二十三話


「もみじ殿…!」

真田幸村は甲斐・信濃の国境沿いに馬を走らせていた。
以前より信玄に防衛を任されている上田城、その病床の折りには本丸として使っていた為、信濃は幸村にとっては庭も同然。信玄因縁の川中島への道中でもあり、甲斐・信濃間の移動は武田軍の兵士も慣れていて、従軍の長い者に置いては己のみが知る近道なんぞを持っている程であった。幸村の記憶の内ではもみじも近道を持つ者の1人である。

信玄が病に臥す前まで遡るが、幾度目かの川中島の合戦にて斥候部隊に配されたもみじが道中で迷い子に出会し近くの村まで送り届けた事で部隊に遅れを取った事があった。
遅れを取り戻すべく馬を走らすもみじの姿を本隊配属の幸村はその進軍の道中にて見付けたのを覚えている。



「もみじ殿!」
「!これは、幸村様。」
「斥候部隊は既に到着と聞いたが、何かあったのか?」
「はっ、進軍の折り、幼子が怪我を負って動けずにいたので、村まで届けて参った次第で御座います。」
「成る程。しかし今から斥候部隊との合流は些か無理ではないか?俺が御館様に進言する故、本隊と共に」
「御心配には及びませぬ、幸村様。この先にもみじめの近道が御座います。ほら、あの石の―――」



一般的に使われている山道などは恐らく佐助達が既に探しているであろうから、探すとすれば人の通らぬ所謂獣道を行くのが妥当と言うもの。

「…確かこの辺りに、」

山麓沿いの街道の傍、進軍の折りもみじが言っていた獣道への目印を探す。周囲に注意を払いながら暫く、幸村は少しばかり目立つ形をした石を見付けた。見た所、最近使用した形跡はないようだが、山中で足止めをされていないとも限らない。

「行ってみるか、」

手綱を引いて生い茂る草木を掻き獣道へと馬を進める。緩やかな斜面を暫く登ると枝々に赤い何かが付いているのが目に入った。近寄ってみればそれは紅花で染めた様な麻の紐。偶然に引っ掛かったにしては堅く結ばれているし、少し辺りを見渡すと同じ様な麻紐は別の枝にも結わえてあった。
目印だろうか、とは思うももみじが付けたものとは限らない。近頃は減ってきているが賊が村民の好奇心に漬け込んだ罠と考えられない事もないのだが他に手掛かりになりそうな物もない。あれこれと可能性を考えてはみたが、これを辿るのが最良ではなかろうか。例え賊の罠であったとしてもそれらに劣る様な手前でないのだから、辿っていって損はあるまい。そう決めてまた一歩、馬を前に進めようとしたその時であった。

「!」

ちゃらり、と微かだが耳に入ったのは山中には有り得ぬ金物の音。馬の蹄が音源の傍に降りる前、素早く手綱を引いて向きを変えると、仰け反り脚をばたつかせた馬の蹄が一振りの枝を折った。その枝がぼとり、と地に落ちると同時に、がしゃんと無機質など音が響く。

「……狩猟用の罠か」

馬の興奮を宥めながら見れば、獣の脚に噛みつかせる罠が落ちた枝を噛み千切っていた。山麓にはそれなりに大きな村もあるし時季がくれば狩猟の場にもなるのだろう、猟師達が撤去を忘れたものと見える。気を付けねば、と罠を避け、幸村は慎重に草葉を掻き分けて再び紅花染めの麻紐を追った。

暫く行ったところでふと顔を上げると、木々の間から細い煙が起っているのが目に入る。戦の最中ならばいざ知らず、信濃で戦の話は聞かないのに、山中で煙とは不自然だ。何処ぞの忍が偵察をしているのならばそれはそれで問題であって。兎もあれ火元が何なのか確かめてみるに越した事はないだろう。
ゆらゆらと昇る煙の方へと歩を進めた幸村が、山間にひっそりと佇む小さな猟師小屋を見付けるのは間もなくであった。



>>続く

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