battle.02
「やめなさい、もとちか。せいぎ、そなたもです。」

言い合いの様な小学生の喧嘩の様な言い合いを続ける私と眼帯男を上杉先生が咎める。

「…ちっ」

「………、」


相手はどうだか知らないが、少なくとも私は上杉先生と言うかその隣の金髪美少女が物凄い威圧を放っていたのを感じて口を噤んだ。
何というか、“貴様等、謙信先生に迷惑を掛けるとはどう言うつもりだ…?!”と言う電波を受信した気がする。

眼帯男は注意の後、上杉先生の隣にどかっと座ってソファーに身体を預けた。

「長曾我部!貴様、もう少し穏やかに座れっ!!!謙信先生が埃を被ってしまわれるではないかっ!!!」

「あー、分かった分かった。」

その態度が気に食わなかったのか、金髪美少女は眼帯男を睨みつけるものの、奴はうんざりしたように手を払うばかり。

「貴様…っ!!」

「かすが、やめなさい。わたくしはだいじょうぶです。」

「…謙信先生が仰るのなら…、」

今にも立ち上がり眼帯男を殴りだしそうな雰囲気の金髪美少女をやんわり咎めた謙信先生はこちらを向いた。

「おみぐるしいところをみせましたね、せいぎ。」

「あ…、いえ、こっちにも非はありましたし…」

済まなそうに眉を顰めて眉尻を下げる謙信先生に私は頬を書きながら軽く頭を下げる。
一々綺麗で緊張するんだから困るな…。

「それでは、せいぎ。わがりょうについておはなししましょう。」

「あ、はい。」

「かすが、あれを。」

「はっ!」


上杉先生は柔らかく微笑み、金髪美少女にそう言った。すると、彼女は細く丸められた良い紙を先生に差し出す。


「ありがとう、かすが。せいぎ、これがこのりょうからがくえんまでのちずです。」

「へぇ……結構近いんですね。」


上杉先生は金髪美少女に礼を言い、その紙、地図を広げた。

幾ら成績が宜しくないとは言え、地図くらい私だって読める。
見た感じでは、学園まで500m有るか無いか程度の距離だ。


「ええ。それから、がくえんをとりかこむようにりょうがそんざいします。ここからとうなんにはほうじょうりょう、せいなんにはおだりょう、たいかくにたけだりょうがあります。じたくつうがくのせいともいますが、りょうせいもすくなからずおりますよ。」


地図を指しながら説明し終えた上杉先生はにこりと微笑む。

要は学園から見て北に上杉寮、南に武田寮、東に北条寮、西に織田寮が有るって事だな。
うん、先生、平仮名解り辛いよ。


「因みに学園まではどれ位時間掛かるんですか?」


感想は心中に仕舞っておいて、私は先生に尋ねた。
だって言ったら最後、金髪美少女に何されるか。


「じかんですか?」


オレの問いに上杉先生は困った様に首を傾げ、暫く考え込んだ。

……あれ?変な事聞いた?
別に可笑しくない筈だけど……?


「そうですね…、わたくしのあいばでさんぷんていどですが、ほかのしゅだんはわたくしでは………」

「あいば」


さらりと言った上杉先生の言葉にオレは唖然とした。
あいば……あいばって何だっ!!?
愛馬かっ!?
それともアイバさんっていう運転手かっ!!!?
どっちにしたって現代日本の教職員が持ってるもんじゃないなっ!!!?


「ええ。けいじ、じてんしゃではどれくらいかかりますか?」


驚愕するオレを余所に、上杉先生はポニーテールに話を振った。


「んー…俺はトシとまつ姉ちゃんが迎えに来るし大体徒歩だけど…、謙信の馬で3分位ならチャリだと5分ありゃ着くんじゃない?」



普通に馬だった!
さらっと流してるけど、普通馬なんざ、牧場主か馬主しかもってなくないかっ!!?何でそんなにナチュラルに会話してんだよっ!!!
私かっ!?私が間違ってるのかっ!!!?


