九話

「御頼み申す!甲斐の国は躑躅ヶ崎、武田より参りました##NAME2#もみじに御座います!」

赤沢もみじは声を張った。
躑躅ヶ崎の屋敷を出てからかれこれ7日程掛けて漸く加賀前田邸に到着した彼女。
立派な木造の門を前を守る兵は余りの威勢の良さに少し驚いたものの、暫し待たれよ、と門の中へと入っていった。暫くして戻ってきた門兵はもみじを招き入れ、玄関へと誘う。
敷居を跨いだ其処には桃色の着物を召した栗色の髪の女性が待っていた。

「まつ様、もみじ殿を連れて参りました。」
「有り難う。下がりなさい。」
「はっ、」

女性、まつがそう指図すると踵を返し門へと戻る門兵。それを見送ってから、彼女は残されたもみじと顔を合わせて嬉しそうに微笑んだ。

「ふふっ、噂も偶には当てになりますのね。」
「え?」
「御噂は兼ね兼ね聞いておりますれば。武田の姫武将殿は滅多に御顔は拝見出来ずとも、大層可愛らしい女子様である、と。誠、御噂に違わぬ御姿に御座りまする。」
「なっ…?!」

思わぬ言葉にもみじは目を見開く。
世間に疎いとは言え、斯様な噂が流れているとは一切知らなかった。
確かに戦場には幸村とは違い、兜に口当て、鎧を纏って出陣する為、顔が他軍に露わになるなど一切無い。しかし、考えてみれば、上杉の忍も、今は亡き織田の奥方や浅井の奥方、そして眼前のまつですら、戦場では素顔を晒して戦っている。顔を知られていなければ、斯様な噂が流れるのも納得がいくというもの。
しかし、武芸一筋十八年のもみじにとって、例えそれが世辞であっても、容姿を他人に褒められるなど、前代未聞の大事件に匹敵するのであった。

「わ、私は、その、そんな…えっと……」

もごもごと挙動不審に言葉を探すもみじにまつは少し驚いた様に目を見張ったが、直ぐにまた嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「何とまあ初々しい!なれど、そんなに恥ずかしがらないで下さいまし。褒めた側まで恥ずかしくなってしまいますれば。」
「あ…。申し訳御座りませぬ…。」
「ふふっ、本当に御可愛らしい御方。虎の若子殿は良き嫁御を貰われましたね。」
「!!」

優しい眼差しを向けて、そう言ったまつに、もみじは顔を真っ赤にした。それがまた初々しくて気に入ったのか、まつは顔を綻ばせる。

「紹介が遅れましたが、私、前田利家が妻、まつめに御座います。もみじ殿が立派な奥方になれます様、精一杯指導させて頂きます故、どうぞよしなに。」
「よ……っ、宜しく御願い致しますっ!!!」

綺麗な動作で頭を下げたまつに呼応し、力強く礼をしたもみじに彼女はまた柔らかな微笑みを浮かべた。


>>続く

[*] | [#]
[戻る]

ballad

+以下広告+