battle.13
世間知らずの爆裂暴走占い少女、鶴姫ちゃんと知り合ってからというもの、どうも彼女に懐かれた。曰く、素敵な王子様と一緒にいれば宵闇の羽の方が少し気にしてくださるかもしれません!押して駄目なら引いてみろ!です!!との事。
いやいや、王子様って私一応女なんだけども、果たしてその作戦で大丈夫なんだろうか。

そんなことがあったのだが、まあそれ以外は恙無く楽しい高校生活を満喫し始めた5月も半ば。そろそろ中間テストなんて嫌な時期になってきたな、なんて思いながらこのひと月半授業をほぼ寝過していた己を呪いつつ登校していると何時ものようにきらきらを撒き散らしながら校門前で鶴姫ちゃんが手を振っているのが見えた。

「御早よう御座いまぁーす!誠騎ねえさまぁー!!」

「おはよー、鶴姫ちゃん。」

原チャを降りて手を振り返すと待ってりゃいいのに態々駆け寄ってきてぺこりと頭を下げる鶴姫ちゃん。
本当にこの娘はあの変な暴走さえしなければ可愛いのに勿体無い。

「誠騎ねえさま!今日は御一人何ですね!?」

「え?…ああ、長曾我部は今日一緒じゃねーよ?」

「やりました!今日はねえさま独り占めです!二人っきりならきっと宵闇の羽の方が嫉妬してくださる筈です!」

「…はあ…」

ぐっと両手を握ってにっこり笑った鶴姫ちゃんは完璧です☆と宣うた。
女生徒が二人で歩いてて誰が嫉妬するって言うんだろうか。宵闇の羽の方とやらも大変な奴に惚れられたもんだ。小動物に懐かれているみたいで悪い気はしないんだが、こう世間擦れしてないせいかたまに可笑しな解釈とかするから、この娘は。

「いっつもあの不良さんと一緒なんですから誠騎ねえさまは!…はっ!まさか仲良しって事はないですよね!?」

「うーん、仲良しってか仲間ってか…」

ぷうっと頬を膨らませてからオーバーリアクションでそんなことを言った鶴姫ちゃんになんて答えればいいものかと首を傾げる。
クラスも一緒で席も隣、寮も一緒、通学手段も一緒でおまけに部活も入ってない同士って事で何かと顔を合わせる機会が多い長曾我部。仲が良いと言えば良い様な気もするが、奴は誰に対してもそんなもんだって言う気もする訳で。

「…!!!ま、まままさか!ねえさまは不良さんと御付き合いしているとか…!!?」

「それはないわー。」

答え倦ねて言葉に詰まれば、可笑しな妄想をしだした鶴姫ちゃんの発言を苦笑いで否定する。それだけはないってことは知っている。流石に発展しすぎだぞ、鶴姫ちゃん。
良かったです!とか言いながら、ちょっとだけ残念そうに肩を落とした彼女はやはり女子高生らしく恋の話の一つや二つしたかったんだろう。申し訳ないが私の場合はそういうのは全然…ああ、いや、ちょっと特殊な奴はあったけど御所望じゃないだろうし、とにかく相手をしてあげられない事に罪悪感を覚えた。
かすがだったらきっと良い話相手になるんだろうな…いや、無理か、謙信先生が一番!とか言って人の話は聞かない気がする。

そんな事を考えながら、鶴姫ちゃんの宵闇の羽の方トークを右から左に聞き流して玄関前まで向かった。原チャを停めるため、駐輪場に行くのだが、長曾我部の舎弟達が居る訳で鶴姫ちゃんと遭遇させると面倒だから、先に教室に行くように促したが、待ってます!とにっこり笑われたら断れない。
手早く駐車し、長曾我部の舎弟達と挨拶を交わして戻れば、鶴姫ちゃんは赤紫の長ランと対峙していた。

