幼馴染みとは。
誰よりも近くにいて誰よりも遠くにいる存在である。詰まり、『友達以上恋人未満』の最高位に存在するものである。
幼馴染みが初恋とはよく言うが、結婚式で紹介される新郎新婦の出会いは『高校の同級生』『サークルの先輩後輩』『会社の取引先』等々、最低でも中学からの付き合いになる事が多いだろう。
故に、幼馴染みとハッピーエンド等は、画面の向こう、又は紙面上の仮想空間にのみ存在する理論であり、これを此処に『恋愛シュミレーション理論』と定義する。
‐‐‐‐‐
「……いや、流石にこれはないか。何か中二っぽい。」

パソコン画面に並んだ文字を読み返して、俺は溜め息を吐いた。
高校三年生にもなって自分の意見を紙面に纏められないのはこれからが心配だ、とうちのクラス担任が言ったのは3日前の話なる。
無駄に教育熱心な担任は月曜日のHRにそんな熱弁を始めて、来週の月曜日迄に『恋愛について』の論文を書いてくる様、抜き打ち宿題を打ち立てた。
当然、クラス内はブーイングの嵐。
そりゃ当然でしょーよ。抜き打ち宿題の議題が恋愛なんて、高校三年生には重過ぎるって。
大ブーイングに妥協した先生は『友情又は恋愛について』と議題を改め、レポート用紙又はパソコンで2枚以内に纏める様に指示を改訂した。
そんな訳で、サッカー部の練習を早く切り上げ、学校の情報室で論文を書き始めてみたは良いものの、冒頭の通り、何か気に入らない。
バックスペースキーを長押ししながら椅子の上で仰け反る。

「……お?風魔じゃん。」

クラスメイトがちらほら居る情報室の中に、同じ部活(新聞部の方ね)の風魔を見付けて身体を起こす。
背凭れに腹を当てて、情報室特有のキャスター付きの椅子で奴の元へ近付いた。

「アンタもレポート?」
「……」
「どっち書いてる?恋愛?友情?」

黙って頷いた風魔に質問を投げれば、パソコン画面を、ぐりんと此方に向ける。

「えーっと…何々…『友情とは友人間の情愛、或は友達の誼の事を言う。この場合の情愛、とは慈愛及び情けを指し、詰まり、相手を思いやると言う事である。人間において、思いやりとは常に必要とされるものだが、これを友人間で交わされた事を特に友情と呼ぶと考えられる。』……えー、何これぇー……。」
「……」
「何でこんな小難しい事書いてんの?つーか、書けるの?」

もう既に、四分の三程埋まっているページの導入部と思しき文を読んで、俺は眉間に皺を寄せる。

「……」

すると風魔は黙ってマウスを動かし、ツールからメモを開いて、キーボードを叩いた。

“図書館司書の北条さんにアドバイスを貰った”
「えー、あの爺さんに?」
“困った時は年長者に話を聞く事が最良と思った”
「あー、成る程ね。」
“猿飛は出来たのか?”
「まーだ。書き始めてもいないよ〜。」

風魔にそう言い残してまたキャスターで自分が使っているパソコンの元に向かう。
成る程、年長者にアドバイスを貰うね。良い事聞いたかも。俺様も大将に聞いてみよっかな〜………いや、やめとこう。
あの人に聞いても気合いとか言って殴られるのがオチだ。そんな事されて喜ぶのは旦那くらいだ。下手な事はしない方が良い。

一人で問答しつつ、パソコンに戻ると、そこには当たり前の様に、例のシイカが隣の椅子を引っ張ってきて座っていた。

「……シイカちゃん何やってんの?」
「レポート。」
「いや、そこ俺様使ってたんだけど…。」
「知ってる。荷物見て佐助が使ってるって分かったから、それなら良いやと思ってボクはこれ使ってるんだ。」
「何それっ?!自分で起動させなよ!」
「五月蝿い佐助!!起動時間が掛かるだろ!?ボクは早急にこの課題を終わらせて御嬢様の元へ帰らねばならないんだから、使う権利があるんだ!!」
「何処まで理不尽なの!?そんな事言ったら、俺様だって早く寮に帰って御飯の仕度しなきゃいけないんだけど!!」
「じゃあ佐助は寮に帰って手書きで書けば良いじゃないか。」
「旦那に邪魔されるから、此処でやってんじゃん。」
「やれやれ、手の掛かる子供を持つお母さんは大変だな。」
「お母さんじゃないから。」

相変わらず俺限定で手厳しいシイカは何食わぬ顔でキーボード叩き、レポート作成に勤しんでいる。
そこまでそのパソコンに執着している訳じゃない俺は、諦めて隣のパソコンの電源を入れる。

