battle.15
「せめて体操着を!!!体操着を着てくだされ!!!」

かったるい定期テストを終え、結果は兎に角野郎共と打ち上げの会議をしながら駐輪場に向かう折り、グラウンドの方から真田とおぼしき悲鳴が聞こえた。

「何やってんだ?」

何事かと渡り廊下から覗いてみれば高く揺ったポニーテールを靡かせて、スカートを翻しながらサッカーボールを蹴りつける女子生徒。ありゃもう間違いねぇな。

「くらえ必勝!……えーっと、トルネードスピン‼」

「それはタイムショック!」

叫んで蹴り出したボールを猿飛がカットしに飛び出すがゴールポストに当たって弾かれる。トルネードスピン、なんて言うくらいだから回転のかかったボールが跳ね返ってこちらに向かって飛んでくるじゃねぇか。おいおいマジかよ。まあ、玉足は速いが捕捉できない程じゃねぇんだが。被弾する前に右足を振りかぶる。

「オラァッ!!」

バシッと軽やかな音と伴にボールは軌道を変えた。我ながら見事に弾き返してやったと得意になれば周りの野郎共が歓声をあげる。それにちっとイイ気になっちまったんだ。

「げっ」

「誠騎!!」

被弾から対象を守ろうとしたのだろう。誠騎が割とすぐ傍まで来ているじゃねぇか。ボールに集中し過ぎて気付かなかった…!
蹴り返したボールは前よりも速度は増しているわ近距離だわで俺が、誠騎が動くよりも速い。避けようと身を捩るも虚しく、奴はそれを顔面のほぼ真正面で受け止めることになったのだった。

*****

心地よい揺れ。
胸から伝わる温かさ。
ふわふわゆらゆらした微睡みの中、ぼんやり、ゆっくりと意識が舞い戻って来る。
確か、反れたサッカーボールを追って渡り廊下の方へ駆け出して、それから……

「んぅ……」

「…あ?起きたか?」

じわじわとオデコの辺りに広がる痛みに呻くと前方から声が掛かる。徐々に覚醒する意識に瞼を上げれば頬を掠める銀色の鬣。

「……ジャングル大帝?」

「誰が白いライオンだ、誰が。」

否、髪の毛だったようだ。
ツンツンと跳ねている割に柔らかい肌触りのそれは不服そうに言う。
聞き馴染みがあるとは言い難いがそれなりに耳に慣れたこの不貞腐れた声は長曾我部のだ。そしてこの距離と視界から察するに私は今、長曾我部に背負われている事が分かる。

「……何だこの状況?」

「覚えてねぇのか?」

「うん。」

「俺が蹴り返したボールを顔面で受け止めて気ィ失っちまったのよ、アンタ。気付かなかったとは言え、すまねぇ事したな。」

はぁ、と大袈裟に溜め息を吐いた後に続いた説明と謝罪にぼんやりとした記憶を引き出された。
そうだ、真田とPK勝負をする為、私の実力を見せ付けんと蹴ったボールが渡り廊下の方に飛んでって、人影が見えたから反射的に追いかけたんだっけ。それで、追い付きそうな所で跳ね返ってきて……

「……あー」

「思い出したか?」

少し振り向く長曾我部に軽く頷く。
視界一杯サッカーボールに埋め尽くされた後の記憶が抜けているし、オデコと鼻っ面が痛いことから察するに、ボールで顔面強打して脳震盪といったところか。

「だっさ」

「あ?」

「いや、だって脳震盪だろう?」

「保険医の話じゃな。」

「ださいじゃん。」

「仕方ねぇだろ、顔面直撃じゃあよ。」

「それはそれで避けらんなかったの悔しい。」

「あの距離じゃ誰だろうと無理だと思うがな。」

「理屈は良いんだよ!悔しいもんは悔しいの!」

「はっは!めんどくせぇなァ。」

背中で管を巻く私に呆れた様でいても気前よく笑いながら長曾我部は言った。
こう言う扱い、した事はあってもされた事はあまりない。そもそもおんぶされるのさえ久し振りな気がする。ふと、そう気付くと何だか急に恥ずかしくなってきた。

「……ありがと、もう自分で歩けるよ。」

「あぁ?何だよ今更。」

「いや、なんか、悪いし…」

「らしくねぇな。気にすんな。」

「……」

畜生親分肌!察してくれよ!!!
恥ずかしいから下ろしてほしいなんて恥ずかしくて言えないっての!察してくれよ!!!
そう念じていたせいか、伝わらない真意に押し黙ったせいか分からないが、不意に長曾我部は私に声を掛けてきた。

