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「………何してるんですか?明智先生…。」
その日は朝から土砂降りだった。嫌だな、憂鬱だな、と思いながらも、川が氾濫して洪水にならない限り、教職員が学校を休む訳にもいかない。
そんな訳で、気合いを入れ直し、愛車と自分にエンジンを掛けて出勤してきたのに、今朝初めて出会ったのがこの人だなんて、神様は何処まであたしを嫌っているのか。
無視を決め込んだが、どう言う訳か、赤信号で停車する度に車の隣に突っ立ってやがる(ホラーか。)ので、渋々窓を下げて、声をかけると、恐ろしく綺麗な笑みを浮かべて此方に目を向けた。
「…おや、古井先生、御早う御座居ます。」
「いや、御早う御座居ますじゃないですよ、何してるんですか、って聞いてあげたじゃないですか。」
「見て分かりませんか?学校に行くところです。」
「そこじゃないです。今、現在、この土砂降りの中、傘もささないで何してるんですか、って聞いたんです。」
不本意ながらも、水も滴る何とやら、等と思い浮かべながら問い直せば、濡れて頬に張り付いた長い髪を後ろに回して、態とらしい苦笑を浮かべる明智先生はこう続ける。
「生憎傘を忘れてきてしまって。」
「今朝は3時くらいからこの降り方なのによく忘れてこれましたね。」
「ふふふ……」
「(きもいなぁ…)風邪引きますよ、先生。保健医が風邪とか洒落になりませんからね。」
顔に影を落として不敵笑う明智先生に思わず窓を上げたくなった。それを見越してか、何時の間にか先生は窓枠をがっちり掴んでいらっしゃるじゃないか。
「ぎゃっ!!」
「風邪ですか……看病って素敵ですよね。」
「行きませんよ。」
嫌に色っぽい笑みを湛えて此方を見詰めてきた明智先生から精一杯遠ざかって、先手を打ってみた。
「ふふふ、相変わらず照れ屋さんですね…。」
しかし、全く効果がなかった。
「……もうやだ。突っ込むのも億劫だ。」
「またそんな照れ隠しを。」
「……こんな天気でも頭ん中は常に五月晴れですが、先生は。幸せですね。」
「そんなに褒めないで下さいよ。」
「褒めてねーよ。」
もう付き合ってられない。
指切り落としたって良いや、明智先生だし。あたしは溜め息を吐いて車の窓を上げはじめる。
すると意外にも明智先生の手は、自然と窓枠を放した。
「早く行かないと風邪所か遅刻して理事長に大目玉ですよ。」
一応、社交辞令と言う名の忠告を残して、エンジンを掛け直す。
しかし、先生は動こうともせず、曇天を仰ぐ。
「大目玉ですか……嗚呼、それは素敵ですね、とても。」
「……相変わらずですね。」
「御蔭様で。所で誰か心優しい人が私を見かねて乗せて行って下されば良いのですが、」
「そーですねー。では御先にー。」
「待って下さいよ。」
べたぁっ!!!
「ぎゃああああああああっ!!!?フロントガラスに貼り付くなぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
一々面倒なんで、適当に流して、車を発車させたら、物凄い早さで明智先生はフロントガラスに貼り付いてきた
思わず急ブレーキを掛けて窓から顔を出す。
「何するんですか明智先生!!」
「置いていくなんて酷い事をしますね。」
「酷いのはそっちでしょっ!!!事故ったらどうするんですかっ?!」
「そうなったら私が介抱して差し上げますよっ。」
「全身全霊全力で御断りします。ってその前に明智先生が死にますからっ!!」
「血の池地獄でも見に行きませんか?」
「誘うなっ!!」
「これ以上雨に当たっていては酸性雨で禿げてしまいます。」
「禿げれば良いですよ。どうせそのサラッサラヘアーなら将来的に禿げるの目に見えてますし。」
「……最近は何時に無く冷たくありませんか…?」
「何を今更。」
見るからにちょっとションボリしてしまった明智先生にちょっとだけ罪悪感と庇護意識が芽生える。
ちょっと、言い過ぎたかもしれない。
「……で、先生はどうしたいんですか?」
「え……」
溜息を吐きながらそう言ったあたしに意外そうな顔で目を屡叩く先生。
本当は、関わりたくないけど、風邪引かれてねちっこく付き纏われるのも嫌なので、意を決してあたしは言った。
「乗ってくんですか?歩いてくんですか?」
「古井先生……っ!!」
純粋に嬉しそうな顔をした明智先生にちょっと、ちょーっとだけ恥ずかしくなったなんて口が裂けても言うもんですか。
同情的同乗
危機意識が足りないかもしれない。
fin!
20100805
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ballad
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