battle.11
開き直れば存外私は強かった。

号外記事で私の素性を暴いた猿飛佐助という犯人をボコボコにすると、幾重も被った猫を全部引っ剥がす事に抵抗がなくなったのだから、もう何も怖くない。
別にフラグじゃない。

今までだって結構粗暴だったかもしれないが、陰口に耳を塞いで後ろ指は見ないようにして出来きるだけ地味に生きていこうと思っていたのだが、もう関係ない。
もう何も怖くない。
だから別にフラグじゃない。

そう心に決めて寮に帰れば、奇しくも頼んでいた制服が届いていた。


―――翌日


「長曾我部ェェェェエエエエ!!!」

「がっ!!?」

気が向いたんで、朝一から珍しく授業を受けた訳だが、そんなんしてたら午後も参加しようっつー気は無くなる訳だ。つーわけで、フケようと昼休み早々心に決めて、昼飯の調達に廊下を歩いていたら、怒声と共に飛んできた堅い物が後頭部に直撃した。

「……ってぇなァ!!何処の何奴だ!?この俺に喧嘩を売るたぁ良い度胸じゃねぇか!!」

周りがざわつく中、勢い良く振り返ったが其処には誰もおらず、足元に真新しい内履きがあるだけで。靴飛ばして来やがったって事か、と理解して前方を見遣れば、長髪をひとつに結った女子が仁王立ちしていやがる。今時膝下丈のスカートに足を少しも露出しねえとは珍しいなと思ったが早いか、肩で風を切って近付いてきたのは、

「……何の真似だ、誠騎。」

「呼んでも止まらねぇお前が悪い。」

傍まで来た誠騎を睨んでやったが物ともせず、ちっと舌を打って睨み上げて来やがった。更に誠騎は足元に転がる靴を片足だけで器用に履き直している。
……確かに粗暴な奴だったが、こんな奴だったか…?言葉遣いが荒っぽいのは以前からだが、ここまで荒々しい態度だったか?だからっつって何だって訳じゃねぇが、何となく活き活きしているような気はする。

「で、何か用か?」

「そうそう、何か用だ。」

聞けば、睨むのを止めて誠騎は頷いた。本当にただ呼び止めるためだけに靴を投げたって事か。迷惑な話だな。

「長曾我部、これから昼飯の調達だろ?」

「ああ。」

「財布忘れたから、奢って。」

「………は?」

「いや、だから、財布忘れたから、私の分も買ってくれ、と言っている。」

「いやいやいや、そうじゃねぇよ!昼飯代貸せとかなら分かっけど、財布忘れたから奢れはねぇよ!!」

さも当たり前とでも言うように要求してきた誠騎に全力で否を示すと、不機嫌そうに顔を歪めてきた。

「なんだよケチ!奢ってくれたって良いじゃんかケチ!」

「…理不尽だな。」

「……じゃあ勝負は?昼飯代を賭けて。」

やれやれ、と言う風に肩を竦めた誠騎だが、何で此奴が仕方無いとか言ってんだか。賭けとか完全に俺が不利だろ…。不満はあるが、此処で口に出したら、今までになく理不尽な誠騎の事だからまた面倒になる。敢えて触れずに呑んでやるのが最良だ。

「私が勝ったら昼飯代奢って。」

「じゃあ、俺が勝ったら?」

「昼飯代返す。」

「やっぱりか!俺、得になんねぇじゃねぇか!」

「えー……じゃあ?」

「今は出してやるが、寮帰ったら俺の分も払え。」

「えぇ〜………それじゃあ五分五分じゃん。」

「本来、賭けってそう言うもんだろ。」

「うー……ん。じゃあそれで。」

渋々と肩を竦めるも首を縦に振る誠騎。不服そうではあったが、聞き分けの悪い奴じゃなくて助かった。

「…で、何で勝負すんだ?」

「鬼ごっこ!」

問えば自信満々に胸を張って誠騎は答えた。

「鬼ごっこォ?」

「そうだ!ルールは至って簡単、此処から購買通って屋上まで私が追うからお前は逃げろ。」

「購買で飯買えば良いのか?」

「おう。あ、私は焼きそばパンと牛乳。」

「わぁーった、わぁーった。」

「購買で飯買ってる分、こっちが有利になるから、ハンデ1分。勿論、私も必ず購買経由する。文句は?」

「ねぇな。」

「よし。じゃあ、勝負だ長曾我部!」

頷けば誠騎はニヤリと笑う。ハンデが1分もありゃあ購買寄って屋上なんざ余裕だ、そう思ったが口には出さねぇで、奴の掛け声と共に購買目指して俺は軽く駆け出す。しくじった、と考えを改めるのは、ほんの後少し先だとは微塵も思っちゃいなかった。