「そうですか。ありがとう、けいじ。」


上杉先生はふわりと微笑み、ポニーテールに礼を言うと、1人、心中でパニクってる私に向き直ってこう言った。


「いかなるこうつうしゅだんをつかっても、じっぷんいないにはがくえんにたどりつけますよ。」

「は、はぁ……」


そしてまたふわりと微笑む上杉先生。
他の2人も突っ込む訳でも無く、話を聞いてるのを見る限りじゃ、この空間では話に馬が出てくるのは不思議な事じゃ無いらしい。

そんな先生に私は苦笑いと相槌を打つので精一杯だった。


「それからせいぎ。りょうないですが、いっかいは、わたくしのへやとだいどころ、よくしつなどきょうようしせつ。にかいはげんかんからみてひだりがじょしとう、みぎがだんしとうになっていますから、へやのほうやくわしいことはかすがにきいてください。」


続けて上杉先生は説明し、隣に座る金髪美少女に目を遣る。


「かすが、せいぎをよろしくたのみますよ。」

「御任せ下さい…っ!謙信先生………っ!!」


美少女は相変わらず恍惚とした表情を浮かべながら、頷いた。
うー……ん。解せない……。
彼女と上杉先生の間に何があったんだ……。


「では、せいぎ。あなたのじこしょうかいをしてください。」

「え?」


突然振られた事に目を屡叩くと上杉先生はまた柔らかく微笑む。


「さくばん、わたくしからはせつめいしてありますが、ぜひあなたのくちからおききしたいのです。」

「あ、そっか。」


転校するのは初めてだからうっかりしてたけど、転校生には自己紹介って宿命があるんだった。忘れてた。
断る理由もないし、つーか転校生の義務みたいなもんだから、私は膝にキャリーを乗せたままの体勢ではあるが、姿勢を正した。


「えっと…、千石女学院から来ました成城誠騎です。御世話になります。」

「ありがとう。つぎはわたくしたちのばんですね。」


言い終わって軽く頭を下げれば、満足したのか、上杉先生は両手をやんわり合わせて言う。


「けいじ、そなたからじゅんに。」

「よしきたっ!待ってましたってね!」


話を振られたポニーテールは両手を膝に付いてから勢いよく立ち上がった。


「俺は慶次!前田慶次!クラス替えがあるから何組かは知らないけど、今年から2年生。委員会とか部活には入ってないけど、要請があればどんな部活でも助っ人に行くよ!それから、」


人好きのする明るい笑顔を浮かべてポニーテール、否、前田はそこまで言うと、上着のポケットを軽く叩く。
中から出てきたのは、


「お!猿だっ!!」

「可愛いだろ?俺の相棒、夢吉ってんだ!こっちも宜しく頼むよ。」

「キキッ」


小猿、否夢吉はポケットから出ると前田の肩に上ってペこりと頭を下げる。


「良く仕付かってんなぁー。」

「飼い主が良いからね。」


まじまじと夢吉の顔を見ながら感心すれば、前田は得意げに胸を張った。
果して前田が言ってる事が本当であるかは、金髪美少女と銀髪眼帯の複雑な表情から読む事が出来たので敢えて触れないでおこう。
きっと夢吉を仕付けたのは前田本人じゃないんだな。

「宜しくな、誠騎ちゃん。」

「あ、誠騎でいい。男にちゃん付けされるの慣れてないんだ。」

「あ、そう?じゃあ俺の事も慶次でいいよ。」

「わかった。宜しくな、慶次。」

屈託ない前田改めて慶次に頷けば、人好きのする笑顔を返され、思わずつられてしまう。
こいつ、絶対良い奴だな。


「ありがとう、けいじ。では、かすが、」

「はい!謙信先生…!!」


前田に礼を述べ、続いて上杉先生は隣の金髪美少女に話を振る。
美少女は頬を染めながら返事をするが、この2人は何時もこんな疲れる会話をするだろうか。
慶次と眼帯の反応を見る限りじゃ、これも普通らしいけど。

そんな考察をしていれば、金髪美少女は下がった眉毛をきりりと吊り上げて、私に向き直った。


「誠騎と言ったな。私はかすが。同じく2年だ。部活は体操部。謙信先生の御達示だ、寮内で何か分からなかったら私に聞け。」

「あ。うん。宜しく…。」


先程より少し低いきっちりした声色で言う美少女、否、かすがちゃんにちょっと驚いきつつも頭を下げた。
慶次は打ち解け易そうだったけど、かすがちゃんはちょっと取っ付き難いかな…?
残念だ、折角美人が身近にいるのに…。


「あ、あと…それから、」

「うん?」


内心ガッカリしてると、かすがサンは少し躊躇いがちに言葉を紡いだ。


「その、さっきは…済まなかった。気が立っていたもので、失礼な事を言った……。」

「さっき?」

「……玄関での事だ。」

「ああ、あれか。良いよ。別に気にしてないし。」

「そうか…!有り難う。お前は良い奴だな。」


申し訳なさそうなかすがちゃんに笑って返せば、ホッとした様に微笑む。

あー、やっぱり美人だー……。


「いやいや。」

「…出来ればそんなに構えないでくれ。同学年なのだから…。」

「あ、それもそうか。因みに何て呼べば良い?」

「かすがで良い。苗字はあまり好きではないんだ。……私も、誠騎と呼んでも良いだろうか?」

「大歓迎!」


応えれば、かすがはまたホッとした様に微笑んだ。
気が立っててきつくなってたらしいが、ちゃんと謝てくれるし、無表情でツンとしてるかと思えば、結構可愛い感じの人じゃないか!

