battle.01



荷台にキャリーを積んだ愛車(原チャ)に股がりエンジンを噴かす。


「じゃー、私行くわー。」

「気を付けるんだよ。」

「またねー、誠騎ちゃん。」

「おー、良い子にしてなよー。」


玄関先で同じくキャリーを携える兄とリュックを背負った弟に手を振って私は原チャを走らせた。

成城誠騎17歳。
今日から寮生活が始まります。

*****

走る事20分弱。
学校の校舎と思われる建物の頭が見えてきた辺りで、私は原チャを停めた。

「えー…っと……確かこの辺……」

兄が描いてくれた簡易な地図と回りを照らし合わせる。
さっきの交差点から数えて3本目の電柱の隣。
ポストの前。
コンビニの隣。
で、白い壁の建物。

「うー……ん…、」


条件に合う建物は確かに目の前に存在した。
だが待ってほしい。
私が探してるのは学生寮だ。
高校生が親元を離れて生活する所であって決して西洋風の大豪邸ではない。
城下町を守る城壁の様な塀と洒落た鉄格子の門に囲われ、大量の薔薇やら百合やらが栽培されている庭とそれを突っ切るアプローチに小さなせせらぎを設けた先に佇む真っ白い壁の大正浪漫が薫る洋館ではない。

「……違うだろ。これではないだろ。」

明らかに目の前の建造物は寮ではない。
だって此れは金持ちの屋敷だ。
寮ではない。絶対に。

曲がるとこ間違ったかなー……、何て思いつつ私は再度原チャに股がりスロットルを蒸した。
すると同時に、例の洒落た門が開いて、白頭巾のえっらい綺麗な人(性別は分からない)が出てきたではないか。

「おや、」

「あ、すみません…、御騒がせして…」

家主であろう美人がやんわりと驚いた表情を浮かべたので私は取り敢えず頭を下げる。

「よいのですよ。……ときに、あなたはせいぎですか?」

「へ?」

呼ばれた名前に頭を上げれば、その人はふわりと笑みを浮かべた。

「そう、ですけど……」

「ああ、やはりそうでしたか。おまちしておりましたよ。」

「は…はぁ……?」


答えれば、その人は優雅に両手を合わせて顔を綻ばせる。
何だ?何なんだ?何で私みたいな凡人が金持ちの家主に名前知られているんだ?
状況が飲み込めずに首を傾げていれば、その人は門を開いて私を招き入れるように微笑んだ。

「あなたのあにからはなしはきいています。ようこそ、ばさらがくえんうえすぎりょうへ。」

「………り、寮……?…って…えぇぇぇぇぇええぇぇぇっ!!?」

言葉にならない驚愕を大音量の叫びに変えれば、えっらい綺麗なその人は「げんきがよいのですね」ところころと笑う。

「さぁ、おはいりなさい。あなたのにもつもとどいています。」

「あ、え、あ……は、はぁ……宜しく御願いします……。」

信じられないが、この綺麗な人が嘘を付いてるとも思えないので、私は言われるが儘に原チャを引いて門をくぐった。
勿論くぐった所で金持ちの屋敷な景色が変わる訳は無い……が、入ってすぐ左側に学生が住んでいそうな部分が目に入る。

赤紫色のボディに花のペイントが派手派手しい原チャが1台と、白、黄色、薄紅の普通の自転車が3台置かれた2畳くらいの駐輪場。その隅には掃除用と思われるバケツとモップが無造作に立て掛けられている。
漸く目の当たりに出来た生活感に少し安心したのは言うまでもない。

「のりものはそこにとめておくように。」

「あ、はい。」

えっらい綺麗なその人は雑然とした駐輪場に苦笑しながら原チャを停めるように促されたのでそれに従う。これから奥の屋敷(寮)まで行くのに通るであろうプチ植物園を荒らす心算もないし。
無造作に立て掛けらるた掃除用具を何となく揃えて戻れば、えっらい綺麗な人は微笑んで、またゆっくりと歩き出した。
その後に続いていくのだが、柄にもなく肩身が狭いって感覚を覚える。

だってこんなトコ入ったことないし、庭とかめっちゃ綺麗に手入れされてるけど、うっかり何か踏まみそうで怖いじゃん!慣れてないんだもん!

