十四話
「あらら…またやってる。」
猿飛佐助は肩を落とした。
もみじが躑躅ヶ崎の屋敷を出てから十日剰り。偵察から帰ってきた佐助の目に縁側で呆けている主、真田幸村が映った。
「これで五日目だな、あんな旦那見るの。」
手頃な枝に腰を掛けて心此処に在らずな幸村をまじまじと見下ろす。聞いた話では恒例の千人組み手にすらあまり気合いが感じられないとか。
普段は修業が足りぬ!と檄を飛ばす武田信玄ですらも少しばかり心配していたと言う話も小耳に挟んだ。日頃接触の多い佐助から見ても昨今稀に見る大人しさであり、元気と暑苦しさだけが取り柄のような幸村が、ああも毎日縁側で宙を見上げてばかりなのは調子狂うを通り越して気味が悪いとすら思える。
佐助は溜め息を吐いて枝から飛び降り、音もなく幸村の隣へしゃがみ込んだ。
「旦那、最近どうしちゃったんです?」
「……。」
「……旦那?」
「……。」
「だーんなー、真田のだーんなーっ!」
「……。」
「……そろそろ、休憩に団子でも食べます?」
「……。」
「!!……嘘だろ…旦那が甘味で釣れない…!?」
何を言っても反応を示さない幸村に佐助は目を瞬く。
大好物の甘味を話題に上げても上の空とはいよいよもって天変地異の前触れかとすら思えてしまう。
「ちょっと、旦那!真田の旦那!」
流石に本気で心配になった佐助は幸村の肩を掴んで揺さぶった。
「……ああ、佐助か。」
すると寝起きの様な反応で幸村は佐助の方へと顔をやり、今気が付いたと言わんばかりに言葉を返す。それに少しだけ安心した佐助は溜息を1つ吐き出して、もう一度問を投げかけた。
「最近よく呆けてるみたいっすけど、何かありました?」
「そうか?特に変わったことはないぞ?」
「悩み事とか?」
「悩むようなことはないつもりだ。」
「じゃあ今、何考えてました?」
「今?」
こてん、と首を傾げる幸村。
佐助は肩を竦め、ここ数日の幸村の様子と周囲の目撃情報を話した。
縁側で呆けている件、呼んでも返事をしない件、いつもの気合いが垣間見えない件等々、武田信玄から女中にいたるまで、屋敷の人間から聞いた或いは聞こえた話の洗いざらい全て。聞いている間、幸村は幾度も目を瞬き、話の後に信じられぬ、と頭を抱えた。
「嘘じゃないってー。実際、俺だっておかしいって思ってるし。」
「そ、そうなのか…?」
「で、その原因は旦那がさっき考えてた事にあると俺は思った。んで、それが何か聞いたって訳。」
「成る程…俺がさっき考えていた事は…」
思い出すように宙を見てからそこまで言って、幸村は言葉を濁す。心なしか頬が紅い。
「なになに?ヤラシイ事?」
「ばっ馬鹿を申すな…!!俺は…っ!!」
ニヤリと口角を上げた佐助の言葉に薄紅だった頬を真紅に染め上げて幸村は声を張った。
しかし佐助は相変わらずにまにまと意地の悪い笑みを浮かべて答えを促す。
「じゃあ何考えてたんです?」
「俺は、……その……もみじ殿が……」
「もみじちゃんかぁ…、」
もごもごと少し気まずそうな幸村の答えに佐助は何と反応して良いものか迷った。
案の定といえば案の定だが、意外といえば意外。取りあえずは無難な相槌を返して続きを待つ。
「どうしてるんだろうねぇ。」
「うむ…斯様に長く顔を合わせずにいた事はなかったからな…」
「あー、そう言や旦那達って幼馴染だっけ?」
「うむ。幼少より御館様の御役に立てる様にと共に精進してまいったのだ!」
「うわぁ…味気ねぇー…。」
幼少期を思い出したのか、少々楽しそうに拳を握った幸村に何だか複雑な思いを覚えつつ佐助はぼそりとそう言った。聞こえていなかったらしい幸村はその後も切々と当時の事を語り続ける。
稽古で何勝何敗何分けだったとか、一緒に悪戯をして大目玉をくらった事だとか、山に散策に入って2人で迷子になっただとか。そんな話を何となく上辺だけで聞き流していた佐助だったが、ふと、ある事に気が付いた。
「もみじ殿は幼き頃より負けず嫌いで心の強い立派な娘であったが、思わぬ所が抜けていたり少々警戒心が薄くてな、俺はよくはらはらしていたものだ。」
「ふーん………旦那、もみじちゃんの事よーく見てるねぇ。」
「な…っ!?」
懐かしそうに目を細めていた幸村は佐助の一言に一変、かっと紅に染まる。
どうとらえたのか、容易に想像できる幸村の反応に佐助はにやりと笑った。そして追い打ちを掛けるように言葉を返す。
「いやぁ、旦那もちゃんと年頃の男の子だったって訳かぁ。いいねぇ〜、青春だねぇ〜。」
「なっななななな何を申すか佐助ぇ!!」
裏返ってはいたが幸村の叫声が久方振りに屋敷中に響いたという。
>>続く