前言撤回。
これは仲良くやっていけそうだ!!いや、仲良くなってやる!!
しかし美人は目の保養になるわ、ホント。


「せいぎ、」


そうこう考えていれば、オレとかすがが和解(?)したのを見た上杉先生は優しそうに目を細め、オレを呼んだ。


「あ、はい。」

「わたくしのしょうかいはもうしましたから、よろしいですね?」

「ええ、まぁ……」

「ではさいごにもとちか。おねがいします。」

「……やっぱそうなるか。」


上杉先生がかすがの反対隣にいた銀髪眼帯に柔らかく言うと、奴は苦笑を浮かべつつ、頭の後ろで組んでいた手を解き、身体を前に倒す。


「そっちで何か纏まってたみてぇだし、あわよくばスルー出来っかと思ったんだがよ……、そうもいかねぇか。」

「もちろんです。とくにそなたにはたのみたいこともありますしね。」

「頼み事?」

「ふふふ…ひみつです。」

「ちっ、相変わらず食えねぇな。ま、取り敢えず誠騎とやら、」


何とも不思議な遣り取りを第三者で傍観していた私に、銀髪眼帯は突然向き直ると豪快に組んだ足に肘を乗せ前屈みの体勢をとる。
不良……否、海賊っぽい出で立ちだ。


「お、おぉ…!?いきなり何だ、」


余りにも絵になって迫力があるもんだから思わず吃ってしまったじゃないか。
するてあ眼帯はにやりと口角を上げる。

「はっは!んなビビんな。捕って喰おうとしてる訳じゃねぇんだしよォ。」

「…わ、分かってらぁ。」


私にの反応が面白かったのか、銀髪眼帯は豪快に笑った。
畜生、何だコイツ。さっきまで言い争ってたってのにこの変わり様。調子狂う。


「俺は長曾我部元親。他の奴と同じく今年から2年だ。部活も委員会も入ってねぇが、学園の番長たぁ俺の事よ!ま、御見知り置きを、とは言わねぇがな。」


そう言った奴がニッと上げた口角から八重歯が覗く。
自分から番長とか公言するくらいだから、よっぽど自信があるのか、ただの馬鹿なのか。
でもまぁ、私が番長でも同じ事するだろうな。
口に出したいフレーズだもん。
兎に角長曾我部、不良ではあるが悪い奴ではない様だ。
しかし何だ。
何か引っ掛かるぞ。


「………ちょーそかべもとちか、ねぇ…」

「おう。アンタの良いように呼べや。」


ポツリと口に出た独り言は案外でかかったらしく、奴は反応した。此処でスルーしたら大分変な奴だし、応えぬ訳にはいかない。


「ああ。しかし長いな。つーかどんな字?上も下もどんな字書くか見当つかないぞ。超人の超に祖先の祖に火曜日の火に部活の部で超祖火部とか?チカって二文字?」

「酷ぇなオイ。上は一文字しか合ってねぇし、ちかは一文字だ。」


苦笑を浮かべつつ、チョーソカベは頭を掻いた。
キレるかと思ったら案外冷静だなコイツ。

………こんな奴、見た事無い筈なのに“ちょーそかべもとちか”って言う響きは聞いた事ある様な気がする様な気がするんだよなぁ……。


「字はそのうち教えてやらぁ。宜しく頼むぜ、成城。」

「誠騎で良い。私はチョーソカベって呼ぶけど。レア名字は声に出したい。」



考えてれば、声を掛けられ、私が条件反射的に応えれば、チョーソカベはなんだそりゃ、と笑っていた。





はて、何処で聞いたか…?

「そーいや皆、出身は?」
「私と謙信先生は新潟だ。」
「俺と夢吉は石川ー。」
「俺は高知だな。」
「四国か。私の実家もこの春から四国だわ。」






【続け】

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