battle.14
「御頼み申す!!成城誠騎殿は此方にいらっしゃるか!!?」

「んー?」

中間テストが終わったその日の放課後。クラスの女子に皆でカラオケに行こうとかって誘われている時、教室後方の戸が滑って名を呼ばれた。
振り返ると、そこに居たのは鳶色の髪に赤い鉢巻を巻いた柴犬みたいな男子とパパラッチの猿ナントカ。

「えっ!真田君?!」

「サナダ?」

「誠騎ちゃん知り合い?」

「いいや?」

「猿飛先輩もいる!」

集まっていた女子達がきゃあきゃあと騒ぎ出す。オレはと言えば聞き覚えの無い声に首を傾げたのだが、女子御得意のありもしない焚き付けに背中を押されて柴犬とパパラッチの…猿飛先輩というらしい、方へ向かわされた。

「成城誠騎は私だけど、猿飛先輩、一発殴らせろ。」

「えぇっ!?鬼の旦那が言ってた会う度殴るって本気なの!!?」

ぐっと拳を握れば柴犬の影に隠れた猿飛先輩。状況を飲み込めないらしい柴犬は不思議そうに首を傾げていたが、オレに向き直り恭しく頭を下げた。

「何があったか知らぬが、佐助が無礼をはたらいたのなら謝ろう。失礼仕った。」

「え?あ、いや、そこまでされる程じゃ…」

「否、身内に非があるのならば詫びねばなるまい。」

「……ああ、そう、別に良いけども。」

うわぁ、この御時世なんて義理堅い…!本当に高校生なんだろうか、この柴犬は。何か喋り方も武士っぽいし。
とは言え、ここまでされては何だか調子が狂う。礼儀正しいと言うか何と言うか、この学校に来て初めての対応だ。つーか柴犬じゃなくて猿飛先輩が謝るべきじゃないのだろうか……まあ、いいか。

「……で、兎に角それは良いとして…私に何か用?」

「ああ、そうで御座った。某、兼ねてより誠騎殿の御噂拝聴しておったのだが、先日政宗殿との一戦を耳にし、居ても立っても居れずに参上仕った次第で御座る。」

何となく居たたまれず話題を変えると、柴犬は目を輝かせながらそう言った。
政宗って確か伊達の名前だっけ?あいつとの一戦って何時の喧嘩だろう?あの玄関前の攻防から週に二回くらい喧嘩はしてるけど。ちなみに戦績は常勝無敗とはいかず五分だが、中々刺激的な高校生活が送れて楽しい。
だが、それを聞いたからってこの柴犬は何をするって言うんだ。

「伊達との喧嘩がどうしたって?」

「うむ。誠騎殿と幾度か対峙した政宗殿曰わく、そなたを中々の手練れだとか。」

「茶化してやがんな伊達の野郎…覚えてろよ……。そんで?」

「そこで、我が好敵手である政宗殿が一目置かれている誠騎殿とは某も是非一度御手合わせ願いたく、此度こうして御伺いを立てに参ったので御座る!」

「手合わせぇ!?」

溌剌とした柴犬の答えについ声が裏返る。
手合わせって、私と伊達がやってんのは喧嘩であって、手合わせなんて高尚なモンじゃないし、仮にこの柴犬の言う手合わせが喧嘩を指しているとしても、こんな如何にも善良そうな奴からの喧嘩なんて特売でも買わないけど!!?だってこっちが悪者扱いされんの請け合いだもん!
伊達とか長曾我部はほら、見るからに不良そうだから良いんだけども!

「さ、流石に喧嘩は…」

「なれば、正々堂々とすぽーつでの勝負をお願いしとう御座る!」

身を乗り出した柴犬にその分だけ後退る。何が何でも勝負したいらしいのはやはり伊達が好敵手だから謎の対抗意識があるからなのか。でもまあ、殴り合いよりは良いような気がするな。幸いスポーツなら全般的に得意だし。

「まあ、スポーツなら。」

「おお!忝ない!武田先生も誠騎殿の運動神経を褒めて居られた故、某も全力で御相手いたす!」

頷けば、柴犬は嬉しそうに拳を握った。ありもしないのだが、尻尾を全力で振っているように見える。何か可愛い奴だな、柴犬。そんな失礼な事を考えながら今一度頷いて対決の詳細を訊ねる。

「種目は?」

「某はサッカー部故に少々卑怯かもしれぬのだが、ぴいけい戦を申し込みたい。如何だろうか?」

「PK戦だな?いいよ。サッカーなら前の学校で割と助っ人してたから別にペナルティもいらないし。」

「おお!それは幸いで御座る!某、手加減は苦手故、有り難い!」

「うん、そんな感じがするわ。」

「お恥ずかしい限りで御座る。なれば、週明けて月曜の放課後17:30、ぐらうんどにて御待ち申す。」

「分かった。」

「忝ない。ごーるきーぱーも我が部の者で申し訳ないが、この猿飛佐助が公正に……はっ!」

頭を下げた柴犬は後ろに隠れた猿飛先輩を指して言い掛けたが、何かに気付いた様に言葉を止めた。名前は佐助って言うのか見てくれに似合わずレトロだな、と呑気に考えていた私はそれに首を傾げる。