「出ましたね不良さん!!誠騎ねえさまは今駐輪場にバイクを停めに行きましたが、今日こそはわたし一人でもバシッ☆とやっつけちゃいます!!」

「何だ、鶴の字、誠騎と一緒じゃねぇのか。」

じゃあ良いわ、と片手を上げて踵を返そうとした長曾我部だったが、御自慢の長ランの裾を引っ掴まれてその動きを封じられる。

「あんだよ、鶴の字!」

「逃げる気ですか!?」

「ちげーよ!あんたに用はねぇんだよ!」

「ダメです!誠騎ねえさまがいないこの状況でわたしがピンチになれば宵闇の羽の方が助けに来てくださるんですから、わたしに絡みなさい!!」

「はあ!?」

学園の番長が小娘に絡んでくれと頼まれている可笑しな光景は誰が見たって滑稽だろう。ついついにやにやしてしまう。
…そういえばあの後知ったのだが、長曾我部と鶴姫ちゃんは実家が御近所さんらしい。箱入り娘の鶴姫ちゃんと会ったのは中学くらいだから幼馴染みとまではいかないが、地元でも名を馳せていた不良の長曾我部をやっつけようと躍起になっているとか何とか。
そんな相手に絡めと頼むくらい鶴姫ちゃんは宵闇の羽の方の気を引きたいらしい。宵闇の羽の方、本当に御苦労さんだわ。

「長曾我部ー、」

「あ?おー、誠騎。探したぜ。」

鶴姫ちゃんが長ランにしがみついて、いよいよ長曾我部が困った顔を浮かべたので、傍観をやめて声をかけた。振り返った長曾我部は大きく溜息を吐き、早く来いという風にオレを手招く。

「これ何とかしてくれ。」

「おーい、鶴姫ちゃん、異国の王子様っぽいのが来たから宵闇の羽の方はもう来ないぞー。」

「ああ!誠騎ねえさま!」

怖かったです!と身を翻してオレに寄り添った鶴姫ちゃん。

「んだよ、テメェから仕掛けてきて随分無体じゃねぇか。」

「そう言うな。女の子の我儘には付き合ってやるもんだ。」

「どこの紳士だアンタ…。」

呆れたように頭を掻く長曾我部に私の背中に隠れながら鶴姫ちゃんはべーっと舌を出している。ほんとに可愛いな。
まあ、それは置いといて、だ。私に何かあるらしい長曾我部に向き直って用件を訊く。

「で、長曾我部。私に用って?」

「ああ、そうだそうだ。上杉が昼休みに面貸せとよ。」

「上杉先生が?解った。」

「確かに伝えたぜ。」

「まあ待て、長曾我部。」

頷けばそう言って、じゃーな、と片手を上げそそくさと踵を返すと、駐輪場に向かう長曾我部。その長ランの裾を今度は私が掴む。

「あ?」

「じゃーな、じゃねーな。授業。」

「……。」

僅かに振り返った奴にそう言えばふいっと目を反らされた。
野郎、フケる気だな。最近、授業に出てねぇし、一緒に登校してきても校門前で鶴姫ちゃんといざこざやってる内にどっか行ってるし、テストも近いし、そろそろ授業に引っ張ってこねぇと上杉先生に「もとちかのようすはどうですか?」って聞かれた時に困ると思っていた所だ。恐らく昼の呼び出しはそれだろう。折角久し振りに登校が被ったんだ、逃がしてなるものか!
長ランを掴んでない方の手を奴の首に巻き付いている鎖へ伸ばして引っ掴み、引き寄せた。

「一限、現代文だぞ。」

「…教科書忘れたな。」

「水臭いな、見せてやるよ。」

「あんたの世話にはなんねぇ。」

「遠慮するな。」

額が付くか付かないか、それくらいの距離で隻眼を睨むが、なかなかどうして、長曾我部にはオレの眼付けが効かない。
頭一個分違う背をされるが儘に屈めてオレを見返してくる隻眼も表情もしれっとしている、てか寧ろ少し楽しそうだ。
何だ悔しいな。腹が立つ。
不機嫌を隠しきれず、眉間に皺を寄せると同時に聞いた事があるような口笛が耳に入った。

「朝から随分だな、西海の鬼。」

「政宗様、御自ら関わる必要はないと、」

「黙ってろ、小十郎。」

低い声が続いて、その方へ目を遣れば隻眼の短ランとヤクザ(顔)。何か見た事ある気がするが、そうそう会わない野郎の顔はうっかり忘れてしまうので誰だか分からない。
一方で屈んだ背筋を伸ばした長曾我部はその隻眼に顔を向けて悪い顔して笑った。

「また伸されるぞ、独眼竜。」

「Ha!同じ轍は踏まねぇよ。」

「おい、長曾我部。誰だあいつ。」

会話の節から知り合いらしいので、脈絡もくそもないが鎖を引いて訊ねる。
すると長曾我部のみならず短ランの方の隻眼もヤクザ(顔)までも意外そうと言うか「こいつ何言ってんの?」みたいな顔をしているではないか。
何だ失礼だな。教えてくれないなら鶴姫ちゃんに聞いてやる。
しかしくるりと振り返るとそこに鶴姫ちゃんはいなかった。何処に行ったと顔を上げると、生徒玄関の奥で昭和の学生みたいな出で立ちの長身に向かってハートをばら撒いているではないか。成程、あれが宵闇の羽の方か…あ、逃げられた………って今それどーでもいいわ!!