「捉えたぞ焼きそばパァァァァァァァァァァァン!!!!」

「!!おわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

購買で用を済ませ、屋上に向けて走り出した直後、鬼気迫る声に気付いて振り向けば、弾丸のような速さで猛進する誠騎がいるじゃねぇか。あまりの形相に思わずこっちも全力疾走を余儀なくされたが、つーか待て、俺がスタートしてから1分半ぐれぇしか経っちゃいねぇぞ!?

「あ!待てぇぇぇぇ焼きそばパァァァァァン!!」

「誰が待つか!!つーか速すぎねぇか!!?」

「ブワハハハハ!!!100m走11秒前半舐めるなぁぁぁぁ!!!」

「11秒前半ん!?高2女子の速さじゃねぇ!!聞いてねぇぞ!!」

「黙れぇ!勉強からっきしの私が此処に編入できたのはこの身体能力が全てだ!!!と言うわけで、はーははははははは!!観念しろ焼きそばパァァァァァン!!!!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

息も殆ど切らさずに高笑いしながら追い掛けてくる奴の速度ったら半端じゃねぇ。勿論俺だって走るのは遅かねぇ訳だから、この双方全力疾走は端から見たらどんな奇妙なモンかは想像に易い。昼休みで生徒が溢れる廊下に自然とコースが出来る程だった。

「待てぇぇぇぇぇえええ!!!」

「ちっ……!………お、」

一向に広がらない所かじわじわと縮まる距離に焦りを覚えた瞬間、前方に見えたのは赤い鉢巻きをした鳶色の毛。しめた、と目を凝らせば案の定胡散臭い新聞部も居やがる。

「おお!佐助、見よ!長曾我部殿が漲っておられるぞ!!」

「え?あ、本当だ。って後ろにいるのは誠騎ちゃんじゃん!いやー、ネタに事欠かない人がいるのはやっぱ良いな〜!」

騒ぎに気付いたらしい真田の大声の後、顔を覗かせにたりと顔を歪めた猿飛。奴には悪ぃが使わせてもらうぜ…!

「おい猿飛!」

「鬼の旦那、今回はどう……ってえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?

擦れ違い様に奴の首根っこを捕まえて後ろに向かって突き飛ばした。
誠騎は顔を合わせる度に殴ると言ってやがったんだ、こいつで足止め出来るに違ぇねぇ…!と思ったんだが考えが甘かったらしく

退けェェェェェェェェェ!!!パパラッチィィィィィィィィ!!!

減速する所か瞬間的に更に加速した誠騎は、踏み切って跳び上がり猿飛の胸座当たりに照準を定め、あろう事か蹴倒して奴を跳び越えやがった。

「ふぐぅッ!!?」

「さ、佐助ェェェェェェ!!!」

「嘘だろォォォォ!!?」

「待てェェェェェェェェェ焼きそばパァァァァァン!!!!」

猿飛を踏切板代わりにし更に加速する誠騎。真田の悲鳴が後ろ手に響く中、再び全力で追っ手から逃げる。

「お、…俺様とした……事が……」

「佐助ぇ!無事か!!」

「俺様と……した事が……絶好の…チャンスだったのに……」

「もう良い!!喋るな佐助ぇ!!」

「チャンス……だったのに……誠騎ちゃんの……パンツ見損ねた……」

「なっ!!!破廉恥であるァァァァァァ!!!!

「うがっ!!?」

留めを刺されたらしい猿飛の声を最後に聞き、俺は手摺でコーナリングして階段を駆け上がった。

「あ!テメッ!!」

ちょいどばかり意表を突いた動きに誠騎が僅かに後れを取る。階段なら足のリーチに差がある分俺の方が有利だ、この儘逃げ切る…!!筈だった。

「逃がすかァァァァァ!!!」

「なっ?!」

ブレーキを掛けず、近くの壁に両足を突き立て、そのまま壁を蹴る、つまり身体のバネだけで方向転換をしやがったから堪らねぇ。着地の前にくるりと器用に宙返りして何事もなかったかのように、折角離せた距離をきっちり戻して追い掛けてきやがった。
冗談じゃねぇ!!
どういう身体能力してんだよあいつァ!!!

