「も〜〜ふだんから男に囲まれすぎて感覚狂ってんじゃねえの〜? しっかり教育しとけよな〜、一色も新堂も〜」
久我くんがめちゃくちゃにでかいため息をつきながら歩くのを再開した。やれやれと肩を竦める姿に、私は「え、ええ……?」と狼狽えることしかできなかった。
翌日の昼休み、私はニコニコ顔の一色くんと新堂くんにめっためたに説教されることになる。
ついでに、一色くんが悪戯で私が告白されたことを察し、こっ酷く振るよう仕向けたことも発覚することになる。
ずるずると引きずりながら階段を下って二階と一階の踊り場でひといきついていると、上から声が掛けられた。
「あ、久我くん」
「なにこれ、俺もしかして見ちゃいけないとこ見てる? 死体遺棄の現場だったりする??」
「しないしない。倒れてるから保健室に運んでるだけ」
「ふ〜〜ん」
「そういえば久我くん、このひとの名前知ってたりしない?」
「ハァ? 知らずに運んでたわけ? 楠だよ、クスノキレンタロー」
「楠くんか」
さすがにここにきて名前知りませんでしたとかさらに面倒なことになる予感しかしないから、教えて貰えてよかった。
最中は恐怖と緊張で焦ってたから分からなかったけど、冷静になればさすがにわかる。楠連太郎くんは何が気に入らなかったのか(ほぼ確実に断り方だろうけど)、本当は返事してバイバイだったはずが延長戦に突入してしまったのだろう。
今日のこれで終わってくれればいいのだけど、もしも後日またこういうことがあって、そんときに名前を知らないことが発覚した場合すごく面倒くさそうである。できればこれで終わってくれることを祈る。
私がふう、とため息をついていると、軽やかに降りてきた久我くんが楠くんの顔を覗き込んだ。
「マジで気絶してやんの。ウケる〜〜」
と言いつつパシャリと写真を撮った久我くんは、今度はやれやれと肩を竦めた。
「いや〜〜、何があったらこういう状況になるワケ? 意味わっかんな」
「私もなんでこんなことになったんだろうなって感じだけどね」
一般家庭だとか不真面目だとかで倦厭されるまではいいけど、ここまでくるとさすがに疲れる。
「なになに、痴話喧嘩でもしてたん?」
「あー、まあそうとも言えるのかなあ」
「……は?」
久我くんがにやけながら揶揄ってくるのでめんどくさくて適当に返すと、久我くんの表情が固まった。久我くんに身長の話を振った時の空気感だ。いやなんでだ。
「嘘嘘。じょーだんだよ。私が告白とかされるわけないじゃんね」
「ふぅん、秋ヶ瀬ちゃん、告られたんだ?」
「……」墓穴ほったか?「いやだからそういうんじゃないって」
「ふ〜〜〜〜ん?」
「……」
じーっと久我くんが見つめてくる。私は右上に視線を逸らした。
「……ま、なんでもいいや。仕方ないから手伝ってあげんよ」
「えっ。ほ、ほんとに?」
「ほんとほんと、ほら、俺がそっちもつから、ほら、足の方行って」
「あ、うん」
久我くんがずいずいと身体を寄せて、私から楠くんの身体を奪った。そっち側を持つと言ったのが、重い側を持ってくれるという親切心なのか足側を持ちたくないというだけなのかはわからないけれど。というかどっちにしろ親切心ではあるわけなので、何にせよ感謝しておくことにした。
「それで〜、何、付き合ってんの? 告ったの? それとも告られたの?」
「……、……」
「こんな面白そうなネタ、俺が逃すと思ったんなら、大間違いだぜ、秋ヶ瀬ちん?」
おどけながら呼ばれた名前に嫌な予感が背筋を走る。それは見事的中し、それから保健室まで20分。自分一人で運んだ方が絶対早い道程中、延々と問い詰められることになるのだった。
「じゃ、先生よろしくお願いします」
ぺこっと頭を下げて保健室を出ると、部屋の外で、頭の後ろで手を組んだ久我くんが待っていた。
久我くんと並んで保健室から下駄箱へ向かう。遠月学園は研究会が盛んなので、放課後中等部棟に人は少ない。
「で? そろそろ教えてくれる気になった〜?」
「だーからなんもないってば」
「はぁ〜、手伝ってやったのに教えてくれないんだ〜?」
「それは感謝してるけど……ほんとに何もないんだって」
「へえ? そう。そっちがそのつもりなら、こっちにだってやり方があるってね」
急に声のトーンを落ち着けた久我くんが、片方の口角を怪しく釣り上げる。
「ねえ、しょーじきに言ってくれないと、どうなるかわかんないよ?」
久我くんが下側から顔をずいと寄せてくる。
顔、近。
と身体を遠ざけてから、ふと先ほどのことが頭をよぎった。あれは結局なんだったろうなと思ってたけど。
「さっきのってキスしようとしてたのか」
「――」
「アッ」
思わず口をついて出てしまった言葉に、口を押える。久我くんは目を見開いたまま固まった。
言ってしまったものはしかたない、せめて余計な誤解を生まないように、と私は言葉をつづけた。
「べ、別にほんとにはされてないよ、されかけただけ。叡山が助けてくれてさ、いやー、壁ドンからのキスなんてそんなベタなことするやついるんだなって、」
「壁ドン?」
「あっ。いや、そう、いやー殴られるかと思ったけどね、今流行りの胸キュン動作で良かったよ。まあ胸は違う意味でキュッとなったんだけどさ」
「けーかいしんッ」
「ん!?」
効果音にすると、グアッ、て感じに私の胸倉を掴んだ久我くんが、私の身体を前後に揺すった。
「壁ドンされてキスしようとされるって、それほとんど襲われてんでしょーがッ! なーんでそんなノコノコついて行ったわけ!? てか叡山がせっかく助けてんのに、そのあとそいつとまたふたりっきりになるんじゃねーよッ! 気絶だって嘘かもしんねーっしょ!? 秋ヶ瀬ってほんとに中学生!? 実は幼稚園児だったりするゥ!?」
ぶあーっと色々言われて大体が右から左に通過して、驚きで身体から力が抜ける。
「ご、ごめんなさい……?」
「謝んなら叡山にも謝っとけよバーカ」
「あ、う、うん」
「も〜〜ふだんから男に囲まれすぎて感覚狂ってんじゃねえの〜? しっかり教育しとけよな〜、一色も新堂も〜」
久我くんがめちゃくちゃにでかいため息をつきながら歩くのを再開した。やれやれと肩を竦める姿に、私は「え、ええ……?」と狼狽えることしかできなかった。
翌日の昼休み、私はニコニコ顔の一色くんと新堂くんにめっためたに説教されることになる。
ついでに、一色くんが悪戯で私が告白されたことを察し、こっ酷く振るよう仕向けたことも発覚することになる。
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