「おい見ろよ。あの制服、例の転校生だろ。」
「あの千石女学院の警備委員長を12期連続だってな…!」
「うわ、それ怖っ!」
「…………。」
「あ!転校生!」
「背ぇ高ぁい!」
「センジョの友達が言ってたけどあれですっごく優しくて、ナンパ野郎とかから守ってくれるんだって!」
「確かに王子様みたいかも。」
「えー、でも女の子でしょ?勿体無さすぎー。」
「…………。」
「あれか、転校生って。」
「へぇ、普通じゃん。」
「馬っ鹿、知らねぇの?駐輪場の奴らもボロボロにするような腕っ節なんだってよ。」
「しかも2年の竹中を言い負かすくらい口も達者らしいぜ。」
「マジ…?すげぇのな…。」
「…………。」
「見て、あの子でしょ?」
「長曾我部くん殴ったって言う?」
「やだぁ、怖ぁい。」
「元親くん可哀相!」
「ねー!」
「…………。」
毎朝の部活動勧誘もさることながら、昼休みとか移動教室の時とかそんな話し声が耳に入るのもいよいよ慣れてきたこの頃。転校してから明日で丁度1週間だと言うのに、そんな事もあってか未だに友達と言う友達が出来ない。いや、寮が一緒のかすがとか長曾我部とか慶次は別なのだけども、こう、馴染めないと言うか何と言うか、らしくもないんだが、一丁前に悩んでいるというか…。
あー、もう、畜生が!
そんな訳で今日も今日とて禄な進歩もなく、放課後の廊下を独りのろのろと歩く。
「あーあ…」
前の学校でも正直友達なんて数える程もいなかったけど、仲間って呼べる委員会の連中がいたし、謎の取り巻き集団もいるっちゃいたから独りってのにはどうも慣れてない。
「くっそ……寂しいなぁ、もう!!」
大体、こんな筈じゃなかった。こっちの学校ではそれなりに気の合う友達作って、不特定多数の生徒の偶像にならないで普通の高校生活を全力で楽しむつもりだったのに。
そりゃ、千石女学院の警備委員なんてのは正直有名だけど、私が所属してたなんて、こっちの学校では生徒会か一部のナンパ野郎共しか知らない筈で、委員長をやってたのはそれこそ苦情の手紙を送り付けた生徒会の中枢しか知らない筈なんだ。
なのに何でだ。何処から漏れたって言うんだ。
自然と目線が足元に下がる。
チャコールグレーのスラックスが歩く度に僅かに揺れた。
向こうの制服を着てるから目立つってのもあるのかな…早く新しい制服来ないかな…。
「……せいぎ、」
「!」
柄にもなくちょっと落ち込んでいると、名前を呼ばれ、振り返る。其処には上杉先生が相変わらず柔らかく微笑んで立っていた。
*****
「っかー!あんの髭狐、説教長ぇったらねぇぜ!」
午後一だった政経の授業中、全力で惰眠を貪っていたら、終業のチャイムと同時に担当の最上に「放課後教務室においで。玄米茶を御馳走しよう。」って呼び出されちまった。
何時もならンなモン無視してやるんだが、駐輪場に向かう途中、奴と出会すっつー凡ミスを犯し、みーっちり説教。今日は厄日か。確かに玄米茶は寄越したが
諄い説教垂れられちゃ溜まったもんじゃねぇ。
「……ま、グズグズ言っても仕方ねぇな。」
終わった事の何時までも引き摺るのは質じゃねぇ。右から左に聞き流しただけだし内容なんざこれっぽっちも覚えてねぇから、説教されたこと事態をさっさと忘れりゃそれでいい。ま、時間を無駄にしたことだけは悔やまれるがな。
そう思ってその辺の時計を見れば6:00を回っていた。教務室連行前に野郎共には今日は行けねぇから適当に解散するよう連絡を入れといたから駄弁るにしてももう皆いねぇだろう。
やることもねぇしゲーセンにでも寄って帰っか、なんて思いながら玄関へ爪先を向けると、もう一つの教務室の扉が開いて、他校の制服が頭を下げて出てきた。