何処ぞのヒロイン宜しく、崩れ落ちて手を伸ばす鶴姫ちゃんは恐らく戻ってこないだろうから当てにならないので、視線を戻して依然「こいつ何言ってんの?」顔の長曾我部の鎖を持つ手を一度捻って引っ張る。

「聞いてんのか、こら。」

「ぐっ…!?お…おうよ…。」

必然締まった首に漸く奴は返事をした。

「誰だあいつ。」

「覚えてねぇのか?」

「知らない顔だ。」

「マジのやつか。」

忘れるか、あの顔?と苦笑いを寄越して横目を短ラン隻眼とヤクザ(顔)に遣るったので、倣ってもう一度奴らを見てみる。
刀の鍔みたいな形をした眼帯を着ける右目が一見すると中二病っぽい奴と撫で付けオールバックで左頬に傷痕があるって学ラン着てるのが不自然な奴。
成る程、確かに。此処が普通の学校ならば忘れられないだろう。だが毎日赤紫の長ランやら黄色いド派手なYシャツやらブレザー制服の中で唯一のセーラー服やらを見ていると別に其処まで強烈ではないような気がしてくる。だってちゃんと黒い学ラン着てるし。故にやっぱり覚えてないし思い出せそうにない。
感覚麻痺ってきてるなぁ、なんて思いながら、解らん、と返事をすると長曾我部はまた苦笑した。

「だとよ、独眼竜。」

「ちっ、人の事殴るだけ殴っといて何て奴だ。」

苦虫を噛み潰したみたいな短ランに首を傾げる。殴る?殴った事がある相手か。とは言え人を殴るなんて日常茶飯事だしな…取り敢えず直近、こっちに来てから殴ったのは、えっと…長曾我部の舎弟と長曾我部とパパラッチと慶次とフランスパンと長曾我部……あれ?何か足りない気がしてきた。慶次と一緒に何人か殴った気がする…。

ぼんやりとした記憶を辿っていれば何時の間にか近くまで来ていた短ランとヤクザ(顔)。
これが普通の女子なら柄の悪い野郎三人に囲まれていると言う風紀的にあまり宜しくない状況なのだが、生憎と私の場合、長曾我部やヤクザ(顔)には劣るが、短ランとは同じかそこらの立っ端であって見下ろされるばかりではなくあまり危機的状況には見えないだろう。道行く生徒も特に気にしてなかった。

「俺の顔を忘れるとは、良い度胸だな。」

「褒めても何も出ないぞ。」

「いや、褒められてねぇぞ。」

「……やれやれ。」

皮肉っぽく笑う短ランにそう返すと、長曾我部とヤクザ(顔)にがっかりされる。なんだよ、失礼だな。

「女、覚えてねぇとは言わせねぇぞ。テメェはあの日屋上前の踊場で、この小十郎だけに止まらず政宗様にも手を上げた。その罪は重い。」

「いや、んな事言われてもアンタも覚えてないし………ん?屋上前の踊場?」

その言葉にふと情景が蘇る。
例の逆鬼ごっこの最後、そう言えばあの時、慶次は1人じゃなかった。ぼやぼやする記憶の中にいる慶次が連れてきた2人、今一度目の前の短ランとヤクザ(顔)に目を遣れば、すんなりとそのぼやぼやに一致したじゃないか。

「……ああ、あん時の。」

「Ha!やっと思い出したか!あの時は邪魔して悪かったな!」

漸く合点がいったオレに対して、短ランはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた。
おい、待てよ。邪魔して悪かっただと?記憶を無くすまで殴ると誓ったのに、私が無くしてこいつ等は覚えてやがるって事か。どう言う事だ、けしからん。

「中々良いpunchだったが、俺がやられっぱなしって訳にわ゙ッ!!?

