ポピー・スウィーティングの場合


 オミニスは、いろんな面を持つ人だと思う。見る人によってユーモア溢れるスリザリン生にも、廊下で眠る変人にも、冷酷な純血主義者にもなる。下級生の大半は、彼に逆らうと退学にさせられるという噂を真剣に信じている。オミニス自身もそのことを知っていて、可哀想な一年生をからかうことがあった。
 そこだけを見て、彼を「嫌な奴」と言う人もいる。けれど、私は彼のことをそう思わなかった。だって知っていたから。セバスチャンやアンといる時の優しい瞳や、魔法生物を撫でる手、廊下で無防備に眠る顔を。
 ただ、今は少しだけ「嫌な奴」みたい。
「ポピー・スウィーティング」
 私のフルネームを呼び、ゆっくりと距離を詰める姿は、噂そのままの彼だった。私は距離を取ろうと、無意識に後ずさりしてしまう。柵にかかとが当たって、中のニーズルが鳴き声を上げた。そろそろお昼ご飯の時間だ。
「君は随分、彼と仲が良いようだな?」
「カレ?」
「転入生」
 その言葉で、疑問符が頭の外に飛ぶ。ピンと来た。きっとオミニスは探っているんだ。転入生は、彼の大切な友達と仲が良いから。
「そうだね。とても良い友達」
 私は迷いなく答えた。同じ寮生で同じ学年。相手はあの転入生。関わるなという方が難しい。それに、オミニスには言えないような冒険もしている。つまり、私と彼は友達と言って良いと思う。
「彼は友達か?」
 彼が下唇を噛むと同時に、眉間に皺ができた。
「うん」
 彼は「友達」という言葉を何度も空で繰り返す。友達、友達、友達。三回ほど唇を動かしてから、新たな言葉を吐き出した。
「俺のことを、何か……言っていたか?」
「あなたの、こと?」
 私たちは陸に上がった人魚みたいに、二人とも息継ぎが下手になってしまった。
 考えるまでもなく、いくつもの転入生の言葉が浮かぶ。​──彼と仲良くなるにはどうしたらいいかな? 彼はどんな人が好きかな? エトセトラ。全て褒め言葉だけれど、内緒にした方が良さそうな内容だと分かる。
「えぇと、なにも」
「嘘は君のためにならない」
 オミニスの声がぐっと低くなる。これこそ、彼がスリザリンたるところだ。でも、同い年の男の子に怯えているようじゃ、あんな冒険なんてできない。
「脅しも貴方のためにならないよ」
 私の返答に驚いたようで、オミニスの瞳が左右に揺れた。転入生曰く、夜の湖のような瞳。
「何を知りたいの?」
 転入生がセバスチャンに相応しいか? それとも、貴方に相応しいか? もし、オミニスが転入生になど興味がないと言うなら、今の彼の行動は奇妙としか言いようがない。
「ただ」
 オミニスは息を大きく吸い、目を閉じた。
「ただ、どう思われているかを」
 彼は声のトーンを戻し、けれど重々しい声のままでそう言った。私の返事で人生が決まるみたいに。彼のこういうところは転入生と似ていて、二人とも自分の感情に無頓着な部分があった。
 私は彼らが草原で眠る姿を空想する。多分、皆が思う以上にお似合いかも。
「……貴方ともっと、仲良くなりたいって」
 これくらいは悪いことじゃないはず。私は自分に言い訳をして真実を告げた。ごめんね、転入生。
 オミニスは「そうか」とだけ発し、すぐに踵を返した。顔を伏せていたから、表情は見えなかった。
 私は追いかけようと足を踏み出す。くしゃりと足元から音がして目を向けると、たんぽぽを踏んでいた。
「ねぇ」
 私の声でオミニスは足を止める。手を伸ばしても全く届きそうにない距離で、私の言葉を待っている。
「貴方も同じ気持ち?」
 返事はなかった。オミニス・ゴーントは上等な革靴で歩き出す。彼の行先はきっと、転入生のところだ。



backnext