「よう、誠騎じゃねぇか。」
「……ああ、長曾我部。」
其処に近付いて、声を掛ければ徐に、ゆっくりと顔を上げたが、何となく元気がない。
そう言やここんとこのこいつは初対面の時とかの覇気がねぇ様な気がするな。出会ってそう経ってる訳じゃねぇが、どうもこいつにこう言うちょいとばかり落ち込んだ様な空気は不似合いだと思う。
「アンタも呼び出しか?何やらかした。」
「お前と一緒にすんじゃねぇよ!上杉先生に学校慣れたかって聞かれてただけだよ。」
最上先生の説教後らしい長曾我部の問いに苦笑いを浮かべながら答えると、奴はへぇ、と興味なさげな反応を寄越す。
「ンなモン、寮で聞きゃ良いのにな。」
「丁度廊下で会ったからついでにって感じだろ。」
何となくそのまま並びながら玄関へ向かった。時間も時間だし長曾我部も帰るんだろう。
そう言えば、学校で先生以外と話すのは何か久し振りだな………うわ、やばい、それってぼっちじゃん…気付きたくなかった……。
「どうした?誠騎。」
「……いや、何でもない。ただちょっと知りたくなかった事実に気付いただけ。」
「なんだそりゃ。」
はっは、と気前良く笑う長曾我部につられて顔が緩む。こいつは何か不思議な奴だ。素行は確かに不良だけど、面倒見は良いし人の本質を見抜いて受け入れられる器の大きさがある気がする。そのせいか、気を使わないでいられるし任せても安心感があって一緒にいるのは嫌いじゃない。きっと同じ様に感じる奴が多いんだろうな、長曾我部の人脈というか人徳は出会って1週間程度の私でも解る。
「人脈………そうだ、」
「あん?何か言ったか?」
過ぎった思考に閃いた。
そうだ、長曾我部は顔が広い。あ、いや、見た目的なあれじゃなくて、慣用句だ慣用句!兎も角、長曾我部なら私が警備委員長やってた事をばらしたというか公開した奴を知ってるかもしれない!チアノーゼの竹中に遭遇した日には既に私が委員長だったのはみんな知ってるって言ってたし!
「なあ、長曾我部!」
「おう、どうした?」
「お前、前に言ってたじゃん、センジョで私が警備委員長やってたのは多分みんな知ってるって。」
「ああ、言ったな。」
「何でそうだと思ったんだ?」
「あ?何でってそりゃ……つーか、何だってんだいきなり。」
もうちょいで答えが引き出せそうだったのに、長曾我部は訝しげに顔を顰めと私を見下ろした。もうちょいで答えが引き出せそうだったのに!!何勿体ぶってんだ馬鹿野郎!!!さっさと教えてくれよ!!
とは言え口に出しては話が進みそうにないので、無難な相槌を打って問いに答える。
「オレが12期連続で警備委員長だったとか長曾我部を殴っただとか竹中を口で負かしただとかって噂……いや、事実だけど…そのせいで人が寄ってこないし近付かせてもらえない!」
「……友達ができねぇ、と。」
「う……直に言われると心が抉られる……いや、でもだ!でもこの事実って全校に知れ渡るような所でやってないし誰にも言ってないんだよ!長曾我部殴った時はお前の仲間居たけど、兄貴分の失態言い触らすような奴等じゃないだろ!?なのに皆知ってんだよ!」
「確かに野郎共はンな事ぁしねぇし、竹中ン時も周りにゃ俺しか居なかったな。」
「だろ?!警備委員でこの学校のナンパ野郎共とは顔合わせたことあっても、皆同じ格好だから誰が委員長だなんて分かんない筈なんだよ!!だけどみんな知ってんだよ!!」
「必死だな」
私の渾身の疑問に長曾我部はにやにやしながらそう言った。
畜生!他人事だと思いやがって!!
でもここは我慢だ誠騎!こいつを殴るのは発信源を特定してからでも遅くない!