自棄に上から目線ですかした態度の短ランの頭を正面から鷲掴みにして言葉を遮った。だって記憶が飛ぶまで殴ると言ったのだから、こいつの頭からあの記憶が飛んでもらわなければ困る。有言実行が私のポリシー。

「言った筈だ、記憶が飛ぶまで殴る、と。」

「政宗様!!」

「Don't worry,心配すんな。」

ハッと身を乗り出したヤクザ(顔)を制して短ランは奴の頭を掴むオレの手首を握った。

「そう何度も殴れると思うな、girl!」

「む、」

そう言って空いている方の拳を振った短ラン。
奴の頭と長曾我部の鎖を持っている訳で防ぐ事は出来そうにない。となればやる事は簡単で、掴んだ頭と長曾我部を引き寄せながら腰を落とす。

「Shit!」

「っな!?」

完全に巻き添えを食っただけの長曾我部には申し訳ないが、そのまま転んでもらうとして、此方に揺らいだ短ランの足を払い、地に背を付ければ、奴は覆い被さるように倒れてくる。丁度真上にその身が被さった時に奴の頭から手を放し、その腹部を蹴り上げた。

「ぐ…!?」

「政宗様!!」

鳩尾は外したが、それなりにダメージを与えられたらしく、力が緩んだ奴の手を振り払えば、吹っ飛ぶ短ラン。ヤクザ(顔)は血相を変えて落下点に駆けるが、短ランは腹を押さえていたものの事も無げに着地していた。
なかなかやるな。
と思ったと同時に視界に陰が掛かった。

「っとに誠騎!ふざけんじゃねぇ!」

完全な巻き添えの長曾我部は、膝を突きながらもオレの頭を挟む様に手を伸ばしたことで転倒は免れたらしく、覆われた状態の俺を見下ろして顔を歪める。

「あー、悪い。」

「悪い、で済むか。」

へらっと笑って謝罪すれば心底呆れたみたいな舌打されたので取り敢えず長曾我部の鎖を放した。ぶつくさ文句を垂れながら立ち上がった長曾我部にオレも半身起こせば、吹っ飛んだ短ランとヤクザ(顔)と目が合う。此方へ歩いてくる奴らに合わせて立ち上がると、短ランは奴なりに清々しい顔でこう言った。

「Ha!やるじゃねぇか!あんた、名は?」

「成城誠騎。」

「成城誠騎か、覚えたぜ。俺は伊達政宗だ。こっちは片倉小十郎。二度と忘れんなよ。」

「頑張ろう。誠騎と読んでくれて構わない」

「Reject!断る。旧知じゃねぇ奴を名前で呼ぶ趣味はねぇ!」

「そんなら無理にとは言わないが、名字で呼ばれても反応しないからな。」

「No problem!問題無い。full nameで呼ぶからな。」

「めんどくせぇな、お前。」

節々に妙に癖のある発音の英語を使う短ラン、基、伊達にげんなりして肩を落とすと、奴の隣のヤクザ(顔)、基、片倉が言うてくれるな、と小さく呟き首を横に振る。
苦労してるんだな、此の人。

「成城誠騎!次に会う時は俺が勝つ!Be made up your mind!」

「日本語喋れ。」

何故か自信満々で上から目線の伊達は謎の英文を残し、高らかに笑いながら片倉と共に去っていった。変な奴だ、とその背を見送るその先に平々凡々な女生徒。

「Hey!!Morning,my angel!」

「うわぁ!伊達君!?」

「ちょっと竜の旦那!朝から俺様の可愛い従妹に何すんのさ!!」

「政宗様!御自重召されよ!」

「破廉恥で御座るぅぅぅぅ!!」

少し離れた所で起こる一悶着に、やっぱり伊達は変な奴なんだと確信しつつ、長曾我部を引き連れて教室に向かおうと思ったのだが、さっきまでそこにいた筈の奴は忽然と姿を消していた。

「!?……野郎!逃げやがった…!!?」

あまりにも伊達が変なせいで居なくなったのに気付かなかった…!恐らくは駐輪場だが、嗚呼無情、予鈴が鳴りはじめる。
まずいぞ、昼休み上杉先生に出来る報告がなくなっちまう…!!

「………っ、くそっ!」

本鈴まであと5分。全力で走れば何とか間に合う…!!!
響く予鈴の中、赤紫の長ランを探してオレは走り出した。




逃すか、今日の報告題材!
「長曾我部ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「うわ!!もう来やがった!!」

第2回逆鬼ごっこ勃発で結局遅刻しました。



【続け】

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