「ちょっとちょっと!聞いたよ鬼の旦那!!」
駐輪場での喧嘩の翌日。
その日、誠騎はかすがに連れられ登校したんで、俺は何時ものように原チャで校門をくぐった。
心なしか登校中の生徒がざわめいていたが、大方昨日の件が既に流れたんだろう。そんなもんはもう慣れっこで別段気にする程でもねぇ。
よくある事だ。
ただ、いそいそと近付いてきた猿飛を除けば。
「あ?何がよ。」
メモ用紙とボールペンを持って取材する気満々の奴を訝しげに睨み付けたが、怯むどころか逆ににやりと口角を上げて言葉を返してくる猿飛。
「またまた、とぼけちゃって。昨日、喧嘩したんだろ?転校生の成城誠騎ちゃんと。」
「だからどうしたって。俺が喧嘩なんか何時もの事じゃねぇか、珍しくもねぇ。」
にやにやと鎌を掛けるような質問に素っ気なく応えれば、一瞬目を見開いた猿飛。
しかし直ぐに肩を竦めて眉を顰めると、ボリュームを落としてこう言った。
「鬼の旦那、知らないの?」
「あぁ?何を?」
「千石女学院の成城誠騎って。」
「あ?だから、アイツだろ。」
「違う違う!いや、違わないんだけど、千石女学院警備委員会第48〜60代会長・成城誠騎の事だよ。」
「けいびいいんかいィ?何だよそりゃ。」
耳に覚えのない言葉に首を傾げると、猿飛はあちゃー、と額に手を添え頭を振る。
失礼な奴だ、知ってっけどな。
不機嫌に舌打ちをすると、奴は少し回りを気にしながら口に手の甲を寄せ、よりボリュームとトーンを下げたかなり聞き取りにくい声で話し始めた。
「千石女学院ってさ、教員用務員に致るまで全員女性なんだよ。名家の令嬢を潔癖に育てるためなんだって、今時。だけどそれだともし何かあった時対処しきれないだろ?」
「力仕事とかか?」
「まあ、ざっくり言ったらね。それで、そうならない様に全国単位で“強い女性”を集めるんだって。」
「強い女ァ?」
「そ。偶にいるじゃん、格闘技とかで弱冠十何歳でプロの試合とか男子リーグで優勝とかさ。」
「あー……」
「そう言う子達で構成された自警団ってやつ。その辺の不良じゃ太刀打ち出来ないような。」
「へぇ。で、誠騎がそれの頭だったと。」
「そう言う事。何でも月始めに委員会はメンバー全員参加の多種目混合総当たり戦で格闘大会みたいなの開いて、優勝した者を会長に据え置くらしいよ。んで、誠騎ちゃん、去年1年間会長やってたんだって。どういう事か分かる?」
「…あいつがこの年代じゃかなり腕っ節が強え女って事だろ。」
「そう言う事。ナンパ目的でセンジョに行った奴らがうちにも結構いてさ。武勇伝は結構耳に入るのよ。」
言い終わると猿飛は肩を竦めた。
成る程、女の癖にやりやがるとは思たってたが、そう言うことか。
今朝のざわつきも昨日の自己紹介のどよめきも、猿飛が取材に来るぐらい名が知れてるなら納得もいく。
しかし、妙な奴と騒動起こしちまったな…。
若干後悔しながら、俺はその後もしつこく取材を求める猿飛を適当に躱しながら教室へ向かった。
*****
「君、ちょっと良いかい?」
かすがと別れて教室に向かう途中。
呼び止められて振り向けば、白ラン白髪に病的なまでに白い女顔で細身の男子生徒が立っていた。
「顔色悪っ……ちあのーぜ?保健室は1階の玄関近くだぞ。」
「…別に僕は具合なんて悪くないよ。君に用があるんだ、誠騎くん。」
「なあ、その唇塗ってんの?すっごい紫だけど。塗ってんの?」
「……すっぴんだよ。そうじゃなくて君に用が、」
「すっぴん!?すっぴんでその色無いわ!だってド紫だもん!なぁ、意地張ってないで保健室行けよ。付いてってやるから、な。」
「……………御気遣い有り難う。僕は大丈夫だよ。それより君に話があるんだけど聞いてくれるかい?」
心なしかイライラしながらも胡散臭い笑みを浮かべてそう言った病的な奴。
何だよ、心配してやってんのにさ。
話があるって何の話だよ。
つーかこいつ誰だよ。
「…………あんた誰?」
「…慶次くん以外と話しててこんなに苛立つのは久し振りだよ。」
