十五話
「まつ様、……あの、ひとつお伺いしたいことが御座います。」
赤沢もみじ繕い物の手を止めて訊ねた。
花嫁修業も二十日目を過ぎた頃。
幾分形にはなってきたものの、相変わらず不細工に繕い物を仕上げるもみじの問に、対座して見守るまつは顔を上げた。
「まつめに答えられまする事ならば、何なりと。」
柔らかく微笑んで彼女は首を傾げる。
もみじはその顔色を窺いつつ、少し躊躇いながら控えめに口を開いた。
「あの…、まつ様は利家公を……その、随分、お、御慕いされているようですが………あ、あの……れ、れ、…っ、恋慕とは一体、どのよう、な……」
尻すぼみに、最後など殆ど聞き取れない程度で問うたもみじにまつは驚きの表情と、まあ、と短い感嘆に三つ指を当てたがすぐに柔らかな笑みをその顔に戻して言葉を続ける。
「恋慕とは相手を求めることに御座いますれば。」
「も、求める…!?」
「はい。御仕えしたい、御逢いしたい、御話したい…御考えを知りたい、知っていただきたい、全て御相手を、ないし御相手に求める事とまつめは覚えておりまする。」
嬉しそうに目を細めるまつの答えに、もみじは一層言葉を詰まらせた。
当てはまるような的外れのような、何とも言い難い心持ちに「左様ですか、」と無表情な返事しかできない。
そんな姿を見て、まつはまた優しく微笑み問い掛けた。
「もみじ殿、虎若子殿と信玄公、今すぐにどちらか御一人に会えるとしたならば、どちらを選ばれますか?」
「それは……、」
答えに詰まってはたと気が付く。悩んでいるのだ、どちらに会いたいか。
躑躅ヶ崎にいた頃は、両者に毎日、当たり前のように会っていたので、どちらか一方にしか会えないなんて考えた事もなかった。どちらかなんて選ぶ必要すらなかったのだから。
しかし加賀へ来てどうだろう。どちらにも会えないのは間違いないのだが、もみじが想いを馳せるのは幸村か、信玄か。かつての彼女であれば愚問であり、即答であったのだが、現状である。はて、何故であろうか?それすらもみじは分からなかった。そんな彼女の心中を汲んでか、まつはまた優しく微笑んでこう言う。
「直ぐに御答えが出ないのであれば、宿題と致しましょう。」
「宿題?」
「はい。期限は特に設けません。決まり次第、まつめに教えてくだされば。」
「…承知、致しました。」
「さあさ!縫物の手が止まっておりますよ!御台所の御仕事もあります故、仕上げてしまいましょう!」
「は、はい!!」
にこにこと楽しそうなまつの心中は分からないままではあったが、作業を急かされ、もみじは慌てて縫物を再開するのだった。
>>続く