十八話


「で、どんな?修業は順調?」

猿飛佐助は茶化すように問い掛けた。
甲斐武田から野暮用で訪れた加賀前田邸。正直、正面から訪ねても招き入れてくれそうなのだが、そこはやっぱり忍の誇りと言うか敢えて目的の部屋へと忍び込んだ佐助。そして其処で見たのは只管に頭を布団に打ち付ける見知った姫武将であった。
慣れぬ事をし続けて二十日あまり、遂に気でも狂ったかと心配になって思わず声を掛けてしまった老婆心を俄かに恨むももう遅い。振り向いたもみじの驚いた顔に見つかってしまえば冒頭よろしくからかって見せるしかあるまい。
本当は用だけ済ませてさっさと帰るつもりだったのに、だって関わると面倒臭いじゃんとは胸中の嘆きであって、世話焼き者の性分とは哀しいもの。

「あんまり上手くいってないって感じ?」

旦那には悪いけど、こうなったら久方振りにこの手の掛かる姫武将とのお喋りを楽しんでしまえ、と開き直った佐助は窓辺から部屋へと上がり込んで、布団の隣に腰を下ろした。
突然の来訪者に目を白黒させていたもみじだったが、幼い誼の世話役とあれば、警戒するでもなく、唸りながらもその問いに答える。

「自分で言うのも何ですが、通り一遍は出来るように相成りました。まつ様からも乙成績を賜りまして。まあ、佐助殿のお足元には及びませんが。」
「その比較って俺様な訳?」
「だって武田で家事全般と言えば佐助殿ではないですか。」
「えー……俺様、戦忍なんだけどー……」

自信無くすなぁ、と肩を竦めるも説得力に欠けるのは、己でも一寸そう思っているからであって。ともあれ、己に及ばずとも通り一遍出来るようになったとあれば吉報なのは間違いもなく、大将にも旦那にも良い土産話が出来ると思えば、佐助の顔は綻んだ。一方で先刻の奇行を思い出し、はてと疑問が浮かぶ。

「所でさ、もみじちゃん。花嫁修業は上手くいってるのにどうしてさっきみたいに荒れる必要があんの?」
「!!……それは……その……」

問えばもごもごと口篭もるもみじ。幼い頃より己の意見は物怖じもせずに明朗快活述べていたと言うのにどうした事かと佐助は驚きよりも心配した。何があったの?誰かに苛められてるの?言ってみなさい、俺様が屠ってくるからと喉まで出掛けたのだから、佐助の世話焼き性は筋金入りで。俯き加減のもみじの耳が仄紅く染まっているのを見付るまで、気が気ではなかった。

「……その、佐助殿……、私の事はどうでも構わんのですが……その……、」
「旦那の事?」
「!!」

疑い半分願望半分、歯切れの悪いその言葉を拾って問えば、ばっと顔を上げたもみじ。どこかでも見た火に焼べられたら鉄のような顔色に思わず口元が緩む。これはまた吉報だと胸中でほくそ笑んで、佐助は懐から書簡を出した。

「これ、もみじちゃん宛ね。」
「え?」
「じゃ、俺様帰るわ。」
「え?あ!さす…」

半ば押し付けるように書簡を渡すと状況を理解できていないもみじが引き留めるのも聞き終えず、影に溶けるように姿を消してしまった佐助。
残されたもみじは暫く呆然と佐助が消えた空間を眺めていたが、押し付けられた書簡へゆるゆると目を落とす。
封を開けばその筆跡と送り主にどくりと脈を打った。嬉しいやら恥ずかしいやら何やら彼やらでその晩は心が落ち着かず、結局朝まで眠れぬとは、高鳴る胸で書簡を読むもみじの知る所ではない。


>>続く

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