「慶次?何だ。お前、あいつの友達か。」
「クラスメートだよ。友達ではないね。」
「………へぇ。変な奴。」
「……。僕は誰かって言う質問だったね。僕は竹中半兵衛。」
「竹中、ね。私は成城誠騎だ。編入生をやっている。」
「知っているよ。千石女学院第48〜60代会長成城誠騎くん。」
「……!」
その名を出されて身構えた。
会長やってたのはまだ誰にも言ってない。昨日転校したばかりだし、言う暇もなかった。もし、知っているとすれば、
「………言い忘れたよ。僕は生徒会副会長をしているんだ。」
「……やっぱりな」
校門前の出待ちが迷惑だ、と3日に1回は声明文を送りつけてたBASARA学園生徒会の関係者だけ。
「その節はうちの生徒が世話になったね。」
「ホントだよ。1年間もやってたのに全然なくならないし、どーなってんだよお宅の生徒会は。」
「迷惑を掛けたね。僕らでは手に負えなかったんだよ。………だからこそ、君に頼みたい。」
「……は?」
含んだような声色に目を遣れば、竹中は口元に弧を浮かべていた。目は、笑ってなかったが。
身構えて睨みつけるたが、奴は握手を求めるように手を差し出してきた。
「君の力を生徒会の為に奮ってみないかい?いや、今の生徒会には君の力が必要なんだ。」
「……………は?」
突拍子もない申し出に目を屡叩くと、竹中は淡々と続ける。
「君のその力なら校内の不良を制圧できる。そうすれば千石女学院に迷惑を掛けることもなくなる。転校後も母校を守るなんて素敵じゃないか。君にしかできないことだよ。」
「…………そうかな、」
「勿論だ。それと、もし君が生徒会に入ってくれるなら、その地位を保証しよう。」
「地位?」
「そうさ。校内における君が望む地位をね。」
「…………ふぅん」
「どうだい?いい条件だろう?」
「そうだな。」
「話が早いね。今から君は生徒会役員だ。今日からでも活動を………」
「だが断る。」
「…へぇ、」
満面の笑みを浮かべた竹中の手をオレは不躾に払うと、奴の端正な顔が歪む。
待遇はは確かに良さそうだ。
会長してた時なんかよりもはるかに好条件な気がする。まあ、学園内の地位とかはよくわかんねーけど。
払われた手で拳を握った竹中は信じられない、といった表情をしていた。
「……何故、断るんだい?君にとって利益しかないはず。それとも君は他に何かを望んでるとでも言うのかい?」
冷静な、と言うより冷淡な声に責められる。
悔しさが僅かに滲んでいた。
よっぽど話術には自信があったのか。
そんな竹中が少し不憫になったんで、オレは正直に理由を述べた。
「逆。いらないんだよ。」
「!!」
「生徒会とか委員会とかやってると、色々有利なのは分かってるし、成績不良の私が内申点上げるのには好都合なのは分かってる。」
「ならば、なぜ断るんだい?」
「肩書きがあると好きなこと出来ないじゃん。」
「…何だって?」
「あんたの言う地位ってのが何かは知らないけど、折角肩書きが無くなったんだ。今だけでも好きな事やりたいんだよね。だからやらない。」
「…!!惜しいな、君ほどの人材…。後悔するよ…いずれ必ず。」
「いいよ、別に。今の選択で後悔したなら本望だ。自分で決めたんだからな。」
にやりと笑えば、竹中は嘲笑を浮かべて踵を返す。
(何でも上履きからそんな音が出るかは分かんないが、)カツカツと足音を立てて歩くその背中が負けを認めたくない子供みたいで何だか滑稽だった。
そのせいか、そんなつもりじゃなかったのに、勝った気分が私を襲う。
妙な気分に笑いを堪えずにはいられなくて、「何やってんだ、不審者。」と後から来た長曾我部に頭を小突かれるまで、暫く肩を震わせていた。
後にも先にも後悔立てず
選択肢には責任を
「お、ちょーそかべ。今朝ぶり。」
「おう。しかし、あんた竹中相手にあれはねぇは。」
「ん?どれ?てかどっから聞いてた?」
「頭から。」
「…じゃあ私が委員長やってたってのは内緒な。」
「そうしてやりてーが、多分、もうみんな知ってっぞ。」
「なん、だと…!?」
【続け。】