battle.05
教卓に着いた武田先生の話に因ると、今日のオリエンテーションの内容は、教科書の持ち帰りと新学期の日程についての諸連絡、出席確認、及び自己紹介で、午前中で終わる様だが、明日の入学式の準備に私らは駆り出されるらしい。
準備の割当は出席確認のついでに伝える、と先生は言った。

ちなみに、出席確認も自己紹介がてらに行うらしい。
そんな訳で、廊下側の1番前の席から横に生徒の自己紹介が始まった。
先生は出席簿を眺めて、それぞれに役割分担を伝える、と言うのを繰り返す。

しかし、あれだな。
このクラスは新学年になったばかりだと言うのに、座席順が名簿順じゃないらしい。
最初に自己紹介したのがワタヤって苗字だったから驚いた。
不思議な感じだが、窓側の最後尾が長曾我部で『ち』なんだから、考えてみれば分かる事か。

「よし、では……おお、次は成城か。」

「うぇいっ?!」

突然名を呼ばれてか、思わず変な返事をして反射的に立ち上がっちまった。
ガタガタとでかい音を立てた為かクラス中の視線が此方に集まった。

おおう、正にザッって言う効果音がぴったりな程、息合ってるな、このクラス。
うーん…しかし、この空気、何か居心地悪いな…。心無しか向けられてる視線が珍しい何かを見る様な感じに思えなくもない。

そりゃ、制服違うし、女なのにスラックス着用だけどさ、此方の制服の採寸したら規格外で特注になって、それがまだ出来上がってないんだからしゃーないじゃん!
畜生、此方見んな!

心中で悪態付いていると、場の何とも妙な雰囲気に気付いたらしい武田先生がどよめきかけたクラスに向かって口を開いた。

「そうじゃ、成城は編入生であったな。忘れておったわ。」

先生はそう言って豪快な笑い声を上げる。
いやいや、忘れておったわじゃない。
御蔭で突き刺さる様な雰囲気は緩和されたけども、笑って済む事じゃないだろうが。
私はヒクつく左目尻を理性で押さえ付けた。

だってよく言うじゃないか。
第一印象は大事だって。

例え先生に向かって罵声を浴びせたくても、隣でくつくつ笑ってる長曾我部を張り倒したくても、今日、始めてこの学校に来た私は作るべき第一印象の為にそれだけは避けねばならないのだ。
あと二年とは言え同じ学年の奴らの印象が悪くなったら、灰色のスクールライフは免れられない。それだけは避けたい。

耐えろ、誠騎!
私になら出来る!
今のところ寮の奴等にもバレずに済んでるじゃないか!(多分)


……今朝の不良にはバレてしまったけど、あいつらは……まあいいや。

「成城、何を黙っておる。皆に御主の素性を教えてやれ。」

人知れず、自分を励ましていると、武田先生は私に自己紹介を促してきた。

おっと、いけない。
無口でシャイな感じの第一印象は狙ってない。誤解されるのも御免被る。

私は先生の言葉に短く返事をし、気を取り直して顔を上げた。

「今年度からBASARA学園に編入になりました成城誠騎です。以前は千石女学院に在学してましたー。宜しく御願しまーす。」

軽めに、あくまで柄が悪くならない様にそう言って軽く頭を下げる。
学校名に僅かに響めきかけた教室だったが、先生の咳払いで大きい物にはならなかった。

まあ、千石女学院はちょっと名の知れた御嬢様学校で礼儀作法を重んじてどっかの令嬢だとか良いトコのお嬢さんだとかがわんさかいるって言うのに、スラックス姿の女がそこに在学してたなんて言ったら無理もないな。
これはしゃーない。
因みにそんな御嬢様学校に私のような粗野なな奴が何故入れたかと言うと、母さんコネクションと陰謀なのである。
残念ながら母さんの思うような成果を出すことはできなかったが、中学まで「オレ」だった一人称が「私」になっただけでも良しとしてもらいたいところだ。

まあ、それは取り敢えずおいといて、咳払いした武田先生は出席簿の上でペンを動かし、私の方に視線を投げて寄越す。

「成城、御主は入学式準備は手伝わんで良い。変わりに校内を見て回っておけ。良いな?」

「へ…?あ、はあ…。」

何を割り当てられんだと多少なりとも身構えていたのだが、意外な指示に返事は腑抜た声になる。
先生それに頷くと、私に座る様促してから隣の、長曾我部に目を遣った。

「最後は御主じゃ。」

「あぁ?俺は別にいらねぇだろ?知らねぇ奴がいる訳がねぇ。」

「うむ……。否定は出来んな。じゃが、御主だけせぬと言うのは不公平ではないか?長曾我部よ。」

「……そう言われちゃあ、やらねぇ訳にはいかねぇなァ。」

奴はそう言うと渋々と言う風に立ち上がる。

何とも態度のでけぇ長曾我部。
感じ悪いなぁ。
しかし、クラスはそれがさも当たり前の様にざわつきもしなかった。

…随分有名な不良なんだな……ん?待てよ。
長ランで有名で不良……あ、何か嫌な予感がするぞ…。

そんな私の心中など誰に構われるはずもないので、長曾我部の仰々しい自己紹介を聞き流す。その後、先生は奴に仕事の割当を伝えたのだが、その内容は嫌な予感しかしなかった。

「うむ。長曾我部、御主はどうせ入学式準備等途中で抜け出すであろう。よって、御主には成城の校内案内を命じる!!」

「……は?」
「……は?」

図らずも重なった声。

しかし武田先生はそんな事は御構い無しに視線を教室全体に移して、クラスに解散を命じた。


いやいやいや…!

