battle.07


地を蹴ったのはほぼ同時だった。
ぐっと距離が縮まる。


「っるあぁっ!!」


拳を振りかぶって奴の頬へと放った直後、それが目標に僅か届くか否かの瀬戸際で鳩尾辺りに衝撃が走った。


「っ?!!」


咄嗟に腹筋を締めたが、バランスを保てず飛ばされて、尻餅を着く。
見上げれば、鈍く光って靡く銀髪。

「げほっ、」

「威勢が良いのは最初だけかい?」

「……ってぇ…。」

「ま、此に懲りたら二度と俺達に楯突かねぇ事だな。」


余裕な態度で、相手にならねぇと言わんばかりに口角を上げオレに一瞥を寄越した長曾我部はくるりと振り返った。
畜生、リーチの差。つい背の高さ負けてるの忘れてた…。
悠々とオレから離れる長曾我部の背中に思わず湧いたのは悔しさと勿論、それだけではなく。


「………」


誠騎の口許がゆっくりと弧を描いた。
尻餅を着いた低い姿勢を保ったまま彼女は脚を伸ばすと腕を支えにし、素早く横に滑らせる。
その足の甲は、背中を向けて悠然と前進する男の進路を見事に妨害した。


「うおっ!?」

「頂き…!!」


バランスを崩した元親に誠騎はニタリと不敵な笑みを零すと、爆ぜる様に地を蹴り体勢を立て直して彼の前面に回る。
前のめりに倒れるのを何とか回避しようとしていた危うい状態の元親の腕を引っ掴んで、誠騎は重力任せに振り切った。


「!!?」

「うぉらあっ!!!」


完全に油断していた元親は、何がなんだか分からぬ儘にアスファルトに叩きつけられた為、禄な受け身も取れず背中を駆け回る激痛に言葉に鳴らない悲鳴を上げる。


「〜〜〜っにしやがんだ、テメェ!!!」


それでも彼にも意地がある訳で、奥歯を噛みしめて立ち上がると、腕を組んで仁王立ちの誠騎に向かって怒声を浴びせた。しかし彼女は凄まれたにも係わらず、驚く所かむっと顔を顰めて挑発的に口を開く。


「相撲取ってる訳じゃないんだ。尻餅程度で負けと思われるとは舐められたもんだな。」

「あぁ?何が言いてぇ?」

「お前手加減しただろ。お陰で意識もってかれなくて済んだけど、適当にあしらって勝ったつもりになるなんざ、詰めが甘いんじゃねぇの?」

この言葉には流石の元親も腹が立った。敗者の屁理屈にしか聞こえないものの、こちらの落ち度のような態度に青筋が浮かぶ。

「あんだ?悔しいのか?みっともねぇ。アンタ、テメェの負けも認められねぇのか?」

「悔しいな。オレは負けず嫌いだ。」


逆に神経を逆撫でてやろうと挑発を仕掛けたが、誠騎はあっさり頷くと、元親の発言を肯定した。そしてまた、眦を吊り上げてこう続ける。


「オレにもプライドがあるんだ、長曾我部。情けはいらねぇ。女だからって手加減もいらねぇ。半端な喧嘩はしたくねぇんだよ。」


ぎらぎらと目を光らせながらそう言った誠騎の姿は堂々としていて、元親に血が沸き上がる感覚を覚えさせた。


「はっは!いいじゃねぇか!嫌いじゃねぇ!!全力でぶっ潰してやるぜ!」


高く笑い声を響かせた元親は真正面から誠騎を見返す。
相手が例え敗者であっても、弱者であっても、潔くなくても、相反していようとも、相手なりの信念があるのなら、恐れず真正面から挑んでくるのなら、何度でも全力で受け止めてやる、それが長曾我部元親で彼が慕われる理由だった。誠騎はその返答に思わずにっと歯を見せて笑う。


「恩に着るぜ長曾我部!!後悔すんなよ!?」

「上等よ!!来やがれ!!」


両者不敵に笑みを浮かべて、再び地を蹴った。


「貰ったァ!!」

「甘ぇ!!」


勢いと力のある元親の拳が誠騎を捉える、その直前、彼女はふっと身を翻し、その懐に潜り込むと、足を払って胸座へと手を伸ばす

「?!」

すると再び元親の身体は一瞬宙に浮いた。が、二度も倒れまいと地面に叩き付けられる寸でで手と膝を突くに止まる。
その姿に誠騎は目を見開くも表情は直ぐに楽しげな笑顔に変わった。


「やるじゃん、長曾我部!」

「この俺に二度はねぇのよ!」

「へえ、困ったな。」


言葉ではそう言ってもやはり楽しそうな誠騎。

そうして、元親が打っては誠騎が受け流し、誠騎の受け身攻撃は元親に阻止され決まらずと、一進一退の攻防戦はなかなか蹴りが付かないまま双方の体力だけを削る。
息が上がりだし、攻撃や受け身に切れはなくなれど、しかし、戦意だけはあるらしい。

「次で決めてやるぜ、誠騎!」

「やれるもんならやってみろ!」


寮の門限が近付いてきた為か、晩御飯を食いっぱぐれない為か、元親が一際拳を強く握り、誠騎に殴りかかった。
彼女は、その攻撃に掌を添えて逃し、また懐に潜り込んで元親の胸座を捕まえる。後は足を払い、重力に任せて投げるだけ。しかし、そうは問屋が卸さない。
握った拳を解いた元親は、攻撃方向をずらされた誠騎の手首を掴んで、先に彼女の足を払った。


「!!?」


思わずバランスが崩れた誠騎は掴んだ胸座により力が入って、元親を引き寄せる形になる。


「!?ば、馬鹿野郎!!放せ!!」

「っ!!死なば、諸共だ!!」

「なっ!?」


同じく前のめりにバランスが崩れる元親を誠騎は咄嗟に蹴り上げて、放り投げる。
その反動で彼女は転がるようにアスファルトに叩き付けられて、元親は巴投げの要領で放られて、2人は頭を突き合わせた仰向け状態で倒れることになった。


「………はっ、」

「………ふふ、」

暫くの沈黙の後、どちらともなく笑い声を漏らす。
仰向けの儘、高らかに笑い声を上げる2人を元親の舎弟等は唖然として見守るしか術がなかった。
しかし、ゲラゲラと壊れた様に笑う彼等の姿は何とも滑稽であったがとても清々しくある。


「面白ェ!やるじゃねぇか、誠騎!」

「そっちもな!こんな楽しいのは久し振りだ。」


一頻り笑った後、立ち上がった両者は、傷やら痣だらけの顔に満足そうな笑みを浮かべて向き合った。


「此処で仕舞いにすんのは勿体ねぇが、なんせ今日は時間がねぇ。此処は一つ、お預けにしようじゃねぇか。」

「異論はないね。私も腹減った。」


元親の提案に左手を差し出して頷いた誠騎。
元親は口角を吊り上げてから、その誘いに倣って、その手を握った。
己のそれより二周り程小さな誠騎の手は、その大きさに反して、力強く握り返す。


「次はこうはいかないからな。」

「上等よ。やれるもんならやってみやがれ!」

「ははっ!忘れんなよ、その言葉!」


それは楽しそうに、無邪気な笑みを浮かべた誠騎の顔は、傷だらけではあったが、何処か輝いていた。




それは水を得た魚に似ていた

「風紀が来る前にずらかるぜ野郎共!」
「「「アニキーッ!!!」」」
「おーい!オレも混ぜろー!!」




【続け】
御題配布拝借→ひよこ屋様

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