六話
「ならば、修業に行けば良かろう。」
武田信玄はきっぱりと答えた。
就寝近い時刻にもみじはすっ飛んでくるなり昼間の祝言の撤回を求めてきたのである。理由を問えば、彼女は自身では武士の嫁は勤まらないとの事。
それならばと信玄は冒頭の様に答えた。
その答えにもみじはただただ目を屡叩く。
「……修業…ですか?」
家事の修業で彼女が思い当たるのは猿飛佐助しかいなかった。戦忍の癖にやけに割烹着が似合う彼は、財政が苦しい時、女中の代替えをする。しかも速くて正確。家事に疎いもみじから見てもそれは明らかだった。
しかし、今更佐助の下で修業するとは何だか不思議な感じがする。
そんな事を思っていたもみじだったが、信玄の次の言葉に目を丸くした。
「うむ。もみじよ、加賀の前田へ花嫁修業に行け。」
「…へ?」
「聞けば、儂が倒れておる間、羽州の狐めに囚われた前田の奥方を我が軍が解放したとか。恩を返せと言えば厚かましいが、敵対しておる訳でもない、受け入れてくれるであろう。」
信玄の言葉にもみじはそんな事もあったと記憶を呼び戻す。
確か羽州の最上氏を制圧後、城を調べたら前田利家の妻、まつが軟禁されているのが見付かったのだ。中立を貫いていた前田家に東軍に下るよう圧力を掛けるためだったとか何とか…。難しい事は解らないが、酷く感謝されたのを覚えている。
「しかし御館様、あまりにも突然では…、」
「何を申すか。今だからこそじゃ。」
と言うのも、あの信玄が復活した大阪・夏の陣の後、東軍西軍動きは無く、関ヶ原を挟んで停戦状態にあり、各地で大きな戦などはないのが現状。全国は比較的平和と言えよう。
しかし、また何時各軍が動き出すのか解らない以上、花嫁修業等は平和な時にやっておくべきと信玄は考えたのだ。
「そうと決まれば、明日にでも書簡を出そう。御主は旅仕度でもしておれ。」
「え…え…!?そんな…!!」
戸惑うもみじを余所に、翌日書簡は無事前田に届けられたらと言う。
>>続く