そんなこんなではあるものの、えっらい綺麗な人の後にひょこひょこ付いてく訳だが、物珍しさにキョロキョロした庭の凄い事凄い事。
色別に分けて栽培されている薔薇は各々大輪を咲かせているわ、見た事もない様な如何にも高そうな百合は並んでいるわ、芝生の上に白いテーブルセットとパラソル(日傘?)は置いてあるわで、再び学生寮かどうか信じられなくなってくる……。

「ああ、そうでした、」

ふとせせらぎ的なアレに掛かる小さな橋の上でえっらい綺麗な人は立ち止まるとこちらに振り向いた。

「じこしょうかいがまだでしたね。わたくしはこのりょうのりょうかんをしています、うえすぎけんしんともうします。」

「は、はぁ…」

「がくえんではびじゅつをおしえておりますから、きょうむしつにふざいならば、びじゅつじゅんびしつにきなさい。」

「あ、はい……あ、成城誠騎です。御世話になります。」

「ふふ……よろしくおねがいしますね、せいぎ。」

何でフル平仮名で喋るのかは置いといて、えっらい綺麗な人、もとい、うえすぎ(多分、上杉)先生の丁寧な自己紹介に倣ってから私も頭を下げる。
つーか性別が分んないなー…。

頭を上げると、眩しいと言うか薔薇背負ってると言うかそんな感じの笑みを称える上杉先生に私は苦笑いを返さざるを得なかった。

それはさておき、また暫く歩いて漸く寮と思しき建物の前に着いた訳だが………えー………。

細かい装飾が彫られている如何にも優雅な真っ白い外開きの二枚扉には触るのも憚られる程綺麗に磨かれた銀色の取手が付いており、全体的に随分高級そうな入り口である。

「さあ、どうぞおあがりなさい。」

「あ…有り難う御座います…」

そんな扉をやんわりと開いて微笑む上杉先生にまた苦笑いを浮かべつつ、キャリーを引きながら中に入った。そしてしかしと言うかやはりと言うか、中も中で優雅な造りで御座いまして。
まずは洋館のド定番、広い玄関ホールとその正面に現れるでっかい階段。これが中二階の踊り場から左右に別れて2階のバルコニーに伸びている。
2階は左右には扉が3つ、1階にもロビーを囲む様に扉がいくつかあった。
ロビーに天井はなく、2階までぶち抜かれている吹き抜けで漫画やアニメでよく見る貴族の家のそれに似ているのに。

「どうしましたせいぎ。おあがりなさい。」

「あ、はい。」

呆気に取られていれば上杉先生に促され、慌てて靴を脱ぎ、キャリーを持ち上げ室内に入った。
え?キャリーなんだから引けって?
引ける訳無いだろこんな豪邸の中でっ!!!

「かすが、かすがはいませんか?」

「謙信先生ッ!!!」

キャリーを持ち上げる私の奇行には特に興味を示さなかった上杉先生が然程大きくない声で誰とも無く問うと、間髪入れずに2階左のドアが開いて金髪の美少女が、

「あいでででででででっ!!!!かすがちゃん!毛が抜けちゃうよ!!」

なんか見た事ある男子のポニーテールを鷲掴みにして現れた。
華奢な美少女がガタイの良い男子を引き摺っているという衝撃の瞬間。何と言うインパクト。
それを目の当たりにしたが早いか、美少女は悲鳴などもう耳に入っていない様子で、ポニーテール男子をその場に捨て置くと光の如き速さで階段を駆け降りてきた。

「謙信先生っ!!どちらに行かれていたのですかっ!!?」

「おちつきなさい、かすが。かのじょを、せいぎをむかえにでていたのです。」

「誠騎?」

かすがと呼ばれた金髪美少女は上杉先生の口から私の名前が出るや否や、でっかい目を鋭くして此方を睨みつけてくる。
美少女は睨んだ顔も可愛いな。

「おやめなさい、かすが。かのじょはへんにゅうせいです。きのうはなしたでしょう。」

暢気な感想を脳内で述べる私の隣で上杉先生は少し困った様な顔で美少女に微笑見かけていた。

「ですが謙信先生っ!信用出来るかなんて…っ!」

「かすが、そなたがいさえすればわたくしはあんしんしていられます。わたくしになにかあったらそなたがまもってくれるのでしょう?」

「勿論です…っ!」

「ありがとう。そなたになにかあったらわたくしがそなたをまもりましょう。」

「はぁぁぁん……謙信先生……!」


何か酷い事言われた気がするが、それよりも。
上杉先生の発言に頬を赤らめて目を輝かせるかすがと呼ばれた金髪美少女。
何だ?今薔薇が咲かなかった?ぶわわって。何あれ?幻覚?
そんな何だか危険な香りを醸し出す二人にただ瞬きを繰り返していると、先程のポニーテールがニヤニヤしながら階段を降りてきた。

「よーよー御二人さん!見せ付けてくれるじゃねーか!羨ましいねぇ〜」

「おや、けいじ。」

「恋すんなとは言わねぇが回りの目を考えようぜ、謙信。」

「貴様っ!謙信先生と呼べと何度言ったら……ッ!!」

見るからにテンション高そうなポニーテール……

おや?このくだり、デジャブだな?
なんて考えていれば、ポニーテールと目が合う。すると奴は人好きのする笑顔を浮かべた。

「なぁーんだー!編入生って言うから誰かと思えば君かぁーっ!!」

今時っぽい顔立ちと細マッチョな時代に残念なガタイの良さを誇るポニーテール。その顔をまじまじと見ていたら不意に昨日の事を思い出した。

「……あ、」

もしかして昨日チンピラ(死語)に絡まれてたオネーサンを助けた時湧いて出た銀髪眼帯を追い掛けて湧いて出た奴?

