七話
「もみじ殿が、花嫁修業…?」
真田幸村は首を傾げた。
「そ。今朝俺様が前田に直接書簡届けに行って、了承貰ったんで明日出発だそうですよ。」
昼の稽古に勤しんでいた所である。唐突に現れた猿飛佐助は赤沢もみじが花嫁修業に出る事を幸村に伝えた。何とも突然な話に理解が追い付かない幸村は、ただ竹槍を構えたまま固まっている。
「………あれ?もしかして旦那、忘れてます…?」
「うん?」
反応の無さに違和感を覚えた佐助は苦笑いを浮かべながら訝しげに訊ねた。
幸村はその問の意味すら理解出来ていない様で更に首を傾ける。
「もー、昨日の昼に御館様に言われたでしょうがー。旦那、もみじちゃんを娶るんでしょ?」
「…………、……!!」
呆れた様な佐助の言葉を聞いた幸村が内容を理解し、昨日の話を思い出すまで数秒。
しかし思い出した途端、かっと目を見開き、みるみる顔が赤くなる。
「なっ……!!おっ……!!め……っ!?」
「はいはい落ち着いて。」
火に焼べられた鉄の様に真っ赤になって瞬きを繰り返し、鯉の様に口をぱくぱくとさせる幸村に、佐助は再び呆れた表情を浮かべて深い溜め息を吐く。
彼はやれやれと言った具合で、幸村の肩をあやす様に叩き、こう言った。
「どうせ昨日は場の勢いと御館様の怒鳴り声に当てられて決めちゃったんですよね?」
「うう…」
「でも男の二言は格好悪いぜ、旦那。理由はどうあれ決めちゃったもんはもう仕様がないって。」
「し、しかし…佐助ぇ…!」
図星とばかりに口篭もる幸村を佐助は冷たく突っぱねる。
縋る様な、助けを求める様な目をされても、彼は、主の前言撤回を許す気はなかった。
これは主の為、果ては自分の無駄な仕事を減らす為。戦忍たる自分が何が楽しくて主の身辺の世話までしなければならないのだ。戦忍としての給料に超過料金を頂きたいと佐助は常々思っているのである。只でさえ低賃金で殆ど非営利活動みたいなものだ。不満なんて幾らでもある。
それが嫁を貰うとあらば、しかもその相手が主に並んで手を焼いている娘であるなれば、これほどの好都合など今後もあるだろうか。いいや、それは奥州の独眼竜が上杉の大将の様な口調になったとしてもないだろう。
これを逃したら生涯自分はこの面倒臭い二人組の世話を別々に焼かねばならない。そんな気がしてならないのだ。
佐助は8割の自己利益と2割の忠誠心で助言する。
「良いと思いますよー、俺様は。旦那ともみじちゃん、御似合いですって。」
「なっ!?」
二人とも暑苦しくて手間が掛かって、と言う言葉は喉まで出たが、飲み込んだ。
そんな内心など露知らぬ幸村は佐助の言葉に、今にも火が出そうな程、顔を紅潮させる。反論の術を知らない彼は、暫く沈黙した後、しかし、拳を握って呟いた。
「………確かに、お前の言う通りだ、佐助。男の二言はみっともない。俺は自身の言葉に責任を持たねばならん…」
そうだそうだ、と心中で呟く佐助。
「もみじ殿は……武芸も長け、御館様に誓う忠誠心は見上げた物。俺には勿体無い…」
その言葉に佐助は少し驚いた。
以前は女子の話になれば破廉恥の一辺倒。それが女子を認めているのだ。それは相手が幼馴染みだからなのか、武将だからなのかは分からないが、彼はとても微笑ましい気持ちになった。
うんうん と、幸村が紡ぐ言葉に頷いていれば、ふいに不安そうな顔が此方を向く。
「しかし、佐助……」
「はい?」
「めっ……夫婦になるとはどう言う事だ…?」
「…………………え?」
回答を求める主に、微笑んだ顔がそのまま固まって、佐助は思うのだった。
(うわぁ…面倒臭ぇ………)
>>続く