十七話
「……はぁ、」
赤沢もみじは溜め息を吐いた。
前田慶次によって自覚を余儀なくされてしまった己の想いが思いの外厄介で持て余している現状。その一件からと言うもの、気を抜いていると、鳶色の髪と紅の鉢巻を靡かせる背の君が脳裏にちらついて仕方がない。寝ても覚めても付き纏われては、色恋沙汰に耐性のないその心労は計り知れない訳で。
今日も今日とて漸く様になってきた花嫁修業などの合間にも湧き上がるそれに随分梃子摺った。
やれ料理をすれば、彼の方の好みの味であろうか。やれ洗濯裁縫をすれば、彼の方の召し物は汚れてはいまいか、解れていまいか。寝支度を済ませた今だって、彼の方は今何をお考えかなんて想いに耽ってしまう始末。
何かにつけて現れる面影と思考にその都度「恥知らず!」と叫びたくなるが、己の心を否定するようでそうもいかず。
「…幸村、様……、……っ!!」
ぼそりと呟いたその名にすら顔を真っ赤にしてしまうくらいに末期であるのが恥ずかしいやらもどかしいやら。敷いた布団に幾度も頭を打ち付けて冷静さを取り戻そうと躍起になるのも毎晩のことになった。
「……なんだって言うの…」
そう呟けば脳裏に蘇るは先日の慶次の言葉。儘にならぬはそれこそが恋。そう見出して認めてしまった己の心にまた羞恥やら幸福やらが入りも乱れて湧き上がっては御し難く、もみじは再び頭を布団に打ち付ける。
「落ち着いて、私…!!第一幸村様は私を女子とは………、」
言い掛けて止めた。己の科白が随分と重く心にのしかかる。
許嫁なんて言っても基を糺せば武田信玄の命と言って過言ではない関係。もみじも幸村も怒声に当てられ提案に丸め込まれただけ。初めはそうなれど、今は違うと認識しているもみじの一方で幸村はどうであろうか。そもそも自分を女子と認識しているのかも危うい背の君だ。幾ら想いを募らせても、相手が取り合ってくれなければ独り相撲も虚しいところ。日に日に強くなる想いの分だけ不安も募る一方で。
「………っ!もう!!」
やはり儘にはならぬこの厄介な感情に、容易く気分を変えられてしまう己が恥ずかしいやら悔しいやら。ぶつけ所を持たないもみじは三度頭を布団に打ち付ける。
「あらら、こりゃ随分と荒れてるね。」
「!?」
ばふばふと音を立てる中、耳に久しい声色に思わず顔を上げると、三日月を背にした窓辺に見知った忍が1人、苦笑いを浮かべながら此方を眺めて居るではないか。
「旦那もそりゃあ面倒な事になってるけど……こっちもこっちで面倒臭そうだ。」
そう言った忍はその柿色の髪を夜風に靡かせて肩を竦める。
「佐、助…殿…?!」
「今晩は、もみじちゃん。」
幻覚ではないか、幻覚だったら紅の背の君を見せろと色々混乱しつつ幾度か目を擦って忍の名を呼べば、それはにこりと笑みを浮かべ、「久し振り」と僅かに首を傾げた。
>>続く