「あんた人間か本当に!!?」

「失礼だぞ!!!どっからどう見ても普通の女子高生だろうがッ!!!」

「普通じゃねぇよ!全国の女子高生に謝れ!!」

あーだこーだと言い合いながら全力で只管に屋上を目指す。あと2階、あと1階…!!
流石の誠騎も全力で5層階の階段ダッシュは中々疲れたらしく、若干息が上がってやがる。この分なら、追い付かれやしねぇだろう。

最後の踊場を曲がり、目前に屋上の扉が見えた、その時。

「っく……うわぁ…!?」

「!」

ずっ、と靴裏のゴムが滑る音と間の抜けた声に反射的に振り返れば、段を踏み外したのか、誠騎が前のめりにすっ転びそうになってやがる。地面は階段だ、顔面殴打じゃ済むわけがねぇ…!

「誠騎!」

思ったが早いか、バランスをとろうと前に延ばされていた奴の二の腕を掴んで力任せに引き寄せる。

「わっ!!?」

「うおっ?!」

思いの外誠騎が軽く(あんだけの身体能力だから男並にあると思っても仕方ねぇだろ)、奴を引き寄せたまま勢い余って仰向けにすっ転び、屋上の扉に頭を打ち付ける羽目になった。

「がっ!!?」

がつん、と階段に音が響く。

「……つっ〜……てぇ…」

長曾我部はオレを引っ張ったまま後ろに転けたので、奴の胸にぶつかる状態になったのだが、頭上から聞こえた苦悶の声に顔を上げた。うわ、すげぇ痛そう、眉間の皺が半端ない。

「わ、あ、わ、悪い…!」

慌てて身体を起こして離れる。体重を掛けては益々悪ぃだろうから、奴の身体を挟む様に手と膝を床に付いたのだが、タイミングが悪かった。

「あっれ〜?誠騎も屋上で昼め……し……」

聞き慣れた声にハッとして振り向けば、黄色のド派手なYシャツが隻眼の短ランと学ラン着たヤクザ(顔)を連れてぽかんとアホ面をしているじゃないか。

「慶次…!」

「…あ?」

私の声に首を擡げた長曾我部が肩越しに顰めた顔を覗かせると、隻眼がヒュウ、と口笛を吹いた。

「昼間っから随分pussionateじゃねぇか、西海の鬼。」

「場を弁えろ、校内だぞ。」

「おいおい、政宗も右目の兄さんも、野暮な事は言うもんじゃないって〜。」

隻眼の言うぱっしょねーとが何だか解らなかったが、慶次のあのニヤニヤには覚えがある。あれだ、街で初めて会った時に同じ顔で笑ってやがった。となると慶次御得意のあれで勝手に解釈したっつー訳でだな、あの野郎…!



俺に跨がるっつーアレな状態の誠騎からぎっと歯を縛る音が聞こえた。

「じゃあ、俺達はこれで消えるからさ!後は、」

やべぇな、と俺が思うより早く俺の上から重さが消えて、ダンッと床を蹴る音が階段に響く。
人間何もなしであんなに跳べるもんかよ、ってぐれぇ高く跳んだ誠騎はくるりと宙返りをして、その場を去ろうとする3人の前に立ちはだかったらしい。着地の音の後に独眼竜の口笛が聞こえた。

「……記憶が飛ぶまで殴る。」

「え?」

「あ?」

「Ha!面白ぇ!やってみぐはっ!!?

ばきばきと指の鳴る音の後、煽ろうとしたであろう独眼竜の潰れた声が響き、一方的な大乱闘がおっ始まったのは言うまでもねぇ。





有言実行が彼女のポリシー

「ま、政宗様ァァァァァァァァァ!!!!」

「ちょ!元親ぁぁぁ!!助けてェェェ!!!」

「悪ぃな、巻き添え食うのは御免だぜ。」



【続け】


御題配布拝借→ひよこ屋

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