本日ナギサシティは絵に描いた様な晴天。絶好のお洗濯日和である。
洗い上がった洗濯物をベランダに運んでいる最中、ふとカレンダーが目に入った。

『昨日も一昨日も連日でジムで仕事したから、暫く行かない。』

デンジさんがそう言ったのはもう1週間も前の話になる。
1週間前である。7日も前の話である。
あの日から変わった事と言えば、洗濯の仕事が増えた事(私自身のとデンジさんの下着以外)、明日は何時に起こしてと言われる(目覚まし代わりにさせられている)事くらいだと思う。
そりゃあ、御飯を作る側としては、起きる時間が分かればそれに合わせて準備ができるから良いんだけど、あのバクオングの様な目覚ましはどうしたんだろうか。まさかあの時、本当に私が壊してしまったのかしら…。

話が逸れてしまった。
兎に角、1週間もジムで仕事をされていない為にデンジさんのメンテナンスは勿論、私の送電線工事のお手伝いも凍り付いた状態で全く進行していない、と言うのが今の問題である。
彼は10時過ぎに起床し、日がな一日何をするでもなくぼーっとするか機械弄りをするかで、ただ、だらだらと過ごしているのだ。
社会人ってこれでいいのかしら?と疑問に思いつつも、居候身分で私がでしゃばるのは烏滸がましいと思うし、ジムトレーナーが助言に来ると思って、口出しはしなかったけれど、誰も何も言いに来ないから、流石にもう提言しても良いんじゃないかと思っている。
だって、ビーコンバッジを獲得しようとする挑戦者はきっと私以外にも沢山居て、みんなナギサまで来るのに、ジムが挑戦を受け付けていなかったら行きたくても行けないし、リーグにも挑戦出来ない。
更に近場の、“そらをとぶ”で瞬時に移動できるトレーナーならいざ知らず、私みたいに遠方から来ている挑戦者はポケモンセンターで寝泊まりするのだからナギサのポケモンセンターは挑戦者難民で溢れ返ってしまうかもしれないじゃない。
色んな方面に迷惑が掛かるのが分かってて誰もアクション起こさないなんて信じ難いけど、それなら誰かがやらなくちゃ。

と、正義ぶってみたけど、実際、私は一刻も早くバッジを入手し、キクノさんに御会いしたいだけと言うのが本音である。
私ってば穢いなぁ…。

そんな訳で、今日と言う今日はガツンと言って、ついでに目覚ましについても聞いてみようと意気込んだ私は、お手製朝昼御飯(ブランチって言うらしい)を黙々と口に運ぶデンジさんの傍へと向かった。

「デ、デンジさん…!!」
「……何?トモエさん。」

御食事中の彼は私の声に口の物を嚥下してから此方を見やる。

「あのっ…………、口の端に卵の欠片付いてますよ。」
「……あ、ホントだ。」

生気の薄い目が私に向いたところで、抗議より先に彼のその口元に付いた卵の欠片が気になってしまい勢いが逸してしまう。
……何やってんですかデンジさん。

そんな私の胸中など絶対知らないだろう彼は、綺麗な長い指で卵の欠片を拭い取って口に運んだ。
何をしても絵になる出で立ちなのに、何でこの人ニートなんだろう…勿体なさ過ぎる。
………………そうじゃなくて!
今はそうじゃなくて、ジムメンテの再開を要求しに声を掛けたのである!うっかり忘れるところだった。
私は返しそうになった踵を踏み止めてもう一度デンジさんに声を掛ける。

「あの、デンジさん、」
「ん?まだ何か付いてる?」
「え、いえ、大丈夫です。……って、そうじゃなくてですね、あの、私なんかがそんな事言える立場ではないのですが、」
「………………何?」

…あれ?
今の件で私、失礼な事言ったかしら?デンジさんはあから様に不機嫌を滲ませた声色で僅かに眉を顰めていて、心なしか表情が冷めた様にも見えるのだ。
嫌だな。何か、怖い。

だからと言って、ここまで来たら引き返せはしない。漢字ふりがな何でもないです、では変に誤解を生んでしまうかもしれない。

「……あの、大変申し上げにくいんですが、デンジさん、えっと、その、そろそろ…ジムのメンテナンスを…、再開されたらどう、で、しょう…か…?」
「……は?」

意を決した割に私の口調はぎこちなくて尻すぼみで、目線まで逸らしてしまったが、何とか言い切った。言い切ってしまった。
反応が怖くて頭を上げられずにいれば、呆れた様な驚いた様な声が返ってくる。
その声色が何を示すか分からない私は、慌てて頭を上げた。

「あ、いや、あの、その…ですね、あ、デンジさんに御都合があるなら、あ、あると思うんですが、えっと、1週間もジムで挑戦を受け付けないと、ポケモンセンターとかナギサの人口密度?とかパンクしちゃうんじゃないかなって…それに、リーグ本部だって挑戦者がいなかったら商売上がったりとかなっちゃうんじゃないかなって……私も早く送電線工事のお手伝い終わらせたいし、デンジさんと再戦、したい、し…、」

完全に混乱状態で口から出任せの言い訳なんてするもんじゃない、と今程後悔した事はない。全く何が言いたいのか分からない上に最後の方はもう本音じゃないか。
ああもう嫌だ!ガバイト、サンドパン、私が入る穴を掘って埋めて!
取り繕いに盛大に失敗した私は再び目線を逸らして俯くしかない。

「……ふ……ふはっ、はははははっ!!」
「…え、」

どんな罵声が飛んでくるかと少なからず構えていたが、可哀想な言い訳に返ってきたのは笑い声だった。
怖ず怖ずと頭を上げると、くつくつと喉を鳴らすデンジさん。顔を手で覆っているため表情は窺えないけれど肩が小刻みに震えてるから、多分、笑って、る…?
確かにさっきの私の言い訳は笑えると言えば笑えるが、この類の笑いではない筈。こいつ可哀想な頭してるなっていう苦笑いなら兎も角、デンジさんのこの笑いは何かが面白い時のそれではないだろうか。
私、何か面白い事言った…?

理由が分からず、その様子をただただ呆然と見守っていると、暫くして彼は顔を上げた。
さっきとは打って変わって少しすっきりした表情をしている。

「そうか、もう1週間経つんだ。じゃあ明日から。」
「え?」
「メンテナンス再開する。明日からは8時に起こしてくれよ、トモエさん。」
「え、…あ、はい。」

あまりにもあっさりと受け入れられてしまった事に驚いて、例の目覚ましの件を聞くのを忘れてしまった。
私が頷くと、機嫌良さそうに食事を再開するデンジさん。
一体、最初に顔を顰められたのは何でなんだろうか…?
兎に角、明日から送電線工事のお手伝いを再開できる事が分かればあとはあまり気にする事なんてないか。私はそう思って、洗濯物を干す作業に戻った。


つづく>>

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