「確か昨日のテンション高いポニーテール。」

「うわっ!!そんな覚えられ方嫌だっ!!」

どうやら私の記憶は合っていたらしい。
思った事を素直に告げれば、それはそれは芸人顔負けの良いリアクションのポニーテールはガックリと肩を落とす。

「けいじ、かのじょとめんしきが?」

するとそこで上杉先生がやんわりと首を傾げて訊ねた。
この先生は先生で、何するのもやんわりで優雅だな。

「ああ、昨日会ったんだ。元親の彼女。」

「誰だそれ。」

「あれ?本当に違うの?俺はてっきり…」

「モトチカなんて私は知らない。」

再度明るい笑みを浮かべたポニーテールの発言に私は間髪入れずに首を振る。
流石に知らないやつの彼女ではないことは確かだ。知らないやつに彼女を名乗られたことはあっても。

「何だぁ、違うのかぁ。」

私の反応にポニーテールは残念そうに頭を掻く。

「ま、いいか。なぁ、謙信。俺は取り敢えず元親呼んでくるけど、何処に集まる?」

しかしすぐに気を取り直したようで話題を変えてきた。

「そうですね、りびんぐにでもあつまりましょう。」

「分かった。じゃーまた後で。」

上杉先生が問いに答えると、踵を返して顔だけ振り向きながら手を振るポニーテールに手を振り返しながら見送る。

「またな、ポニテ。」

「その呼び方やめろよー!」

「じゃあ、頭に何か刺さってる人。」

「御洒落だよ御洒落っ!!」

「なら、テンション高男は?」

「もっと嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

我ながら明確なネーミングだと思ったが、何かもう捨て台詞的なものを吐き捨てて、テンション高男(仮)は階段を駆け上がっていった。

「何だ、アイツ?」

「ふふ……げんきがよいのはよいことです。」

「ああ……っ、謙信先生………!!御美しい……!!」

「……」

やはりやんわりと微笑んだ上杉先生に例の美少女は更にとろんとした視線を送る。
そんな彼女に若干引きながら、私は先生の案内に従ってリビングに向かう事になった。勿論、キャリーは抱えたまま。

優雅に歩く上杉先生に付いて行った先、二枚扉の部屋の中はこれまた凄い様相だった。
庭も庭、家も家、ならばリビングもリビングなのである。
美術の教科書で見た事ある様な絵画やら彫刻やらが並んでいるし、未成年でも聞いた事ある様な銘酒がサイドボードに並んでいるし、如何にも高そうなグラスや徳利、御猪口やらなんかは照明を浴びてキラキラ光っているではないか。
勿論、ソファーもカーペットも柔らかく良い素材を使っているのは目に見えていて、触るのも憚られる。
証明はもちろんシャンデリアだ。

………いや、これもう応接間だよ。

「せいぎ、えんりょはいりません。かけなさい。」

あまりにも見慣れない光景に呆然と立ち尽くしていたいたが、上杉先生の穏やかな口調に我に返る。

「お、御邪魔します…」

既に腰かけてる上杉先生と金髪美少女に軽く礼をして、私はその対面に腰を下ろした。
当然、キャリーは(以下略)

「ふふ…そんなにかたをはらずにゆるりとしてもよいですよ。」

「は…、はは……」


出来るかそんな事。部屋から“汚すな”って威圧を掛けられている気分だよ……なんて事は言えないから、柔らかに微笑む上杉先生に愛想笑いを返した。
しかしそんな内心を察したら上杉先生の隣の金髪美少女に凄い形相で睨まれた気がする。

「けんしーんっ!元親連れてきたぞー!」

何とも言えない堅苦しい雰囲気を破ったのは例のポニーテール。扉を乱暴に開け放って問答無用でずかずか室内に入ってきた、

「けいじ、ありがとう。そなたもすわりなさい。」

「おう!ほら元親もさっさと入ってこいよ!」

「わぁーったってんだろ。あんまデケェ声出すんじゃねぇ。」

ポニーテールが必要以上にデカイ声を出してそう呼ぶと気だるい掠れた声が答える。
耳の奥に響いたその声と脳裏が覚えた声が一致した。

ポニーテールが金髪美少女の隣に腰を下ろすと、入り口に見えた人物は銀髪隻眼。
ばちっ、と目が合ったら私もそいつも目を屡叩いて口を開いた。


「あ、昨日の変な奴。」
「あ、昨日の変な奴。」





何かイラっときたんだ。

「変な奴とは失礼だぞ!!」

「テメェも同じ事言ったじゃねぇか!!!」

「自分の事棚に上げるなっ!!」

「お前もなっ!!?」



【続け】

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