ちょっと待てよ!

校内案内はかすがにしてもらうつもりだったんだけど!
先生!ちょっと待って下さいよ!
転校生の案内係が不良ってどういう事ですか!?
おかしいでしょ普通!
確かに寮は一緒だけどもそんなに仲良くなってないんですけど!!
ちょっと先生!!


……等と講義する間も無く武田先生は教室を出て行ってしまった。
ガタガタと移動を開始するクラスに完全に取り残されたオレは唖然としたまま着席状態を続行する他無い。
だが、同じく驚いた筈の長曾我部は別の行動を取った。

「おい、誠騎、」

「あー?」

「さっさと終わらして帰ろうぜ。」

「……サンセー。」

奴は薄っぺらい鞄を引っ掛けて私にそう告げる。意外だったが、相手が嫌がってないなら、別に良いか、なんて思ったのであまり間を置かずに頷いた。
机の上に積まれた教科書を鞄に詰められるだけ詰めて、残りを机の中に放り込み、ずっしりと存在感が増した鞄を肩に引っ掛て立ち上がる。

「準備出来たぞー。」

「おーし。じゃあどっから行くか?」

「はいはい!厠と保健室!」

「厠ってお前…。まあ分かったわ。ついて来い。」

そんな会話の後に教室を出た長曾我部を追う。
ゆっくりめに歩いてるらしいが、コンパスが明らかに違うから、自然と小走りになりながら奴の背中について行った。

*****

「……で、生徒玄関な。」

「おお…!凄ぇ!!」

教室の近場のトイレ、特別棟、教務室、体育館、保健室の近辺を通りながら、最後に到着したのは今朝入って来た生徒玄関。
朝も含めると小回りに校内を一周した気分だ。

長曾我部、意外と効率良い。

「…じゃあ私らはこれで帰って良いのか?」

「……じゃねぇの?」

ふと、疑問に思ってそう問えば、奴は少し目を泳がせてから困った様な笑みを浮かべた。
それならさっさと帰ろうぜー、と言った私に、短い返事を寄越した長曾我部と下駄箱へと足を向ける。

「あ、そうだ。誠騎、帰りは1人で大丈夫か?」

靴を履き変えて駐輪場へ向かいながら長曾我部が突然そう言った。
いきなり何だと首を傾けて奴の顔色を伺うと、機嫌悪そうに眉間に皺を寄せている。

「あー……あー、うん…。」

「おいおい…大丈夫なのか?」

「多分!」

自信満々で頷くと、長曾我部は渋い顔して溜息を吐いた。
まあ、その反応は正しいだろうが、今朝初めて登校してきた奴にいきなり独りで帰れって言うのも酷な話じゃね?
いや、でも部活とかあるのかもしれないし、あんまり強く言うのもなぁ…。

「……長曾我部は何か用事あるのか?」

「あ?……まあ、ちっと野暮用がな。」

「………ああ、」

ばつが悪そうに頭を掻く長曾我部に、にやりと口角を上げ、オレは左手の小指を立てて見せる。

「コレか?」

「ばっ…!そんなんじゃねぇ!!」

聞けば奴は向きになって否定した。
何だつまらんな。浮いた話が1つでもあればからかってやれるのに。

「何もそんなに起こらなくてもいいだろ、長曾我部。若いだから、女の1人や2人居たって照れる事じゃあるまい。」

「……何処のオッサンだよお前…。女じゃねぇよ。」

「じゃあ用事って何だ?」

「用事ってのは…あー…落し前っつーか…」

「……ああ、喧嘩か。」

歯切れの悪い長曾我部を汲んで、私は言った。
すると奴は困ったに首筋を掻いて小さく頷くと、少し悔しげに口を開く。

「情けねぇ話だが、今朝、長髪長身の奴にうちの野郎共がやられちまってな。どうもそれが他校の奴らしくてよ。」

「朝、からかぁ……。番長ってのも大変だな。」

「有り難よ。」

今朝の不良達が脳裏をちらついた様な気がするが、取り敢えず置いといて、労う体で長曾我部の肩を軽く叩くと、奴は同じ様に私の頭をポンポンとした。

……これ、前にもやられたな。確か柄の悪い兄ちゃん等を撃退した時だったっけ?
兎に角、身長の関係上、今までした事はあってもされた事はない。何とも擽ったい様な、気持ち悪い様な、変な気分に駆られる。

長曾我部は何度かそれを繰り返して、踵が潰れた上履きを下駄箱に放ると出入口に足を向けてゆっくり歩き出した。
私はと言うと、奴の手が離れた場所を無意識に押さえて、奴が上履きの中に履いていた地下足袋を、楽だなーなんて見送る。

「…おい、誠騎、」

「ん?」

暫く行って、長曾我部はいきなり振り向き、声を掛けてきた。
反射的に手を下ろして、その声に首を傾げれば、奴は下げ気味のズボンのポケットに指を引っ掛けて、苦笑を浮かべる。

「解ってるたぁ思うが、駐輪場まで案内してやるよ。どうせ一緒だしな。」

「あー………それもそうだな。」

その顔に肩を竦めて似た様な笑みを返し、急いで靴を履き換えた。


……脳裏にちらつく今朝の風景は見なかったことにしよう。




……いやいや、マジで。

「なぁ長曾我部、」

「あ?」

「お前の仲間ってどんなん?」

「あ?そりゃあ喧嘩っ早くて威勢の良い奴等よ!」

「…………喧嘩っ早くて…威勢が良い…」




【続け】

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