「そう言えばさ、シイカは題材どっちにした?」
「ボクは両方。」

起動音と共にじわじわとフェードインしてきた画面を眺めながら俺が聞くと、シイカはキーボードを打つ手を休めぬまま、答えた。

「両方?」
「そう。友情と恋情の境ってのを考えてるんだ。」
「へぇー、こりゃまた面倒そうな内容だねぇ。」
「五月蝿いな。そう言う佐助はどうなんだ?」

頭の後ろで手を組んで言うとシイカは不機嫌そうに眉を顰め、此方に目を向ける。

「俺様?」

にへらと笑顔を向けるとより眉間の皺を深く刻む。
あーあーもう、折角の可愛い顔が台なしじゃんか。

「俺様は幼馴染みについて〜。」
「はあ?題材無視じゃんか。」

答えると、また機嫌悪そうな声色で言葉が返ってきた。そんなシイカにこれは良い機会と思った俺は、背凭れに体重を預け、仰け反りながら返答する。

「そんな事ないよ。幼馴染みが異性なら1番近い他人になるじゃない?それって恋愛に繋がると思ってさー、」
「またお前はそんな馬鹿げた事を言ってるのか。いい加減気付け、幼馴染みが優しくて可愛いのはゲームの中だけだ。」
「最後まで聞いてよ。俺様はその幼馴染みを題材にして、初恋が叶わない訳を考察すんの。」
「うわー、少女趣味〜。きもーい。似合わなーい。引くわー。」

すると、シイカはこれでもかと顔を顰め、鯰みたいな口をして上半身を俺から遠ざけた。

「言いたい放題だな、ホント。」

がっくりと肩を落としてそう言えば、だって、と口にするシイカ。

「それって遠回しにボクヘの嫌がらせ兼ナルシスト発言じゃんか。」
「は?」
「“1番近い異性の他人の俺様に恋しないなんてシイカ可笑しい”って事言ったんだろ。」
「え、そんな意味じゃないけど……てか、俺様、そんな傲慢に見える?」
「見える。」
「俺様大ショック!」

心外だ。
シイカに傲慢なんて言われるなんて…!シイカの方がよっぽど理不尽で傲慢なのに…!(対俺限定)
そして更にシイカは留めの一撃を俺に放った。

「大体、佐助を好きになる位なら風魔と付き合うし。」
「え?!それマジっ?!!」
「さぁてね。ふふふふふ。」

いきなりの爆弾発言に俺は思わず飛び起きる。

高校で運命的な再会してから3年間もずっと想い、尽くしてきた俺様を差し置いて風魔と付き合うだと!?
あんまりだ!報われないにも程がある!!
でもシイカならやりかねない…!

「……何切羽詰まった顔してんの。冗談に決まってるだろ。」
「え?」

どうやら考えは顔に出ていたらしい。訝しげな表情で訂正したシイカから分かった。
だってそうじゃなかったら、シイカが訂正するなんて有り得ないじゃん。俺様とした事が情けない。

「そ、そうだよね〜。」
「第一、ボクが御嬢様を御独りにして、野郎と付き合うなんか有り得ない。」
「あ、ですよね〜。」

ふん、と鼻を鳴らしたシイカの理由には納得いくが何だか悲しくなった。
気付かれない様に小さな溜息を吐く。

「まぁ、それは置いといて、」
「よし、終わった。」
「え?」

再び話を切り出そうとした俺の声を遮る様にエンターキーがカタリと音を上げた。

「もう終わったの?」
「うん。印刷開始したからプリンタのトコ行ってくる。」

聞けば頷いてシイカ立ち上がる。
……アレ?俺様の話まだ途中なんだけど?何処まで俺様に冷たいのこの娘?
その背を見送りもう一度溜息を吐く。
こんな扱い受けてんのにホント、俺様って一途だよな。自分で感心しちゃう。

そんな風な想いに浸っていれば、印刷が終わった紙を持ってシイカは帰ってきた。
勿論、いそいそと帰宅の準備に取り掛かる。
ちょっとちょっと俺様は?
一応今まで会話してたでしょ?

もう、悔しいったらない。
嫉妬が開き直ってちょっと意地悪したくなった。

「じゃあな、佐助。お前もさっさと終わらせないと、真田が腹減らして待ってるぞ。」
「ああ、分かってるって。……所でさ、」
「ん?」

鞄を肩に掛けて半分踵を返したシイカに平静を装った笑顔で、ぐいっと口角を上げて見せる。

「俺様初恋は幼稚園の先生だったんだけど、幼馴染みが初恋じゃなかったら、その恋どうなると思う?」
「……!?」

珍しく、驚きを露にしたシイカの顔に、思わず吹き出しそうになるのを堪えるのはかなり大変だった。


          
成立などさせるものか!

「な……え、……は…?」
「あ、もしかして期待した?」
「……っ!!死ね佐助!!箪笥の角に小指ぶつけてうっかり打ち所が悪くてそっから壊死して死ねっ!!!」
「惨い上に地味っ!!」



fin!
20100805
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ballad

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