五話


「祝言……祝言って……。」

赤沢もみじは溜め息を吐いた。
日が沈み、夕餉を終えて自室に戻ったもみじは、昼間信玄から下された命が未だ気になっている。
あの場で幸村に続いてもみじも説得はされた。しかし幾ら荒っぽい性格と言えど、もみじとて腐っても女。女の勘というものがある。

『もみじよ!御主も武士として高みを目指すなら、これしき乗り越えられずにどうする!!』
『そうですぞ、もみじ殿!伴に精進致しましょうぞ!』

故に、そのような安っぽい説教に丸め込まれる筈が、

『お…っ、御館様……っ!!!御館様がそこまで御考えであったと気付かなかったなど…このもみじ、自分が情けのう御座います…!!』

ないという訳ではなかった。
腐っても女で、女の勘とやらを持っていたとしても、女である前にもみじは信玄に心酔しているのである。信玄の言う事に疑心を抱くはずがない。あっさりと丸め込まれて祝言に同意してしまったのである。
勿論、赤沢の家には武田が遣いを出しその旨を報告に行った。もみじの父母は泣いて喜んでいたという。
そうして、雲行きは怪しい事この上ないが、もみじは幸村の許嫁となったのだ。しかし、人は時間を経る毎に少しずつ冷静を取り戻すもの。故にもみじは己の発言に後悔している真っ最中である。
武家に生まれたのだから、いずれはそうなると心の何処かで知っていたつもりだ。
しかし、突然で相手方があの真田幸村である。共に武田に仕える家の者同士、幼い頃より互いを知った仲ではあるし、戦場では背を預け合う事すらある仲間である。
しかし夫婦と戦友では訳が違う。

「第一、幸村様は私を女子として認識しているのかしら?」

破廉恥と連呼せず、普通に接し合える女子は珍しい。しかし、裏を返せば女子と認識されていないという事になる。幼馴染みだから仕方ないと言えばそれまでだし、騒がれないのに越したことはないが、それはそれで少し寂しい様な気がした。
幸村はもみじを嫁にするという事が分かっているのであろうか?そもそももみじ自身、嫁ぐと言う事が何なのか分かっているのだろうか。
武芸一筋で生きてきたとは言え、幸村と違い父母が存命であるもみじですら夫婦が何なのかは今一理解できてはいない。
祝言を上げるとは一体何なのだ。夫婦とは一体何なのだ。考えれば考える程不安は募るばかりだった。

「………それに、私は母上の様に勤まるのかしら…?」

不安からか、己を振り返ったもみじは、ふと言葉を漏らす。
武家の嫁は余程高貴でない限り、料理、裁縫、掃除に洗濯など家事を熟す。また、夫で支え、屋敷を守る。そう言う事をするともみじは昔、母から聞いた。
しかし、返す返すももみじは武芸一筋に生きてきた娘。彼女にもその自覚がある。
嫡男の様に育てられて来たのだ。武家の嫁たる知識などその程度、元来武家の娘が受ける教育など知ったこっちゃない。
そしてその少ない知識に己を当て嵌めてみれば、もみじの顔は瞬く間に血の気を失う。

「……無理だ!!無理だわ…!!お、お、御館さまぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!

雄叫びを上げたもみじは部屋を飛び出し、一目散に信玄の元へ疾走して行った。


>>続く

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