「どうした?」

「面目御座らん、誠騎殿!某未だ名を名乗って居らなんだ。」

「あー、そう言えば。」

あまりにも柴犬がしっくり来ていて忘れていた。確かに名前を聞いてない。
失礼仕った、と頭を下げてから柴犬は此方を真っ直ぐ見据える。

「申し遅れたが某、2年1組の真田幸村と申す!以後見知り置いてくだされ。」

「おー。私は成城誠騎だ。」

宜しく、と言わんばかりに差し出された手を握り返すと柴犬、基、真田は満足げに頷いた。
しかし、同学年とは。元気だから1年生かと思ったが、そうか、2-1か。

「1組だとかすがと同じクラスだな。」

「なんと!かすが殿の御友人であったか!かすが殿に佐助の他、男児の御友人があったとは存じ上げなかった。」

「そうそう………ん?」

人好きのする笑顔、と言うかその言葉に違和感を覚えた。
かすがの男児の友人って……もしやオレの事?

「む?如何された、誠騎殿?」

「……いや、男児って…」

「む?」

どうも間違いじゃないらしい。真田はオレを男だと勘違いしている。
制服もスカートだし、間違われる事はないと思ったんだけど、真田は見るからに真っ直ぐで融通効かなそうだから伊達と喧嘩してるっつー話だけ聞いて男だと思い込んでいるんだろうか。
いや、あんな奴と喧嘩してるってなったら間違われても仕方ないっちゃ仕方ないけども。
しかし、何だ。ばつが悪いぞ。間違われた儘ではなんか申し訳ない気もするし、ここはひとつ訂正を試みよう。

「あのな、真田、」

「如何された?」

「いや、私な、デカいし、こんなんだし、こんな喋りだけど、……男児……ではないんだわ…」

「……?」

「女なんだわ。」

「……、………な、ななななっ!!?」

ぼかした言い回しに首を傾げられたので、端的にそう告げると真田は何度か瞬きを繰り返した後、見る間に顔を真っ赤にした。
しかも、握手をしたままの手に汗が滲んで小刻みに震えているじゃないか。
何だ、何なんだ。どうしたって言うんだ。

「さ、真田?」

「は、は、破廉恥で御座るっ!!!!」

「うわぁっ!?」

その顔色を窺ったと同時に力一杯手を振り払われた。
心外だとか失礼だとか感じる間も無いその変貌振りには驚く他に何も出来ない。混乱に近い思考に今度はこっちが目を瞬かせる番で。
しかし真正面、火を噴きそうな程真っ赤な顔をした真田はそんな私など比にならない程混乱しているらしく、奴の背後の猿飛先輩に勢いよく振り返ってこう言った。

「誠騎殿はお、おおお女子で御座ったのか?!!どういう事だ佐助ぇ!!?」

「えぇ!!?俺様最初に言ったよね!!?誠騎ちゃんは女の子だって言ったよね!!?」

「き、聞いて居らぬぞ!!」

「いやいやいやいや!言ったよ!?女の子だよって俺様言ったのに、強きを前に些末な事に御座る!とか言ったの旦那じゃん!!!」

突然怒鳴られて、と言うよりも怒鳴られた内容に面を食らう猿飛先輩。聞いておらぬ!言ったでしょ!の不毛な言い争いの真相は分からないが、個人的にこの話が進まないと帰るに帰れないから困る。

「なあ、真田。」

「!も、申し訳御座らん、誠騎殿!某、女子とは知らずに勝負などと…!この話は、」

声を掛ければ居住まいを正した真田は勝負の取り消しをしようとしているようだった。
おっとこれは男女差別か?真田自身はそのつもりは無いんだろうが、性別だけでそう決められるのは癪に障るじゃないか。
なので、なかった事に、と続きそうな言葉を遮る。

「いや、悪いんだが買った勝負の払い戻しをする気はないんだわ。女だからって遠慮も手加減もいらないよ。」

「しかし、」

「侮るなよ。女相手ってのに気が引けるなら、女だって思わせないでやるよ。ちょっと付いてきな。」

歯切れの悪い真田ににやりと悪い笑みを向けると、その顔が少し目覚めた様なものに変わる。
クラスの女子の御誘いを丁重に断って、オレは真田と草臥れたげな猿飛先輩を引き連れて教室を後にした。




キジが居たら完璧だった。

「ふ〜んふふふふん♪ふふふふふ〜ん♪」

「……誠騎ちゃん、失礼な事考えてるでしょ。」

「いいや?」

「絶対嘘だ。」



【続け】

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