ぽつぽつと話している内に、エースくんとは同じ歳だということが判明した。それだけの事で親しみを感じてしまうのはあまりに単純だと思うけど、仕方ない。見た目的に年上だろう人が多いこの船で、歳が近い人がいるのは嬉しいもんだ。ちなみにナースさんは皆さんお姉様だった。
エースくんが初めから言っていた「敬語をやめろ」という言葉が尚更強くなったので、まあ同じ歳だしと思って了承した。エースくん、というのもむず痒いと嫌がられたけど、これはもう少し仲良くなったら、と言って譲らなかった。私は初めから呼び捨てできるタイプじゃないのでね。
「そういや、マルコになんの用なんだ?」
「えっと、本とかあったら、調べ物させてもらえないかなーって」
「調べ物?」
「うん、ちょっとね」
なんとなく言葉を濁す私を、エースくんはさほど気にすることなく歩き続ける。
調べ物とは言いつつも、詳細を聞かれたらきっと答えられなかった。『この世界についてなら何でも』なんて言ったら不審がられただろう。上手く嘘がつければ、実は考古学者だとか歴史学者だとか言って堂々を調べられたかもしれない。まあ、そんな嘘が使えないのは分かってるんだけど。
「着いたぜ」
「ありがとう!本当に助かったぁ」
お礼を言うと、エースくんはにっこりと眩しい笑顔を返してくれた。首から下げたテンガロンハットのオレンジのおかげで、まるで背景に太陽があるみたいだ。そしてそれが似合ってしまうのが恐ろしい。
ドアをノックしようとする横から、視線を感じて動きを止める。てっきり案内をしてもらって終わりかと思っていたけど、エースくんはここから去る気はさらさら無さそうだ。なんで? チラ、と横目で見てみると、早くとでも言うように顎でクイと示された。絵になるけど怖い。
大人しく従ってドアをノックすると、少しの間もなくエースくんが扉を開いた。私のノックの意味。
「おう、マルコ」
「…エース、お前、それじゃあノックの意味がねェだろうよい」
ですよね。
軽くため息を吐きながら対応するマルコさんは、広げられた書類から顔を上げて眼鏡を外した。眼鏡をしているところを見るのは初めてだけど、これがギャップ萌えですな。しかし私を見つけて、何の用だと用件を促すマルコさんはベスト・オブ・インテリヤクザ。
「あの、資料室があるとナース長に聞いたので、もしよかったら見させてもらえないか許可を頂きたくて来ました」
「資料室?何が見たいんだよい」
「えっと、一人でも海を渡れるようになろう、と、思いまして…航海とかの、知識をつけたくて…」
エースくんと話していて、調べ物について追求されたら困ると気付いて急いで考えた理由だ。
でも、嘘じゃない。こんな知らない世界で寄り掛かる相手もいない、甘え続けることなど出来ないから、私は生きる術を手に入れなくちゃいけない。
だから堂々と言えばいい。なのに、考えきれていないせいで思わず言葉が尻すぼみになってしまう。組んだ手の中が汗でジワリと湿った。
またしてもエースくんから視線を感じるけど、それに応える余裕はない。私は今、マルコさんから目を反らしたら負けなのだ。
多分、資料室には大事な書類とかがあるだろう。赤の他人がそこを見せて欲しいと言ったら、多少なりとも警戒するに決まってる。この世界で海賊なんてやっていたら余計に。
だからマルコさんは何も言わずに、私の目を見続けるんだ。探られている。嘘かどうかじゃない。
何が本当か、だ。…多分。
「…そんな感じです」
「連れてってやるからちょっと待ってろ」
「えっいいんですか!?」
「なに驚いてんだよい。頼んだのはお前だろ」
「いや、あ、ありがとうございます!」
こ、これは私の勝ちでいいのかな!?まあ、負けはあれども勝ちなんてない気はするけど。私が勝手にビビってだけだし。あと3秒長かったら心折れてたかもしれないから良かった。
マルコさんの資料の片付けを部屋の隅で待った後、付いて来いと言われて資料室まで連れていってもらった。
その間エースくんはずっと一緒に付いてきて、暇なの?と聞いたらめちゃくちゃいい笑顔でヒマ!と言った。マルコさんが、はあ?みたいな顔でエースくんのことを見てたから本当はなんかあるんじゃないのか。
でもマルコさんは呆れながら笑ってたから、これがエースくんの通常運転なのも、エースくんが可愛がられ気質なのもなんとなく分かった。
この船に乗っている人達は、お互いを『家族』だと言っていた。船長さんのことは『親父』と呼ぶし、他の人のことは『兄弟』だと言う。そしてエースくんは皆んなの『弟』らしい。今のところ、一番若い衆の一人なんだとか。そりゃ可愛がられるわけだ。
血の繋がりはないけど、船長さんに迎えられた限り、もう『家族』なのだそう。それを誰もが嬉しそうに説明してくれて、純粋に、いいなと思った。皆んな、無条件にお互いを大事にしてる。
「ここだ」
「ありがとうございます!」
「好きなように使っていいよい」
「忙しいのに、わざわざすいませんでした」
「…分からねェ事があったらいつでも聞きに来い。遠慮しなくていいよい」
「ありがとうございます」
お礼を言って頭を下げると、マルコさんはまた部屋に戻っていった。
「………エースくんはいつまでいるの?」
「ウーン、飽きるまで?」
よくここまで飽きなかったな。今更だけど、どうせ付いてくるなら許可もらった後はエースくんに案内してもらえば良かったのでは?
資料室は割と余裕のある一室で、壁全面が本棚になっていた。何から手をつければいいのか全然分からないから、端から順番にタイトルを流し見していく。エースくんは私が本を選んでいる様子を静かに見ていた。どうせ横にいるなら、どれがいいとか教えてくれてもいいのにと思ったけど、何が知りたいかと聞かれて困るのは私なので黙っておいた。
とりあえず『これだけは知っておけ!偉大なる航路』『世界を渡ろう〜四つの海を知る〜』『脳筋の為の分かりやすい歴史』の三冊を選んで席につく。別に脳筋じゃないけど、なるべく易しそうなのから手を付けたい。
すると、今まで黙っていたエースくんが目の前に座って口を開いた。
「一人で航海してェのか?」
「え?」
「さっきそう言ってたろ。選んでる本もそんな感じだし」
「ああ…そうだね。すぐには無理だけど、いつまでもお世話になってられないから」
「親父とは次の島までって話になってんだろ?そっからまた海に出るのか?」
私が選んだ中の一冊をパラパラと捲りながら、エースくんは質問を繰り返す。頬杖をついて気が抜けたように話すけど、発される質問は痛いところを突いてくる。
「まだ分かんないけど…知りたい事がそこに無かったら、海に出なきゃならなくなるかもしれないし」
「じゃあその"知りたいこと"が知れるまで、ココにいりゃあいいじゃねェか。親父だってそのくらい許すだろ」
「…そこまで迷惑掛けらんないよ」
言葉が続かないのを誤魔化すように本を開くと、エースくんは流石に飽きたのか邪魔しないよう気を遣ってくれたのか、「そうか」と言って資料室を出て行った。
これ以上迷惑を掛けたくないのは本心。それに、ここは私にとってあまりにもアウェイなのだ。
私は『家族』になれないから。