「まさか、恥ずかしいとかじゃねぇよな?」

「!?」

察してくれとは思ったが、誰が口に出すと思っただろう。図星を射られて身体は強張るし、顔に熱が一気に集まってきた。すると如何だろう。長曾我部は寮に向かっていた足を止めたじゃないか。
何だ、今降ろされたらそれはそれで恥ずかしいぞやめてくれ。

「……意外だな、アンタでも恥ずかしいなんざ思うのか。」

「………いっそ殺せ!」

何だくそ!機微への反応良すぎだろうが!繊細かっ!?
とんだ辱めを受けている気分だ!
高ぶる羞恥心に私は長曾我部の背中に突っ伏して肩の辺りをばしばしと拳を叩き付ける。
全然痛くなそうに「痛ぇ痛ぇ」とかほざきながら笑いを押し殺す奴が妬ましいったらありゃしない。

「仕方ないじゃん!担ぐのは慣れてても担がれるのは慣れてないんだよ!!!」

「相変わらず変わってんなぁ。」

「大きなお世話だ馬鹿!」

「滅多にねぇんだろ?黙って背負われてりゃいいじゃねぇか。」

いよいよ笑いながら、からかうように言う長曾我部が余裕っぽくて更に腹立たしい。何だよ畜生、私が駄々捏ねてるみたいじゃんか。
拳だったり足だったりで抵抗するも奴はビクともせず、徒労と分かったところで暴れるのはやめた。やっぱり地に足つけて腰を入れないと敵わないか。悔しい所だ。鍛え直さないと。
不貞腐れながらも言われた通り黙って背負われる事にした。手持ち無沙汰なので足をぶらつかせてはいるが、この程度は長曾我部にとって訳もない事だろう。さっき暴れた時よりはマイルドなんだから。

「…ところでよ、誠騎、」

「ん〜?」

漸くおとなしくなった私を見計らってか、問い掛けてきた長曾我部に間延びした返事をする。首を傾けて、肩口に顔を寄せると僅かに振り返った奴と目があった。

「テスト終わりで何やってたんだ?」

「何って?」

「グラウンドで」

「ああ、あれか。」

真田とPK勝負、正確には勝負前の力試しだが、あれを聞いているらしい。事の次第を掻い摘んで話せば長曾我部は「あ〜、」と少し苦い顔をした。

「よくそこまで漕ぎ着けたもんだな。」

「半ば強引だったよ。ずっと“女子と手合わせなど!”って騒いでた。」

グラウンドまでの道すがら、説得に応じない真田を思い出す。如何にも現代っ子な顔付きのくせに考え方は時代遅れ甚だしかった。女のくせに、ってタイプじゃないから頭ごなしに否定は出来ないけど、

「苦手だな、ああ言うの。」

「へぇ、アンタにも苦手なモンがあんのか。」

「人の事何だと思ってんだ。」

独りごちた言葉に返ってきた失礼な感想に身を乗り出して首へ回した腕を締める。これは流石に効いているらしく、慌てたように「やめろ馬鹿!」と咎められて力を緩めた。

「あっぶねぇだろうが!落っことしたらどうすんだよ!」

「一生懸命しがみつく!」

「より首を締めるのか?!殺す気か!」

油断も隙もねぇ、と声を燻らせる長曾我部に心がホッとする。
何処かに引っ掛かっていた今日の真田の一件が口に出せたからという理由もあるかもしれない。でも間違いなく、私は長曾我部の女だからと弾いたり手を抜いたりしない所に居心地の良さを感じているのだ。
まあ、これはまだ、小っ恥ずかしくて言えないけど。

「冗談だよ、冗談。」

「そうじゃねぇと困るっての。」

胸中を誤魔化すようにそう言えば、奴は不貞腐れた声で答えて舌を打った。それが可笑しくて声を上げて笑う。
でも、そうだな。これだけは言っておこうかな。

「なぁ、」

「あ?」

「ありがとな。」

「何だ急に。」

「何か色々と。」

「はぁ?気持ち悪ィな……」

首を傾げて溜め息を吐く後ろ頭に少しだけしてやったりな気分になって、喉の奥で笑う。
しかし、一矢報いたと思ったのも束の間だった。

「気持ち悪ィついでによ、俺からも1つ言っとくわ。」

「何だよ。」

「意識があるなら健全な男子高校生にあんまりくっつかねぇ方が良いぞ。」

「は?」

「……自覚がねぇのも困ったもんだな。」

含んだ言い方のそれの真意に気付いた時、柄にもなく悲鳴を上げてしまった事は言うまでもない。





胸が当たっていると言われたんだ。

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」

「っおい!暴れんな……痛ぇ!殴るな!!」

「一言余計なんだよ馬鹿ぁぁぁぁぁぁああ!!!!」

言われなければ意識しなかったのに!


【続け】

[*] | [#]
戻る

ballad


+以下広告+