「………で、何でだって考えたら誰かが私の知らないところで公開したとしか考えられなくてな、顔が広い長曾我部ならその誰かを知ってんじゃないかって。」
「成る程な。で、そいつ見付けてどうすんだ?」
「社会的に殺す。」
「えぐいなオイ!!知ってても教えねぇよ!!」
「冗談冗談。すれ違う度に一発殴る。卒業まで。」
「結構な執念だな………まあ、毎回殴るぐれぇなら大丈夫だと思うが。」
長曾我部は苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。
そりゃ執念深くもなる。私の新しい高校生活を邪魔した罪は重い。そう易々と許すもんか。
何だ彼だとそんな話をしながら歩いていたもんだから、何時の間にか生徒玄関に辿り着いていて靴を履き替える。地下足袋の長曾我部はそのままだけど、この学校は土足とか関係ないのかな…気になる……。
いや、そっちの言及は今度にしよう。今は私の高校生活を邪魔した罪人探しが先だ。
「で、誰かに心当たりあるのか?」
「心当たりっつーか、多分アレのせいだ。」
「アレ?」
玄関を出ながら訊ねると、すっと長曾我部が何かを指差す。
見遣ればそれは学生掲示板で、何やら色々貼ってある真ん中に大きく場所を取っている掲示物があった。近付くとそれは、
「学生新聞?」
「おう。うちの新聞部かなり出来が良いって評判でよ、ファンもいるくれぇだから、大体の奴等が目ェ通してんだ。先週の号外にアンタの事書かれたし、こいつが原因だろ。」
「何ぃ!!?」
確かに見ればきちんと纏まっているし文章も構成も面白い。ファンがいるってのも頷けるが、こんなもののネタに、しかも号外にされてちゃ、みんなが知ってて当然だろ!!!知らなかったわ畜生!!肖像権とかプライバシー云々で賠償金要求すれば良かったわ!!!
しかし、どうやって調べたって言うんだ。少なくとも取材は受けてないからどっかから聞き出したんだろう。それにしたって転校してすぐに其処まで調べられるのか?……この新聞もかなりタイムリーな内容だし、ここの新聞部は相当情報収集力に長けてるって事か…不用意な事できないじゃんか。
悔しいやら恨めしいやらで奥歯をぎりっと縛りながら目の前の新聞を見る。この春着任した先生の評価、今後の生徒会の動向の予想、図書館の新刊情報と司書のオススメ、部活別新入生の加入状況等々……どう考えても4月の2週目で把握できるような内容じゃない。うわ、すげぇ、各部注目の新入生とか書いてある…!!
この完成度で私も書かれたとなれば、人が寄り付かないのも頷けるな、と感心しながら隅々まで目を通すと左下に書いてある記者の名前が目に入る。
「かざまこたろう…?」
「ふうま、だ。しっかし、今週は風魔か。相変わらず卒のねぇ内容だな。図書館ネタも欠かさねぇし。」
その名を口に出せば、長曾我部に訂正された。
へぇ、風魔って書いてふうまって読むんだ、これ。変な名字だな、風魔だって。
ってそうじゃなくて!風魔小太郎、こいつに記事を書かれたのか…この完成度で………逆に見てみたくなったわ、その新聞。
「風魔小太郎か…」
「あ?…おい、誠騎、アンタの事書いたのは風魔の野郎じゃ、」
「あれ?鬼の旦那と……もしや成城誠騎ちゃん?!」
記者名から風魔が書いたと思い込んだらしい誠騎の誤解を解こう掛けた声が別の声で遮られた。別の声っつーかもうそれは例の号外を書いた張本人なのだが。呼ばれた方へと顔を向けりゃあ案の定。
「猿飛、」
「誰だ、お前。」
見ず知らずの奴に声を掛けられたからか、訝しげに睨んだ誠騎だったが、猿飛はお構いなしで、相変わらず胡散臭い笑顔を浮かべて喜んでいた。
「やっぱ誠騎ちゃんだ!いや〜俺様大感激〜!」
「……はぁ、そりゃどうも…」
こっちに来てから人が寄ってこないとか近付かせてもらえないとか言ってやがったから、友好的にも見える猿飛の態度に警戒していんのか、無難な相槌を打ちつつも一歩下がった誠騎。それでも一向に姿勢を崩さない猿飛に図太さっつーか情報への執着を見た気がした。
「俺様会いたかったんだよ、君に!情報収集してても、どうしても会えなかったから取材できなかったんだよねー。いやー、今日はサッカー部の練習長引いて良かった〜!」
「!!」
嬉しそうな猿飛と反対に、情報収集だとか取材だとかの言葉を聞いて、警戒心剥き出しだった誠騎の雰囲気が一瞬で変わったのが判る。こいつはアレだ、先週俺を殴ってきた時より遥かに鋭い気配だと思う。見れば怪訝に歪んでいたその表情は見る影もねぇくらい攻撃的になってやがった。
何か殺気を感じるのですが
眼力で殺せそうなくらいの迫力
「……おい、おま、」
「貴様が犯人かァァァァァァァァアアアアアアアア!!!!」
「えっ!?犯人って!!?えっ、えぇぇぇぇぇぇぇぇえええ!!!?」
【続け】
御題配布拝借→
ひよこ屋様